第704話 家畜医の現状
ガイエスの【方陣魔法】で、サクッと『門』を開いてもらって、デルデロッシ医師の病院前に移動。
やっぱり便利だなぁ、この魔法。
なんで俺にはガイエスみたいに『知っている場所に門を繋ぐ』っていう方陣の魔法が使えないんだろうなー。
俺だって【祭陣】とかいろいろ『陣』関係の魔法、持っているのにー。
系統の問題なのかなぁ……『地系』の適性、低いんだろうな、俺。
さてさて、気を取り直してデルデロッシ医師の病院へ!
元気でいたかな、エクウスくーん!
……あっ!
俺、今『タクト』じゃんっ!
ここに来る時は必ず『レェリィ』だったから、デルデロッシ医師にも『タクト』は初対面じゃん!
し、しかも、エクウスとも……ああああー、そっぽ向かれちゃったら立ち直れないーーっ!
入ってすぐの入口で俺がクルクルしている間に、ガイエスがデルデロッシ医師を呼び出して俺を紹介してくれた。
……なんだよ、あの焼き菓子の……って?
途端に、デルデロッシ医師がくわっと、目を剝いて奇声を上げ近寄って来た。
「ふぅっひょぅううううぅぅぅーーっ!」
こ、こわっ!
「君君君ーっ! 君の作ったあの焼き菓子はすっばらしいよっ! 完璧っ! 馬にっ! でも、
そーか、そういえば、ガイエスに言われたっけなー。
麬ってのは、デルデロッシ医師の言ったことだったのか……まったく……
ま、麬は相変わらず入れていませんけどね。
カバロ用に開発している『フリントコーン入り』を、今ちょっと出しちゃったりしようかな?
いやぁ、こんなことで張り合っちゃうとか、俺もなんて大人気ない。
だけどなんだか、からかいたくなる人なんだよねぇ、デルデロッシ医師ってさ。
反応が面白いからさー。
「こんにちは。ガイエスからお話は聞いてます。あ、これ、新しくカバロ用に作っている菓子の見本ですので、よろしかったらどうぞ」
ガイエスにも一袋渡し、デルデロッシ医師には一枚取り出してお渡しした。
ふおっ!
迷いなく自分の口に入れたぞっ?
おおおおーー……咀嚼、横に磨り潰すみたいにして……牛とか馬みたいな食べ方だね。
「んっ、むむむっ、これは……
スゲーな、この人……うん、応援したくなる『マッドっぷり』ですな。
ん?
『堅玉黍』?
玉黍……に態々『堅い』と自動翻訳さんが付けたと言うことは、この人は『軟粒種』と分けて表現しているということか!
「凄いですね、デルデロッシ医師。堅玉黍が解るとは」
「ふふん、当然だよっ! 馬のためにとてもいい玉黍だからねっ。僕が昔暮らしていた牧場の近くでは、
「その町ではそれしか作っていなかったんですか? 牧場があって馬が沢山いるのに?」
「そうそうそうっ、ホント、ミトアーレって信じられないよねっ! まぁ、馬はロンデェエストに勝てないからイノブタの方が多くて……マントリエル南部では、いい玉黍を全然見つけられなかったんだよっ」
軟粒種のトウモロコシは、ミトアーレ……マントリエル南部か!
ロンデェエストは確かトウモロコシの八割が
もし現在人用じゃなかったとしても、俺の方で品種改良を加えれば……って、全然伝手がなくね?
衛兵隊でのリサーチ、マジで全力でしようっ!
ライリクスさん、絶対にマントリエルには関わりたがらないからなぁ。
でも、簡単な情報くらいは教えてもらえるかも。
おっと、いかん、ガイエスくんが置いてきぼりですよ。
「実は、デルデロッシ医師のお持ちの馬で、良い馬がいてその研究をなさっていると聞きまして。俺も馬好きとしてお伺いしたいなーって」
ぱあああっと表情が明るくなるデルデロッシ医師が、ホントにもう、解りやすく『馬ヲタク』でこう言っちゃなんだが可愛らしい。
レェリィでここに来る時も、馬の話を面白ーいとか凄ーいとか言って聞くとご機嫌だったので、まずはどんな研究で何にお金がかかっているかを会話から汲み取れればと思った次第。
デルデロッシ医師が紹介してくれた『良い馬』は、予想通りエクウスのことだった。
ふふふ、そうだろうとも。
レェリィとして散々、この馬はシュリィイーレの血統馬として初めての雄馬だと聞かされていたからな。
だが、流石に
裏庭で母馬と一緒に居るエクウスに俺が近付くと、一瞬躊躇った様子を見せたがすぐに小走りで近寄ってきてくれた。
よかったーー!
こいつちょっと人見知りっぽいから、母馬の陰に隠れちゃって出てきてくれないかと思っちゃったよー。
くふくふと鼻息を漏らすのは、ご機嫌な時の合図だ。
んはーーーー!
やっぱ可愛いーーっ!
エクウスを撫でつつ改めて見回してみれば、馬鹿でかい厩舎と芝生の庭でこのブロックの裏庭全部を使っている。
つまりここは共有スペースではなくて、使用権をデルデロッシ医師が買い取っているか賃貸で毎年経費がかかっているということだ。
ついでに、住居ではないから税金も多めにかかる。
うちみたいに所有者が全員聖魔法所持なんてのじゃない限り、税額は結構な高額になるだろう。
なんせ、この病院の立地は環状道路に面している南東地区。
ひとつひとつの住居の区切りが大きくて、馬車が問題なく通れる通り沿いだから賃料だって高額だし買い取っていたら税金も吃驚する金額だ。
でも、馬が専門の家畜医ならば、この辺りに病院を構えるのが最もいいんだろうな。
市場からも近いし、乗合馬車の発着場にも不便はない。
デルデロッシ医師の研究は『馬の品種によって、神泉の効果効能に違いが出るか』ということが中心だが、シュリィイーレ産のエクウスとその父母馬との違いなどの研究、今後のシュリィイーレ産血統種の繁殖など多岐に渡る。
色々と夢が広がってて素晴らしいのだが、どれもこれも金がかかりそうだなー。
「……こう言ってはなんですが……随分と高額な研究費になりそうですね」
「うん、そう、なんだ。この町は貴系の方々も多いし、騎馬や馬車をお持ちの方もいる。乗合馬車の馬達の検査とかね、仕事もあるんだけど……一年のうち五ヶ月は……何もないのだよ……」
うん、そうだろうなぁ。
冬場のシュリィイーレでは、馬の出番は全くないと言っていい。
南東地区のお金持ちさん達も、大雪に備えて秋には馬をレーデルスの南側にある牧場に預けてしまう人が多い。
そうじゃなかったとしても馬で町中を移動することもないし、買い物でも殆どの人達は使わない。
お金持ちさん達が馬で買い物をするのは、西市場で野菜を買ったり東市場で穀物を買ったりという『大量買い』の時だけ。
冬にはそれらの品は売られないし、西市場なんて完全閉鎖だ。
氷結隧道も馬を引いて歩くのならば可能だが、騎乗はできないし……
「タクト、冬場ってことだよな、仕事にならないってのは」
ガイエスの問いに頷く。
「そうなんだよねー。市場も閉まっちゃうから、外から馬車も来ないし馬達は滅多に外に出ない。南側の緑地も……確か、デルデロッシ医師の厩舎、あるよね?」
「ああ、俺がいつも世話になってる」
「デルデロッシ医師、そこの整備費もかなりの額になっちゃうんですか?」
デルデロッシ医師は、力なく頷く。
なんだか背中が丸まって、しょぼんとした感じが
小太りで手足をきゅって閉じちゃって、緑色の服を着ているせいだろうけど。
家畜医の緑衣は、人の医師達よりちょっと濃い色だから余計に……いや、苔色とか言っちゃうのは失礼か。
「実はね、その分がなければ……そんなに苦しくはないんだ。だけどさ、走れるところは必要でしょ? 冬場に常に雪がない状態で整えて芝を維持したり、馬達が走っても大丈夫な温度に保つのって……魔法だけでも結構大変なんだよ……餌も冬場は、足りなくなりがちだしさ。馬達に我慢、させたくないんだけど……これ以上繁殖させるとしたら……う、う、う、売る……ことも……」
あ、あ、あ、目に溢れんばかりの涙がー!
決壊寸前だ!
んー……ちょっとは稼げる方法がないという訳じゃないのだが……さて、納得してもらえるかなぁ?
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『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第49話とリンクしています
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