第700話 美味しいものを召し上がれ

 俺が情けなく逃げ帰った翌日、ガイエスが昼前に物販スペースに来て呼び出された。

 どうやら、ガウムエスさんの手術は無事に終わり、昨日のうちに三箇所とも全て取り出されて術後の経過も順調らしい。

 いやぁ、よかった、よかった。

 明日の昼前には、宿の方に戻って療養と流脈の方の治療だそうだ。

 術後の回復が早いのは、流石魔法医療だね。


「昼食を買っていきたいんだが、ガウムエスとエーテナムふたり分の持ち帰り……いいか?」

 どうやら、病院でいつも食事を作ってくれる人が体調が悪くなってしまったらしくガウムエスさんの分も買っていくらしいのだが……

「いいけど、おまえの分は?」

「……今日は、西門食堂が卵料理なんだ」

「卵、好きだなぁ。じゃ、焼き鰆と赤茄子煮ふたり分ね。すぐに用意するから」


 昨日はあの後ちょっと落ち込んでて、俺が厨房に入れなくて鶏肉になっちゃったんだよな。

 なので、今日のランチに変更したのだ。

 うちのお魚は骨を全部身の方に吸収させているから、カルシウムモリモリで骨の回復にはもってこいですよ。


「えっ? 鰆……なのか?」

 ガイエスが『どうしよう……』と呟く。

 あ、あのふたり、魚が苦手だったのかな?

 考え込んでいるってことは、もっと無難に肉料理の方がいいか……ウァラクだと、海の魚は食べないだろうしなぁ。


「やっぱ、三人分にしてくれ」

 ……オーライ。

 なんだよ、卵料理と魚でおまえが迷っていたのかよ。


 そして、夕食は確か北東門が卵料理だったからそっちに行くか……なんてぶつぶつと言っている。

 相変わらず何処に行ってもグルメを堪能しようとする姿勢は、天晴れだな。

 そういえば、セトースでは何も現地のものは食べなかったのか尋ねてみた。

 あれれ?

 あまり美味しくなかったのか、ちょっと眉間にしわが寄る。


「辛くて酸っぱくて少なかった……汁ばっかりで」

 やっぱ、南の方は辛い料理が多そうだなぁ。

 タルフも激辛だったらしいけど、酸っぱいって言うのは……何由来の酸味だろう?

 具材が少なかったのは、具にできるものを節約していてスープで誤魔化そうとしていたのかな。

 トムヤムクンの具材節約バージョンみたいなものかもしれない。


「同じように汁を飲む料理でも、おまえの作るラグーの方が腹に溜まるし美味しかった……辛くなきゃ、もう少し飲んだかもしれないけど……」

「おまえ、辛いの好きじゃないもんなぁ。だけど、タルフが辛いものが好きだったら、ガウムエスさん達は辛い方がいいのかな?」


 俺がそう言うと、自分が好きなものを一緒に旨いって言ってくれていたから大丈夫だと思うけど、とちょっと口ごもる。

「どっちも好きかもしれないね。じゃあ、辛茄子粉があるから、もし辛くしたいって言ったらこれをあげてよ」

「解った。ありがとう……」


 できあがったランチプレート三人前を、返すつもりで持ってきていた軽量化番重に入れてもう一度運んでいった。

 今日は病院の方でみんなでお食事かー。

 あれ?

 入院しているなら、ガウムエスさんは食べちゃいけない物とかないのかな?

 でもまぁ、病気じゃないから何を食べてもいいのかもしれないな。


 それにしても、ガイエスって面倒見がいいよなぁ。

 きっと、ガウムエスさんもすぐに歩けるようになるだろうし、そしたらみんなでうちに来てくれるといいな。

 その時も、とっておきの美味しいもの、出してあげよう。



 本当は試験研修生宿舎か、遊文館に行って教会の皆さんにお部屋の使い勝手とか聞きたいし、遊文館ツアーをいつにするかの確認したりしたいんだけど……

 なんだか、昨日のことがあってレトリノさんと顔を合わせづらい。

 どーしようかなーと考えていたら、テトールスさんとワシェルトさんの娘さんがお芋と卵と鶏肉を持ってきてくれた。

 そうか、今日だった……よかった、出掛けてなくて。


 ではでは、いつもの通り、奥の小会議室へどうぞ!

 今回の卵も鶏肉も非常に素晴らしい!

 そして灯火薯とうかいもも文句なしだね!


「あれ? こっちの番重は……?」

「あ、じ、実は、前にタクトさんから教えてもらった『輪作』っていうの、やってみて……葱、作ってみたんです。どうかな、と思って」


 おおっ、それは素敵……ふぉぉぉっ!

 なんという立派な長葱ーー!

 黄色のキラキラがこぼれ落ちているぞー!


「この葱、ウァラクではあまり食べられていないんです……だから、作っても売れないって言われたんですけど、これに似たものがタクトさんの作っている保存食に入っていた気がして……」

「ええ! 使っていますよ! エルディエラの中央部で作られているものが入って来ていたんですけど、今年の初荷では届かなかったんですよ! うわぁ、嬉しいなぁ!」

 秋から冬が旬だから、もう諦めていたんだよねー。

 今くらいが、収穫のラストシーズンなのだ。


「あの……使って、もらえますか?」

「勿論ですよっ! 今日入れてくださったもの、状態も凄くいいですし! あ、そーだ、ちょっと焼いて食べてみます?」

「焼くだけで美味しいんですか?」

「煮ても焼いても美味しいですよー」


 ワシェルトさんの長女、エグレッタさんはどうやら食べたことがないらしい。

 なんと勿体ない!

 まぁ、玉葱ほどは普及していないからね、長葱さんは。

 長葱と鶏肉……となれば、焼き鳥のねぎまでございましょう!

 竹串は常備していますよ!


 今回は【烹爨ほうさん魔法】で、ちゃちゃっと作ってしまおう。

 焼き鳥は……俺としてはやはりタレで食べて欲しい。

 勿論、葱塩も美味しいのだが、ねぎまにタレも捨てがたい旨さなのだ。

 葱だけ焼き串も作りましょうかね。


 ……ん?

 なんだか、焼き鳥屋さんでデートしているカップルと、店の親父みたいな配置だぞ。

 このふたり、結構イイ感じなのかな?

 だとしたら嬉しいなー。


 ふたりにはしっかり長葱の美味しさをご堪能いただき、次の納品は卵に合わせて十日後くらい。

 テトールスさんも次の時は黄身薯きみいもを持って来てもらうから……またふたりで来るかもなー。

 エグレッタさんも【収納魔法】が使えるようになったって言ってたから。


「いつもうちの鶏と卵を美味しく料理してくれてありがとう、タクトさん! あのタレの味、大好き!」

「俺、あのタレ、買って帰りたいです……」

「タレにしたものは作り置きがないから売ってないんだけど、この小瓶の醤油を使って作れるから、やってみてよ」


 小瓶の醤油は、最近売り始めたのだ。

 マヨネーズと一緒で人気が出て来たのだが、流石に醤油まではみんな作れないだろうからね。

 そろそろ、たまり醤油もできあがってきたから、何を作ろうかと思案中である。

 ふたりは自販機で醤油とマヨ、そして幾つかの保存食を買って帰っていった……おてて繋いで。


 ふたり共俺より年上なのに、なんだか可愛らしいというか初々しくっていいですなぁ。

 ……あれ?

 俺、爺くさい?


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第45話とリンクしています

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