第699話 偶然の出会い
ふとヴァンテアンさんを見たら、ばれちゃったかー、なんて苦笑い。
「君達、コレイルの出身なんだねぇ」
「私、今日ファルスからこの町に来たのです!」
あ、今、気付いた。
レトリノさんの隣に、可愛い系の女性がひとり。
「そうか、ファルスかぁ……じゃあ、判っちゃうよねぇ、僕のこと」
そういえばレトリノさんもコレイルの人だったよなぁ。
いやいや、それよりも、ヴァンテアンさんが元司祭様だったってことかな?
還俗ってやつですかい?
「そうなんだよねぇ。覚えてないでしょ? 一度、イシュナの教会で会っているんだよ」
「ヴァンテアンさんと俺が、ですか?」
腕など組みつつ考えるが、俺、コレイルなんて行って……あ。
一度だけ行ったよね!
カカオ農園探しで、テルウェスト司祭と一緒に!
そーか、イシュナって……ルージリアと越領門挟んで隣にある町で、カカオ輸送の時に移動の目標方陣鋼を置かせてもらった教会のひとつか!
「……あの時の、司祭様……ヴァンテアンさん?」
「そうっ! あの移動の魔法にはほんっとうに吃驚したし、それをカカオの運搬に使いたいなんて言い出して、呆れるやら面白いやらで! 思わずシュリィイーレまで、君の作る菓子を食べに来ちゃったくらいだよ!」
あの時、各教会の司祭様と直接話してくださったのは殆どテルウェスト司祭だったからなぁ。
てことは、既視感はお笑い外タレさんじゃなくって、その時の記憶かー。
だけどやっぱり似ている……あ、ネタ思い出して笑っちゃいかんな。
「僕ね、どうせ還俗してコレイルを離れるならって、一大決心でシュリィイーレに来たんだよー。君の作る菓子がほんっとうに美味しくて、忘れられなくってさ!」
「お菓子、ですか?」
「そう、僕の一番は『
そういえばコーヒーゼリー、毎回自販機に入ると大量に買ってくれていたっけ……
だけど随分前からうちの常連さんだよなぁ、ヴァンテアンさん。
コレイルって還俗が多いのかな?
俺がそう尋ねると大きく頷いて、神官もだが、司祭位でも他領よりは多いみたいだ。
自分も、今回の神職大移動の前に還俗を決めてよかったって言ってた。
「だーって、動かされてすぐに辞めるとか、動くのが嫌で辞めるなんて、主家に叛意があるみたいになっちゃうじゃないか! 僕は、クリエーデンスもルーデライトも大好きだからね。ただあの辺りにいた、昔の元下位が嫌いだっただけ」
「イシュナって……どなたが?」
ヴァンテアンさんは俺に耳打ちするように、こそっと教えてくれた。
「あの辺は……この町とも因縁があるキシェイスでしたね。それと、客分とかで居座っていた元リバレーラの従家も性格悪くて……」
……なるほど。
キシェイスって、ビィクティアムさんの叙勲式で馬鹿やったやつらの首謀格だな。
あの時はコレイル次官、可哀相だったもんなぁ……
それにリバレーラの客分って、もしかしてシエラデイスだったり?
だとしたら、確かに嫌になって当然かもなー。
「あの、それでは私達は……」
「あ、すみません、レトリノさん。つい、ヴァンテアンさんと話し込んでしまって……」
……なんか、ものすっごく、レトリノさんの隣の方にじーっと見られている気がするのですが……い、一体、どうして、かな?
怒っているのかなぁ……?
俺が不自然に顔を背けているのが判ったからか、レトリノさんが慌てて紹介してくれた。
「あっ、こ、こいつは、私の妹でして! 今日からこの町に住むために、家を紹介していただきまして、その……」
妹さん……か。
そーか、なーんだ、レトリノさんのデートの邪魔でもしちゃったんじゃないかと焦っちゃったよーー!
折角のデートなのにって、睨まれているのかと思ったけど、そーか、妹さん、引っ越してきたんだねぇ。
「……カーラ、です」
「はじめまして、タクトです。レトリノさんにはいつもお世話になってます」
「とんでもございませんよっ、タクト様っ! 俺は何もっ!」
レトリノさんって油断したり焦ったりすると『俺』になるんだよね、一人称。
少し首を傾げつつ、ヴァンテアンさんが尋ねた。
「レトリノくん……と妹さんって……ずっとファルスに住んでいた? 元々はロテルトじゃなかったかい?」
「ええ……そうです。私が神職になってから、ファルスに移ったのです」
「やっぱりか。珍しいと思ったんだよね、ファルスに元従家家系の人が神職で入るなんて……あそこは、帰化民が多い町だからね」
少し前まで、レトリノさんは自分達の血筋にミューラ人が関わっていることを厭うていた。
きっと帰化民に対していい感情がなかったのは、それだけじゃないだろう。
帰化民が多いファルスで神職になったのって……魔力量の関係かな?
他の教会だと、魔力量が少なくて居るのが大変だったとか?
だけど帰化民の神職達が多いところでも、皇国の元従家だというのに自分達とさほど変わらない魔力だと判られたら、相当嫌がらせめいたものがあっただろうと思う。
特に、コレイルの従家はどの領地よりも評判が悪かったって、衛兵隊で言われていた。
ルーデライト家門のヴェルエットさんも、ラトリエンス神官も、苦笑いしつつ色々と教えてくれたもんなぁ。
その噂で、帰化民達からも嫌な思いをさせられたのかもしれない。
たとえ、レトリノさんたちの家門が何もしていなかったとしても、十把一絡げにされたんだろうからな。
今、真っ最中の神職大異動で、少しでもそういうものが教会内からなくなるといいんだけどね。
それにしても……無口な人だな、カーラさんって。
初めにヴァンテアンさんに声を掛けた時は、とってもハキハキした方だと思ったんだけど。
そして、その、じーーーーっと見るのは……プレッシャーなので止めて欲しい……
「あのぅ……何か?」
居たたまれずに、なんとか作り笑顔で問いかける。
カーラさんは、真顔である。
そして無言で視線も動かない。
……コワイ。
なんだろ、なんか、ビィクティアムさんに見られているとか、ライリクスさんやファイラスさんに見透かされているのとは全然違う種類だ。
あ。
カルチャースクールで若手の奥様たちに『この人で平気なの?』みたいに値踏みされていた時の……あの感じに似てるーーっ!
あの、無言で、無感動な瞳で、見た目から一方的に『評価される』というあの感覚!
トラウマクラスの品定め視線……!
「す、すみま、せん、俺、そろそろ手伝い、あるんで、帰ります、ね?」
そそくさと逃げるように、俺は来た道をUターンする。
昔、初めてのカルチャースクールでの嫌な記憶が蘇る……もの凄く怖かった、あの時のおば……じゃない、お姉さま方っ!
さっきより人通りが増えたのに、速度はギャン上がりである。
もう、峠責めの族車の如く、キレッキレコーナリングで人を躱していく。
エトーデルさんの靴、高性能過ぎてありがたい。
恐怖感というか、なんというか、もう、無理無理無理ーーーーっ!
うわぁん、こんな気分で教会の人達に会えないよーーっ!
食堂に辿り着き、息を切らせて肩を上下させている俺に、父さんが心配そうに覗き込んできた。
「どうかしたのか? タクト、おめー……顔色、悪いぞ?」
「いや……なん、でもない……走り過ぎちゃって。ちょっと、水、飲んでくる」
言えないよ、女性の視線が怖くて逃げ出してきたなんてぇーー!
その後の三人 〉〉〉〉
「カーラっ! 不躾に見続けたりするから、タクト様が怯えてしまわれたではないか! おまえの視線は『圧』が強いと、以前から……」
「兄さま、あの子……いくつ?」
「え? えーと、確か……二十九……?」
「あたしより……三つ、下……」
「おいっ、おまえ、タクト様に……?」
「ふふふふっ。違うわ、兄さま。ふふふふふふっ。でも……どうして敬称なの?」
「そ、それは……タクト様は、一等位魔法師でいらっしゃるからだ!」
「まぁっ!」
「そうですねぇ、タクトくんは頭もいいし、菓子作りも天才的ですし、文字なんてそれはもう美しいし!」
「まぁぁぁっ! 司祭様が仰有るのでしたら相当なのですねっ!」
「君、もう僕は司祭位ではないですし、神職でもありませんので、その呼び方は絶対に止めてください。シュリィイーレでそう呼んだりしたら、テルウェスト神司祭への不敬になりますからね」
「はっ! そ、そうだぞっ! 気を付けろよ、カーラ!」
「はい、失礼いたしました……ふふふっ、タクトさま……可愛らしかったわ」
「まぁ、タクトくんは年齢よりかなり若く見えますからねぇ」
「しさ……じゃない、ヴァンテアンさまとご一緒だと、一層そう感じました。うふふっ」
「おいカーラ、本当に、本当におかしな気を起こすなよ? タクト様には、もうちゃんと誓いを立てられた方がいらっしゃるのだからな」
「んまぁぁっ! それは本当ですのっ?」
「う……うむ……なんでそんなに頬を赤らめて、嬉しそうなのだ?」
「だって、賢神一位のような美しい瞳の青年と誓いを立てたお相手……なんて、素敵じゃない!」
「まぁ……女性というのは、そういった『運命的なお相手同士』というのが、お好きですからねぇ」
「んふふふーっ」
(聖教会ができあがったら、僕も必ずテルウェスト神司祭にご挨拶に行かなくちゃ。ふふふーっ、嬉しいなぁ。僕の住む町の教会が聖教会になるだなんてっ! お菓子も食事も本当に美味しい町みたいだし、在籍地変更で移動制限ついちゃったけど、本望だね!)
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