第705話 副業プレゼン

 エクウス撫で撫でですっかり満たされた俺は、ご提案があるのですが、と事務室の方へと入らせていただいた。

 部屋の中にはここで働く皆様も端の方にいるので、話し声は聞こえるだろう。

 ま、後で説明してもらうより一緒に聞いてて欲しいからいいかな。


 こっちの建物内に入るのは初めてだが、そろそろ建て直しが必要なのではと思うくらいに壁や床の石材に魔力保持力がなくなっている。

 だが、逆にこれくらいがいいのだと鼻息粗く語られた。


「馬はねっ、とっても繊細だからねっ。あまり魔力が多過ぎる建物の中だと、過敏になっちゃうんだよっ。人なんて魔法や方陣札でどーとでもできるんだから、ぜーんぜん問題ないのっ!」


 あ、そーか、この建物、半分以上が厩舎と一体になっている『診察室』だもんな。

 なるほどなー。

 人の快適さより馬の快適さ、ということですな。

 実にデルデロッシ医師らしい理由だね。


 となると……俺の提案は、あまりウケが良くないかもなぁ。

 馬を使役するってことには違いないからな。

 だけど、通年でなんとか少しでも稼げて、俺が介入できる理由が作れたら……サポート体制が整った時には、ちゃんと『お仕事』にできると思うんだよ。


 ガイエスが凄く心配そうに覗き込んでくるんで、期待に応えてあげたいのだがデルデロッシ医師が乗ってきてくれるかどうか。

 よし、お仕事モードだ。


「実を言いますと……馬達を使った『配達』を依頼したいと考えているのですよ」

 デルデロッシ医師の眉がぴくん、と動く。

 当然、お門違いの依頼だと解っている。


 医師に職種の違う配達人の真似事をしろというのは、失礼なことだろう。

 だが、本業だけでは苦しいのだから、ここは敢えて全く考えてもいない副業を提案させていただくのだ。


 新たに金のかかる施設を作ったりせず、備品なんかも整える必要のほぼないところから始めなくてはいけないからね。

 そして何より、家畜医の皆さんに『金を稼ぐ以外にもそれをする価値がある』と思っていただかなくては。

 

「馬の研究には、実務に対応できるかという見極めや、できないのならばなぜなのかという考察も含まれると考えます。馬の品種や生育具合によって、運べる重さ、荷重にどれほど耐えられるか、また、その時の魔力状態や身体的な状態などを逐一観察しながら記録を詳細につけていくことで理解が深まり、今後の対策も品種ごと、血統ごとの特徴がどのように引き継がれるか……など、研究に奥行きが出ると思うのですが……?」


 顎が、くいっと前に出て口角が下がってても、丸顔でつるりとした顎のデルデロッシ医師からは、マイナス感情は感じ取れない。

 なんていうか、ちょっと目を見開いている風情は達磨さんか、歌舞伎役者の浮世絵みたいなちょっと滑稽な雰囲気さえある。


 ただお金を稼ぐだけの副業ではなく、研究の一助にもなりますよ、というアピールはもう少し必要だな。

 そして何より、馬達のためにもなりますよってことも解ってもらった上で、がっつりと、食い付いていただかなくてはならない。


「今までも、運動による記録などはとられているでしょう。でも、実際に馬が長距離をただ何もせず疾走することは、皇国では稀です。どちらかと言えば、馬達は町中での移動、人との関わりが多く、如何にそれらが馬達に影響があるか、どこまで人との触れ合いによる放出魔力などに耐性があり、寛容であるかなどが求められている。つまり、人と馬の関係を中心とした研究も『町中で飼育されている多種の馬を有するシュリィイーレ』でしかできない研究、ですよね?」

「そ、そうっ、そうだねっ! うん……町であることの……利点を生かした研究……!」


 デルデロッシ医師が、さっきより前のめりになってきたぞ。

 多種……とは言っても、今は確か八頭、六種だったはずだけど。

 そして、ガイエスも真剣な眼差しでふんふん、と軽く頷いている。

 しまった、ちょっと面白い。


「馬は人々に最も身近で愛されている動物ですが、多くの人々は『理解している』とまでは言い難いでしょう?」

「うん、その通りだ。乗合馬車の馬に使用し訓練してても全然馴染めない子もいるし、そうかと思うと【光明魔法】の明かりだけで、夜間だって走れる子もいる……その違いが血統か、品種か、育ちか、魔力量か、なんてのも、まだ完全には解ってないし……」


「それは、操っている人達が家畜医ではなくただの操者であり、騎乗をしているだけで馬の研究をしている訳じゃないからでしょう。彼らは、細かい違いが解るほど多くの馬を知らない。ですが、家畜医である皆さんが『町中で働く馬と共に行動する』のであれば、今まで曖昧だった部分の研究を手助けできるのではないかと思うのですよ」


 家畜医の皆さんは『馬の研究のために堂々と町中で馬を歩かせること』ができて、その馬達の『歩き回る理由』を俺が提供できる……という図式である。

 では次は、具体的に何をしていただきたいかという話に移ろう。


「うちの食堂では少し前から『足が悪い人や外に出づらい人達向け』に、食事や菓子の個別配達を契約制で受けているのですよ」

 ま、現時点ではリシュレア婆ちゃんと、イルレッテさんだけなのだが。

 別に俺はサクッと転移できちゃうから全然負担ではないのだが、他にも頼みたいと言ってくれる人がちらほら出てきているから、配達をお任せできるのならその方が俺としてもありがたいのだ。


「三日か四日に一度、契約してくれた方の自宅まで、三日分くらいの食事を運ぶのです。俺ひとりでやっているんですけど、こちらの家畜医の方々が馬達と運んでくださるのならば、うちも助かります。そして『決まった距離を決まった重さの物を運ぶ』ので、変化も解りやすく、記録も取りやすい。この病院の裏庭厩舎に『門』の方陣札を貼っておけば、馬に突然何かあってもすぐにここに戻れますし」


 配達の時間的制約がある訳じゃないし、馬達のルートを毎回変えたっていい。

 条件は『その日のうちに配達』というだけだ。

 ま、この辺りの細かいことは、後で詰めればいいね。


「冬場でも、隧道ができればこの配達はお願いしたいと思っています。冬に強い馬と、夏に強い馬を知るにもいい実験になりそうですよね」

「配達なら……人とも、会うよね? 話さないと……駄目かな?」

「ええ……まぁ、それも決まった方々だけでしょう、初めの内は。ですが、馬達の町中配達が評判良ければ、町の方々はもっと馬を好きになってくれると思いますし、馬達に来て欲しくて食事の配達を頼むようになる人達も増えるかもしれないですけど」


 あ、ちょっとほっとした?

 もしかして、デルデロッシ医師は……というか、家畜医さん達ってコミュ症気味なのかな?

 いや、馬達に対していい感情を持っていない人達を警戒しているのかな。

 あまりいないとは思うけど、確かにゼロではないよね。


「勿論、うちからの依頼料は、人の分と馬の分の双方をお支払いいたします。うちを真似して、他の店や市場の方々も『町中配達』の依頼をしたがるかも……そうしたら、色々な形態での実験になって研究の幅も深さも出るかもしれないですね」


 この辺りで、俺がこの依頼で支払える金額や条件を提示。

 お金よりも飼い葉とか魔法でのお支払いなども対応とお伝えしたら、後ろで様子を窺うように聞き耳を立てていた他の家畜医さん達がちょっとだけ色めき立った。

 ……魔法、大変だったのかもなぁ。

 という訳でメリット部分をアピールしましたので、デメリットも言っておかないとね。


「ですが、当然うちの食堂のための配達、ですから他の方々からの俺を通していない依頼を断っていただかなくてはいけません。牧場がない以上、馬を際限なく増やすこともできないので、事業として大きくするというのは難しいです。そして、これはあくまで『家畜医の副業』ですので、家畜医としての仕事が入れば後回しになるでしょう? ですから、その場合も考えて、必ず『予定通りの対応ができない場合』の取り決めをしていただく必要があります」


 細かいことは依頼を受けてもらえると決まってから、ということで俺からのご提案はひとまず終了。

 慣れてきたらそのうち『お昼ご飯運んで』なんてことも頼まれたりするかもしれないけど……そういう対応までは、すぐには難しいよね。


 いや、でもこの町の中だけだし、冬場だけなら副業的にできるっちゃできるか?

 差し詰め……UMAーEATS……いやいや、その名前はないわ。

『馬の食事』なんて意味になっちゃうよね。


 それよりも、慣れてきたら子供達との触れ合いなどに協力いただくのもあり、かな?

 遊文館の庭というよりは、南門のデルデロッシ医師が管理している緑地の方がいいだろう。

 子供達が馬と遊べる場所としてならば、教会輔祭オレが支援できるし整備に魔法の提供をすることもできそうだな。


 なんにしても、まずはこの案件に俺が介入して不自然でないという状況を作っておかなくては。

 最終的には、デルデロッシ医師達のお気持ち次第、だが。


 あ、ごめん、ガイエスがすっかり蚊帳の外だったかも。

 そう言ったら、なんか首を傾げられた。

 そーか『蚊帳かや』って、こっちの世界にはないもんなー。


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第50話とリンクしています

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