第696話 お夕食デリバリー

 その後も、ガイエスは接触してきた人達の細かい特徴を聴取されていた。

 あちらの世界でお世話になったことはないが、警察官の聴取って言うのもこんな感じかもしれない。


 うーむ……ガイエスにはポケットに入れておくだけで自動的に写真とか撮れるものを渡しておく方がいいんだろうか。

 でも、それだと本気のストーキングみたいだよなぁ。

 カメラ持たせても、手が塞がる方が危ないし……ヘッドライト付きゴープロ?

 いや、それだと迷宮で着けてそうだから、おっかない魔獣とか映っていそうでなんか嫌。


 そろそろ夕食かという時間にやっとビィクティアムさんから解放され、応急処置の終わったガウムエスさんに移動のことが伝えられてガイエスは先にルトアルトさんの宿に戻った。

 カバロもダリューさん達が既に連れていってくれていたようで、俺は撫でられなかった……くすん。

 今度レェリィで、エクウスに会いに行って親睦を深めよう。


 すっかり陽が傾いてしまい、俺は慌てて食堂に戻る。

 今日はお魚メニューにしてもらうつもりだったんだが、この時間じゃ間に合わないよー。

 焼き鰆の赤茄子トマトソース仕立ては、明日だなぁ。



 厨房に入ると、母さんが少し心配そうに声を掛けてきた。

「どうしたんだい? 随分慌てていたみたいだけど……」

「ガイエスが来るっていうんで、迎えに行ったんだけどさ、一緒に来た人が具合が悪くなっちゃってマリティエラさんに診てもらっていたんだ」

「あら! それは大変じゃないか!」

 移るような病気じゃなくてちゃんと治療も始まったから大丈夫、と言うとそんなことじゃないよ、と言われて、俺にガイエスのところへ行けと言う。


「だってそうでしょ。ガイエスはセラフィラントの子なんだよね? 遠くから来て、旅先で友達が倒れたらそりゃあ、慌てるでしょ! この町ではあんたが一番の友達なんだから、手助けしておあげ! ほらっ、どうせ夕食も食べていないんでしょ、その人達! 持って行ってあげなさい!」

「そ、そうだね、うん!」


 食事のことに気が回らなかったとは、俺もちょっと迂闊であった。

 ルトアルトさんの宿に夕食を出してくれるような食堂はないし、あの状態じゃ食べには出られないもんな。

 母さんが用意してくれた温かいシシ肉と菠薐草と赤隠元豆のあっさり煮込みやマッシュポテトベースのポテサラ、そして焼きたてふかふかの全粒粉パンを持ってルトアルトさんの宿へ向かった。



 宿に着くと二階の部屋だというので、すぐに階段を上がり扉をノック。

「タクト」

 予想通り、出てきたのはガイエスでガウムエスさんの部屋にエーテナムさんと一緒にいた。

「あ、いてくれてよかった。食事、まだだろう?」

「ああ……今、買いに行こうと思っていたところだ」


 間に合ってよかったー。

 この宿、踏込ふみこみ前室ぜんしつがあるんだなぁ。

 日本旅館みたいな造りだな。

 主室には、ベッドの他には椅子とテーブルと文机。

 当たり前だが、流石に床の間はないか。

 ずかずかとその部屋に入り軽量化番重で持ってきた食事を、ちと狭めではあるが三人で囲めるテーブルにテキパキと並べる。


 ガウムエスさんの胃にも優しいあっさり煮込みは、しっかり煮込んでホロホロだから消化にもいいですよ。

 ついでに柑橘と蜂蜜のジュレも持ってきたので、そいつも一緒に。

 デザートは気分も和らぐからね。

 椅子が足りないみたいだから、別の部屋から自分達で運んでくださいな。


「態々、すまん」

「母さんが持ってけって言ってくれて。あ、ほら、卵黄垂れ。なくなっちゃってたんだろ?」

 絶対に、ポテサラに追いマヨするだろうからな、ガイエスは。

 にまにまっと笑顔になるガイエスと、食事を持ってきたことで恐縮しきりなふたり。

 じゃ、俺はこの辺で……


「なんだよ、おまえも食べていけばいいのに」

「んー……でも、食堂、混んでいたからなー。手伝いたいから、今日は止めておくよ。また今度、ガウムエスさんがもう少し元気になったら一緒に食事に行こう」


 まぁ、これは表向きだ。

 俺がいたらガウムエスさんとエーテナムさんは寛げないかもしれないし、話したいことも話せないかもしれないからね。

 それに、明日からの手術や治療開始で不安だろうから、今日のところは気心の知れた仲間と一緒の方がいいだろう。


「待ってくれ」

 俺を止めたのはエーテナムさんだ。

 そして俺の手を取り、お礼を言ってきた。

 ちょっと吃驚するくらい、真剣な顔で何度も何度も。

 それくらい、大切な友人なのだろう。

 力になれてよかったけどどっちかっていうとガイエスのお手柄だよな、と思いつつ今度こそお暇を……と思ったら、ガイエスに止められた。


「これ。おまえに渡したくてさ」

 ん?

 石の入っていない首飾り……?

 すると、ガイエスはそっと耳打ちをするように、小声で話しかけてきた。


「アーメルサスの『あの石』の台座。それと、アーメルサス司祭家門の釦だってさ」

「……なんでアイソルに行ってたはずのおまえが、アーメルサスのものなんて……?」

「アイソル……っていうか、避難民達の島のセトースって町で手に入れた」


 ふぁっ?

 ペルウーテで売っ払ったものが、難民たちの島で売られていた……と?

 しかも、この銀釦『槻』の模様じゃねぇか!


 ……槻の……枝、だな。


 司祭家門は『槻の葉』だけで表されていたはずだよな。

 アトネストさんがそう言っていたのだから間違いではないはずだが、葉だけじゃなくて枝も描かれた模様もあったってことなのか?

 その枝に付いている葉の数は、七枚……七?

 アーメルサス司祭家門で『七』を表す家はなかったぞ?


 もしかして……『ニィハイヤ』が『七』なのか?

 だとしたら『アカツキの旅団』とやらが立てようとしていた『王家の血筋』のもの……?

 それが、売りに出されていると言うことは……


「ありがとう……これ、結構大きな意味があるかもしれない」


 それからこれも、と渡されたのは小さい袋。

 レナンタートで手に入れたらしいが、ちらりと中を視ると自動翻訳さんが素敵な文字を表記してくれたぞ!

 なんと『甘水果かんすいか』であるっ!

 原産はミューラ北っていうから諦めていたが、これは『梨』のことだ!

 本当にルシェルスは素晴らしいっ!


 うっひょう!

 梨はテンション上がるぞーー!

 どんなものができるかは上手く実が採れるようにならないと解らないけど、自動翻訳さんが『似豊水』って出してくれているから絶対に美味しいはずーー!

 おっと、やっぱり食べものの方がアガるな。

 正直者過ぎるぞ、俺。


 どれもこれも素晴らし過ぎて、感情表現が追いつかないって!

 ふへへへへっ!

 あ、食べもので思い出した。


「そうそう、アリスタニアさんから水牛の乳が届いたからさ。もし探してくれていたんなら、もう大丈夫だぞ。ガイエスにもよろしくって言ってた」

 あ、一瞬無表情になった。

 こーいつぅ、忘れてたなぁ?

 ビスコットの時と同じような顔しやがって……


 ま、明日も昼めしは『モツァレーラ』たーっぷりのメニューを届けてやるよ。

 その旨さに、虜になるがいい!

 二度と忘れられなくさせてやるからなっ!


 あ、ビィクティアムさんにも、デリバリー行かないと駄目かな?

 今日の対応で動いてくれているから、あの人絶対に食事が疎かになるぞ。


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第41話とリンクしています

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