第698話 意外な展開

 ガイエス達にランチデリバリーに行ったら、シュウエルさんとマリティエラさんが丁度診察を終えて出て来たところだった。

 どうやら、この後リオール医師の所に行ってサクッと手術らしい。


 リオール医師は、マリティエラさんとタメをはる神業外科手術で評判の方だと聞いたことがある。

 俺と同じ【稍療しょうりょう魔法】を持っていらっしゃるから、とにかく傷口が早く綺麗に治るのだとか。

 神経外科も担っていて骨髄、神経などに関わる今回のようなケースにはうってつけだということだ。


「その後はトシェルーク医師と一緒に、腕の方もしっかり治療と機能修復運動もしていくわ。私の方の流脈治療は手術後から、ね」

「よかった。ライリクスさん……平気でした?」


 先日ぐったりしていたシュウエルさんを見ていたから、ちょっと気になって尋ねたらどうやらファロアーナちゃんがいい仕事をしてくれたようだ。

「ファロがね、ライが不機嫌そうな顔をすると泣き出すの。だけど、笑ったり私と仲がいいとすっごくご機嫌になってくれるから、あの人怒ったり拗ねたりできないのよ」

 くすくすと笑うマリティエラさん……もう、娘にコントロールされちゃってんじゃんかよ、ライリクスさんたら。


「それに私が仕事に行く時も、ライと一緒に見送らないとぐずるのよ」

「ホント、お母さんの仕事を応援するいい娘さんですねぇ」

「んふふっ、うちの夫の教育がいいから」


 惚気ですか、そーですか。

 まだ一歳にもなっていないお子様に、教育も何もないだろーて。

 だとすると天賦の才か。

 素晴らしい。


 ふたりが宿を後にして、ダリューさんと入れ替わった。

 一緒にリオール医師の所に行くのは、ダリューさんなのだろう。

 俺は、二階に上がってガウムエスさんの部屋のふたつ隣のガイエスの部屋の扉を叩く。

 ガイエスが出て来たらすぐのそのまま、ランチ入りの番重を渡す。


「このまま出さなければ冷めないからさ、手術が終わった後にガウムエスさん達にも食べてもらって。モツァレーラたっぷりのリエッツァ」

「お、おう。この後、医師の所までガウムエスを運ぶのを手伝うから……」

「いや、もう多分、衛兵隊の方で医師の所に『目標の方陣』を置いているはずだよ。同行者用だから、ガウムエスさんには何も負担がかからないと思う」

「今日中に戻るのかな?」

「さぁ……それは俺には解らないからなぁ。あ、手術してくれるリオール医師の病院は西衛兵隊官舎近くだから、遊文館の隣の区画だよ」


 どうやらエーテナムさんと一緒に『門』で行って、手術を見守るようである。

 じゃあ、お食事はその後かなー。

 それにガウムエスさんとエーテナムさんがこの宿に一時的に『目標の方陣』を置くことは、衛兵隊承認で許可が出ているらしいので帰りはサクッと戻れるみたいだ。

 流石に、今日は一泊すると思うけど。

 それじゃ、俺はちょいとやることがあるので今日のところはこれにて、と家に戻った。



 そう、ウキウキと戻った俺がやることは『梨』の準備である。

 ガイエスからもらった梨は種なので、まずは苗を作らねばならない。

 苗を作って秋の深まった頃に植えることになるので、早速幾つかのポットに種蒔き。


 実験がてら『育成水の如雨露』の水をあげて育てるものと、いつもの浄化水で違いがどれくらい出るかを試すことにした。

 よし、暫くは温室の中で育つのを待つ感じだね。

 上手くできたら、西の耕作区画の果樹園で作ってもらえないかなぁ。


 梨の生育期間、シュリィイーレの気温は問題ないどころかかなり適温なんだけど、冬が寒過ぎる。

 だから、上手く育つかどうかはそれの対策にかかっているんだよな。

 まぁ、暫くはうちの裏庭温室と……南側の育成水の泉近くに植えてみようかなーなんて考えている訳ですよ。

 あの辺りだと冷たい風は防げそうだからね。

 これも長期計画だなぁ。


 硝子温室内のその他の苗の様子を全部確認して、オールオッケー。

 ランチタイム、スイーツタイム終了後に、ちょいと外出。

 ……物販前で項垂れている人がいるが……売り切れはないはずだから、期待していた物が販売していなかったのかも。

 ごめんなさい、結構入れ替え多いんだよね、うちの自販機。


 それでは、教会の皆さんがいらっしゃる試験研修生宿舎に移動……っと、いかん、昨日今日とシュウエルさんが忙しくて体術訓練がお休みだったっけ。

 走って行こうかな、久し振りに。


 だが、人通りが少ない朝しか走っていないから、昼間はやっぱり走りにくい。

 いつもは通らない、ちょっと人が少なめの道を選んで買い食いなどしつつ環状の紫通りのひとつ内側の環状黄通りを東へ。

 東・白通りと交わる辺りで、いつもランチに来てくれるヴァンテアンさんとばったり。


「あれれ、タクトくーん! こんなところを通るなんて珍しいねぇ」

「こんにちは……あれ? ヴァンテアンさんって、家は西側じゃありませんでしたっけ?」


 確か錆山に鉱石を取りに行った時に何度か碧の森付近で会ったことがあって、そう聞いていた記憶があったんだけど。

 実はヴァンテアンさんって、どっかで見たことがある気がする……ってずっと思っていたんだよね。

 だけど横顔見て『あっちの世界にいたインテリお笑い芸人の外国人タレント』に結構似てる、と思い出したのだ。

 漫才コンビだった気がするんだけど、うろ覚えだ。


「実はねぇ、思っていたより早く店が出せそうでねー。だから引っ越しするんだよ! 今、コレックさんの所で紹介してもらった物件を決めてきたところなんだよーっ」

「それはおめでとうございますっ! なんのお店を開くんですか?」

「んふふー、僕、染料師なんだよねぇ」


 ……!

 染料師ってことは……服飾?

 いや、だけどこの間今年から『鉱石鑑定』がでたから、錆山に入れるって喜んでいたし……まさか!

「再来月には、色墨を作る工房と店をね! 場所は悩んだんだけど、遊文館の近くにいい広さの工房があったからそっちにしたんだよ」


 にっこりと笑うヴァンテアンさんに思わず拍手を送る。

 なんて素晴らしい!

 メイド・イン・シュリィイーレの色墨ができるなんて素敵過ぎる!

 絶対に全種買いそろえなくては!

 飾り棚、増設できるかな?


 遊文館の近くなら西側の手習い所も近いし、西地区の子供達が南東市場まで色墨を買いに行かなくても済むかもしれない。

 どうやら、碧の森の植物から『黄色』が、錆山東側から『青色』にできる鉱石が見つかったらしくヴァンテアンさんの魔法での色墨作成が可能なのだそうだ。

 その他の色については……これから考える、とちょっと苦笑いだ。


「僕が作る色墨が、君の千年筆に使えるかできあがったら試してもらえるかい?」

「勿論ですよ! すっごく楽しみです! 売るのは工房の店だけでですか?」

「うん、ひとりで作るから数が出せないしね。だからさ、もし千年筆に使えたら、千年筆も一緒に置かせてもらってもいいかって君に頼みたかったんだよ」

「喜んで承りますよ!」


 まさかこの町で色墨を作ってくれる人が現れるなんて、思ってもいなかったぞ。

 人手がないからと言うことで当初インクは二色だけになってしまうようだが、青と黄色というのはとても俺的にはそれも素晴らしいセレクトだ。


 近々始まる『書き方教室・中級編』は文字色と方陣の関係なども教えてあげたいと思っているから。

 俺がこの町に来た時にガッツリ検証し、実践してきた『色による魔法発動レベルの違い』を子供達に伝授するのである。


 この町で最も多いのは、赤属性の補助的な魔法が使える人達だ。

 その次が緑属性だが、畑や果樹を育てている人達の多さからも植物関連に強い方々がメインだろう。

 そして黄属性は【回復魔法】を使える人は医師でも少なくて、方陣に頼っているという予想。

 まぁ、この辺は遊文館に来ている人達の話とか、食堂の人達からの情報だから偏っている可能性もあるが。


 黄色という色は『読んでもらうための文字』を書くには、色が薄過ぎて適さないことが多い。

 だが、この文字で黄属性魔法の付与、または方陣を描くことはそもそもその色相の魔力が乏しい状態を補って、魔力が無駄にならずに付与した魔法や方陣の発動ができるということなのだ。


 俺の【文字魔法】と同じこの現象は、俺に作用している時よりは確かに弱めではあるが他の人達の魔法にも効果が四割くらいは上がるのだ。

 その魔法の色相属性と違うものだと俺の場合は『負荷』になって、魔法そのものの強さをあげる訓練になったり、新しい魔法獲得の試行になる。


 他の人であっても変わらないのではあるが、こちらの負荷も効果と同じように四割から五割減なのだ。

 だから、その魔法の色相に合わせた色で描くというのは方陣の魔法グレードを上げるのに非常に有効だ。


 そしてそのことを踏まえると、赤属性の魔法を得意とする方々は青属性があまり得意ではないので青インクはとてもありがたい。

 緑属性になれば尚のこと、使える人は多くはない。


 色墨そのものを混ぜると狙った色を出すのは難しいのだが、青インクと黄インクのふたつの色で緑系の方陣を描いて順次発動すると『緑色一色でかいた時の効果とさほど変わらない』という実験結果も得られている。


 まだまだ全ての緑魔法に対して確実にそうだと断定はできないけど、シュリィイーレでは方陣の順次発動は魔力量的にも問題ない人の方が多いし、かなり需要の高い魔法となるはずなのだ。

 子供達が今からその描き方と更なる有効な発動方法を身につけ、それを利用した魔道具まで作れるようになったとしたら……ふっふっふっ!

 そんなことのできちゃう基礎の講義、今年からやっちゃうしねっ!


 ちょっとヴァンテアンさんに不思議そうな顔で覗き込まれてしまった。

 いかん、ついつい顔に出ていたよ、色々と。


「……イシュナ司祭様……?」


 そう呼ばれたヴァンテアンさんと俺が振り返ったところにいたのは、声の主レトリノさん。

 ……おやおや?

 今、イシュナ司祭、と聞こえたが……?


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第43話とリンクしています

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