第703話 頼み事頼まれ事

 オーデルトが工房のオープンの時から働き始めるというので、その日を教えてもらってスケジュール帳にその場で書き記しておく。

 すると、オーデルトだけでなく、食堂の人達何人かも俺の手元の綴り帳を見ている。

 皆さんに向き直って、ちょっと宣伝。


「今度こういう『予め日付が書かれている綴り帳』を売り出すので、よろしくー」

「月の名前と日が書いてある……その日に、何があるかを書くの?」

ふふふ、オーデルトも興味があるんだな。


「うん。先の予定でもいいし、今日何があったかを書き留めておいてもいい。どんな天気だったとか、どんな服で過ごしたとか、なんでも。来年の参考になったり、長年記録をとれば翌年の予測も立てやすいだろう?」


 食堂の皆さんのお耳がでっかく見えますので、きっと興味を持ってくれている。

「ほら、今年は『聖教会昇位記念の年』だろう? だから、聖教会ができあがる弓月ゆみつき一日に売り出す予定なんだ。特別な装丁にして、ね」

 記念グッズ的にね!


 オーデルトだけでなく食堂内がざわり、とする。

 ふふふふ、今年の暦帳はちょっと期間が短いけど、それでもいいから手に入れたいと思って欲しいからね。

 デザインはこの年だけの限定ものにする予定なので、どうか皆様お楽しみにっ!


 そんでもって、来年からは年始に間に合うように毎年結月ゆうつき一日に翌年のものを作って売り始める予定ですよ、と言っておく。

 継続して作ると知らせておけば、これまたコレクション対象となる可能性もあるからねっ!


 いたんだよね、毎年スケジュール帳を何冊も買うのに、なーんにも書かないでコレクションしているだけの人。

 実は、その気持ちも解らなくない。

 綺麗なまま取っておきたいって思うんだよなー、やっぱ。



 そうこうしているうちにスイーツタイムも終了し、夕食準備のために一時閉店。

 ……ずっと気持ち的にスルーしてしまっていたけど、レトリノさんの妹さんに失礼だったよなぁ、とちょっと溜息を吐く。

 だけど態々、そのことをレトリノさんに言いに行くのも違う気がする。

 俺がぐぬぬぬぬと悩んでいる時に、ガイエスが現れた。

 物販で買い物をするのかと思ったら、ちょいちょいと手招きをする。


「悪い、少し……相談というか、なんか考えられることがあるか教えて欲しいことがあるんだ」

 おや?

 またガウムエスさん達の件とかかと思ったが、どうやら全くの別件らしい。

 では、小会議室へご案内。

 席に着いた途端に、俺が置いていったケーキのお礼を言われた。


「あれ、トローメロだったよな? オルツで買えるのか?」

「うーん……どうかなぁ? 俺はリリエーナさんに『美味しそうなの送ってください』ってお任せで送ってもらっているから、試作品的なものも送られてくるんだよ。まだ沢山はないかもしれないから、リリエーナさんに頼めば買えるかも」

「港湾長にか……」


 ガイエスがちょっと『頼みづら〜い』って表情になる。

 だよなー、農家さんとかの生産者ならまだしも、オルツ港の港湾長さんだと個人的な買い物って頼みづらいよね。


「まだうちには、そのまま楽しめるものが随分あるから分けてやれるよ?」

「……四個、買わせてもらってもいいか?」

「解った。ガウムエスさん達にふたつずつ?」

「うん、おまえが持ってきた焼き菓子が凄く旨かったって言うから、オルツの柑橘はそのまま食べても美味しいって言ったら……食べてみたいって。ウァラクに戻ったら、買えないだろうし」


 そうか、南の方の人達だから、フルーツは懐かしいのかもしれないね。

 確かにウァラクでは、あっても林檎がギリギリ……かな?

 プラム系とかなら、ワンチャンありそうな気がするんだけどなぁ。

 輸送問題で他領では知られていないものが、どの領地でも沢山ありそうだ。

 衛兵隊へのリサーチを強化しよう。


「相談って、それ?」

「いや、違う」


 持ってきた紅トローメロルビーグレープフルーツ黄金トローメロホワイトグレープフルーツをふたつずつガイエスに渡し、改めて相談事とやらに耳を傾ける。

 考えながら喋っているのか、遠慮しているのか、少々つっかえつつ話された内容はどうやら家畜医のデルデロッシ先生のことのようだ。

 ふむふむ、研究の経費が嵩んでこのままだと研究したくて飼っている馬を手放さなくてはならなくなっている……と。


 ほほーぅ……こいつ、真性のお節介体質だなぁ。

 誰かを助けたいって思ったらその人の懐に踏み込んでいくのは当然だし、それで傷ついたとしても後悔したとしても、次に同じように困っている人がいたら踏み込んじゃうのが『英雄たる資質のある者のさが』ってやつなのかもなぁ。


 その心意気と優しさは確かに素晴らしいと思うのだが、助けたいといっても……ただそれだけで、ほいっと出資をするという訳にもいかないよなー。

 研究は恒久的に続けたいものだろうし、俺には遊文館があるし、金を持っているだろうこいつだって、ただ金だけを渡せばいいと思っている訳じゃあるまい。

 個人的な援助は一時的なもので、継続的にできるとは限らないから……金を稼ぐ方法を知りたいってことだよな。


 まぁ、仕事がなくても出資者がいたらその場しのぎはできるだろうが、その出資者の機嫌を損ねでもしたら一発アウトだ。

 ならばやはり、自分達で稼ぐ手立てがあると知っていてもらう方が健全だろう。


「なるほど……確かに、騎馬隊もなければ牧場もないんじゃ、家畜医の仕事なんてたかが知れているな」

「仕事自体がないっていうのは解っているんだが、なんとか……手助けとか、できる方法がないかと思って」


 うーむ……こちらの世界の獣医さんというのは、牧場がある地区での家畜専門医が一般的だ。

 他は、衛兵隊や近衛管轄の騎馬隊に所属する『検診医』くらいだろう。


 なにせ、この世界では『ペットを飼う』という習慣が一切ないのだから、仕方あるまい。

 いや、ペットという概念自体がないのかもしれない。

 皇国の特徴なのか、この世界全般でそうなのかは解らないけど。


 動物というものは、野生で狩猟の対象か、牧畜をして搾乳か食肉として育てられているか、農耕や運搬などで共に働くものとして飼育されているかのいずれかである。

 愛玩のためだけに側に置くということは、全くないのだ。


 あちらの世界でペットの代表格である犬、猫、ハムスターなどの齧歯類達も一切ペットとして飼われることはない。

 それは、生活圏にいないっていうのもあるんだが、悉く『よく似た魔獣』が存在するので、いたとしても避けられているからである。


 あちらのペット図鑑を自動翻訳さんで視た時に、犬も猫もハムスターも魔獣表記がバンバン出て、ちょっと寂しくなったのを思い出すよ。

 鹿とか兎とかは『獣』分類で、こっちだと基本は『野生の食肉獣』だもんなー。

 狩りをする人達の間でさえ犬がパートナーとならなかったのは、魔獣が殆どっていうこともあるだろうけど、魔法があるから必要なかったってことだと思うんだよなー。


 そういうこの世界の事情もあり、可愛がられている動物っていうものの代表格が『馬』なのだ。

 皇国では馬肉を食べる習慣がないから、余計にそうなるのかもしれない。

 だが、愛でるためだけに馬を飼っている人なんて、たとえいたとしても本気のお貴族様くらいでシュリィイーレにだっていやしない。

 頻繁に騎乗する人や、馬車を個人で所有している人達くらいだもんなぁ……


 んーーーそんな状況下での……家畜医の収入アップ方法かーー。

 何を何処まで彼らが妥協できるかが解らないと、提案はしても上手くはいかないかなー。


「よし、ここでグタグタ言っててもなんもできないから、デルデロッシ医師の所に行こう!」

「えっ、いや、でも、俺が勝手に思っていることだし……」

「だから、こう思っているってことは伝えなくちゃ、ただの押し売りになっちゃうだろ? 余計なお世話って言われたら、ちゃんと引かなきゃいけないしな」


 そう、誰かのためってのは、してあげたいと思う方の独りよがりになりがちだ。

 ちゃんと助けたいと思っていること、相手が助けて欲しいかどうかの確認は必要!

 さささっ!

 デルデロッシ医師の所に行くぞっ!


 え?

 別に、エクウスに会いたいとか、そー言うことじゃないよ?

 ほんとほんと。



*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第48話とリンクしています

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る