第701話 タルフの話

 大丈夫だと解ってはいても、やっぱり経過が気になるのでガウムエスさんの様子見に。

 一昨日手術で一泊して、昨日の昼前に宿に戻ったらしいのでもう気持ち的にも落ち着いたかと思ってスイーツなど手土産にお見舞いに参りました。

 どうやら朝イチでガイエスはカバロと緑地に行っているようで、ガウムエスさんとエーテナムさんしか居なかった。


「お加減、如何ですか?」

「やぁ、確か、タクトくん、だったよね。ありがとう、もうすっかりいいよ!」


 息苦しさも重苦しいような痛みもなくなって、手術での傷口も【回復魔法】ですっかり元通りだと笑うガウムエスさんにやっぱりほっとする。

 先ほどマリティエラさんの検診と、本日の流脈を整える治療が終わったらしい。

 だが、一度に完璧な回復をさせることはできないので、流脈を整えつつ徐々に『回復の方陣』を使用して治していくそうだ。


 手術は全身麻酔(魔法由来)だったらしく、眠っている間に全てが終わっていて目覚めた時には傷口も塞がっていたのでとにかく驚いたそうだ。

「タルフだったら、間違いなく骨を切り出した部分はそのまま……だったね」

「ああ、あの国には医師と呼べる者は居なくて、怪しげな薬を使うまじない師みたいな者ばかりだったからな」


 呪い師……魔法が使えなくなっていたから、誤魔化しのためにやっていたのかもなぁ……

 骨を切除したところがそのままだとしたら、命があっても左手は使いものにならなくなっていたってことだ。

 そんな治そうともしないもの、医療じゃないよな。


 ちょっとタルフの現状……といっても、十年前だが、どんな感じだったのかを聞いてみようと質問をする。

「タルフは『薬』になるものが沢山あったんですか?」

「ああ……あったというか、見つけようとしていた、というのが正しいかな」

 エーテナムさんがそう言うと、ガウムエスさんは頷く。


「俺も『塔』から出た後に薬売りという人々の話を聞いたが、どう考えても……薬と言うより、毒だと思うものばかり売っていた」

「薄めたり、別のものと混ぜると『薬』……っぽく、なるんだよ」


 苦笑いのエーテナムさんと同じように、アトネストさんも言ってた『毒を希釈して薬として用いる』方法だな。

 こういう使い方は一概に間違いとは言い難いのだが、充分に正しいデータがなければただの迷信とさほど変わらない。

 だけど、十人に服用して三人しか治らなかったとしても、三割の人が治ったという事実だけを公表したり吹聴すれば『効く薬』なんだよな。


 要は『その薬を飲んだから三人も治った』なのか、『その薬を飲んだのに七人は死んだ』のどちらにフォーカスしてマーケティングするかってことだ。

 売る方はメリットを声高にデメリットを小声で主張し、治りたいと願う患者はメリットを信じデメリットは自分には当て嵌まらないだろうと高を括ることが多いのだ。


 七人のことを言及されたら『薬を使わなかったら全員が助からなかったかもしれないのだ』と言われれば、それを否定はできない。

 亡くなった七人についてもその薬が原因なのか、そもそもの疾患が原因なのか解らない訳だから、薬の安全性を否定することもできない。


 そして、治った三割の人々の実体験が『あの薬は効く』となるのだから、『生き残った人達は薬が効いて助かった』と言われることは決して嘘でも詐欺でも騙し討ちでもない。

 この辺りは……ある程度は仕方ないものなのだろうけどね……成功率を四割、五割と上げる努力をしていないのならば、弾劾されるべきと個人的には思うけどね。


 だが、皇国ではその判定ができる魔法があり、薬だけではどうにもできない部分のカバーができる。

 だから医療系の魔法を持つ医師達は、日々新たに毒物や薬などの研究をしたり魔法での治療方法と方陣札との組み合わせなどを模索しているのである。

 セラフィエムスの医術書は、まさにその挑戦の歴史だ。


 マリティエラさんだって、未だに勉強できて楽しいって言いながらファロアーナちゃんをライリクスさんに預けて遊文館の本を読みに来ているもんな。

 そういえば、医師の方々はセラフィラント在籍の方々がセラフィエムスの蔵書を読んだ後に、その本に書かれていたことについての勉強会とかしているらしい。

 大人として正しい遊文館の使い方ですな。

 そうやって、大人になってからもみんな勉強したり研究しているんだよって姿を、子供達が見られるというのは大変良いことだ。


「なぁ、タクトくん、皇国だとどの町でも治療はこんなに早く終わるものなのか?」

「俺はこの町しか知らなくって……この町の医師様達は、他の領地とは違うかもしれないですけど……早い方だとは思いますよ?」


 すみません、広域型引きこもりで。

 だけど、シュリィイーレ以上となると、王都以外なら医療はセラフィラントで方陣の精度ならエルディエラ……かなぁ?


「魔法があるから、こんなに治りが早いのだろうか?」

「それは、そうだと思いますよ。方陣札の魔法なら、患者にも負担が少ないですしね。タルフには方陣札ってなかったんですか?」


 タルフの『今』のことが書かれている本は殆どないから、魔法がどういう状態かも解らないんだよな。

 方陣は使えるのか、獲得魔法はどんなものがあるのか……海系の魔法があるかもしれないとは思うんだけど。


「あったけど……使える魔法師はいなかったな」

 ガウムエスさんが言うには、魔法師の数も非常に少なくて魔力量も千五百あれば多い方らしい。

 アーメルサスよりは、各個人の魔力量は多いみたいだな。

 ミューラに近いのかもしれない。

 エイリーコさんがだいたい千七百くらいだったのが皇国に来てから少し伸びて、俺が言ったように魔法を使ってカカオを世話し始めたらまた増えたって喜んでいたから。


 だけど、タルフ人の魔法自体は灯火とか洗浄などの一般的なものさえ持っていない人が多く、一生魔法が獲得できない人もいるのだとか……

 そう言っていたガウムエスさんもエーテナムさんも、片手で足りるほどしか魔法は使えないらしい。

 だが、これでも傍流にしては恵まれているのだという。


「ああ、魔法が必ず使えるのは王族でも、直系だけだな」

「直系……って、今の王族だけとか?」

「うーん……現王は確かに直系だけど、その他の王子達は瞳の色が解らないから、よく知らないんだ」

「タルフの『本当の直系』は、ガイエスみたいな澄んだ赤い瞳……『紅玉位』と呼ばれる人達だけ、だよ」


 瞳の色……これは多分、マウヤーエートから移動してきた人々の瞳が赤だったからだろう。

 実際、マイウリアではさほど珍しくない色だと、移民達を多く見て来たファイラスさんやルシェルス出身のスタイアルムさん、カタエレリエラ出身のランタートさんがそう言っていた。

 もし赤い瞳が少なくなったのだとしたら、王族にも元々東の小大陸にいた人達の血が入っていることになるだろう。


 そしてタルフ人は肌の色も少し浅黒い人が多く、身長も低めの人が多いらしいがこの特徴はマイウリアにもミューラにもないものだ。

 だとすると、タルフ王族の元々の肌は、同じマウヤーエート人であるマイウリアやガウリエスタに近いんだろう。

 ……それを知っているやつらだからこそ、ガイエスの少しだけ出ていた肌を見て『タルフの王族』という確信の後押しになったのかもしれない。


「王族でも背が高くて魔力が多いのは、加護次第と言われているが……ミュルトの教会で、加護神と体格や魔力量は無関係と言われたんだよな……」

 うん、魔力量や魔力流脈の形成について『体格』『身体的特徴』は、ほぼ関与しない……とされている。

 例外が、瞳の色が関与する『魔眼』だけなのだ。

 だからこそ、魔眼は『聖魔法と聖技能の融合』として特別な扱いを受けているのかもしれない。


「取り出された『聖石』が、なーんにも意味がないってのも、落ち込んだよ。記念にってもらった」

 ……記念……俺でも言っちゃいそう……『記念にどうぞ』っていうの。

 ホントにね、なんの役にも立たない石だもんね。

 見せてもらうと、ガイエスから取り出したものよりかなり小さくて骨の中で幾つかに割れていたらしい。

 やっぱり、魔瘴素が中の方に視えるなぁ。


 割れてしまったのは、石の質が悪かったのが原因のひとつかもしれない。

 もの凄く内包物が多いから、魔力を入れていたんならかなり悪影響が出そうだな。

 王族が使う『聖石』がこの程度のグレードってことは、タルフではあまりいい貴石はとれないみたいだが、鉱山とかないのだろうか?


「そういえば……ないと思うなぁ」

「シィリータヴェリル大陸のように高い山などないし、金属や鉱石は近くの無人島で産出されるものが多かったな」

「無人島って、船で?」

「ああ……浅瀬だと全く魔魚や半水生魔獣が来ない場所、というものがあってね。更に【中和魔法】という魔法があれば、全く魔魚にも感知されなくなると言われていたんだよ」


 ……!

【中和魔法】なんて、どこにも載っていなかったし初めて聞いたぞ!

 だが、その魔法も獲得している人はかなり少なくなっていて、船を出せる人も減っていたのだという。


「それ……方陣とかになっているんですか?」

「うん、あるよ。えーと……昔、もらった服に縫い付けてあったのが……」


 古くなった服に縫い付けてあったものを取っておいたらしいが、刺繍だったようで糸が擦り切れてしまって効果はないのだという。

 その服の背中の部分を切り取って、風呂敷みたいに使っていたんだな……なんか、悪いことしてしまった。


 この方陣の刺繍は、タルフでは成人のひとつ前の神認かむとめの十七歳の時に、『守護陣』としてもらうものなのだそうだ。

 ……つまり、これはマウヤーエートか、東の小大陸で使われていた方陣ということになる。


 一体どんな形のものなんだろう?

 こいつは高まるなっ!

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