第694話 拉致事件詳細確認

 ガイエスの話は、なかなかバイオレンスな冒険活劇だった。

 いや、スパイものだろうか。


「あの清浄水を作る藻石と水生生物のあった島に、アイソルから昔逃げ出した人がひとりで住んでて……まぁ、会いに行ったというか」

「その藻石の件、依頼は聞いていたか?」

 ビィクティアムさんの問いにガイエスは首を振った。


「その人が襲われたみたいで、怪我をしていたからウァラクに連れ帰った。で、襲ったやつらがその島の遺跡や周りの森を壊したって聞いて」

 荒らされるかも知れないと思ったから拾える範囲で回収して、オルツ港湾事務所に届けたという。

 なんというグッドタイミング……もしかして『予見技能』みたいなものでも、獲得できているんじゃないだろうか。


 その後に地下回廊を発見して歩いているうちに、有人島に辿り着き、ミューラやディルムトリエンからの避難民と思われる人達が暮らしている町があったという。

「あ、そうだ。タクトにその町で買った土産があるから……後でな」

「買ったって……そこ、通貨は? アイソルのなんて、よく持っていたな?」

 思わず聞いてしまったら、通貨での取引ではないという。

「小麦とか食べものとの交換だった。オルツで買った一昨年の売れ残り小麦で、結構いいものと交換できたから小麦は喜ばれるみたいだ」


 貨幣に拘らずに物々交換できる品まで準備しているとは、臨機応変だなぁ、流石。

 共通の通貨がないだけでなく、主食になるものがろくに取れない場所なのか。

 確かに、その近辺の島々にも避難民が押し寄せたのなら、作物の不足は深刻だろう。


 物々交換で食糧がいい取引になるのだとしたら、それ以外に何か産出されるものがあるのかと聞いたら小さい山に採掘場があったということだ。

 それが一番の交換品なのかどうかまでは判らなかったみたいだが、多くの人が採掘に来ていたという。


 だが中央に集められている訳ではなくて、すぐに行き来のできる島々だけでの取引ってことか?

 物資の流通経路を抑えるアイソルの体制が脆弱なのか、そもそも国力がないアイソルを名前だけ利用して甘く見ているのか。

 ……どっちも、かなー。

 そのうち、南側の島々を纏める人とが組織が現れたら、独立して建国……なんてこともありそうだな。


 島々を行き来するといっても、地下回廊を知っているものはおそらく殆どおらず、船だけが主な移動手段のようだ。

 天候にも左右されるし、うっかり魔魚が出たら大変だし……うん、国の全部が離島みたいなものなのかもしれない。


 その船も、浅瀬の海底を掻くように進む『輪船わふね』とか、ちょっと水深があるところを進むが皇国魔導船ほどは頑丈でない『高船』というものなどがあり、航路によって乗り分けるのだそうだ。


「攫われたのはなんという島だ?」

 ビィクティアムさんの問いに、島の名前や位置はよく解らないと答えるガイエス。

 ただ、町の名前の『ファトムス』は、元々マイウリアにあった町の名前と同じだという。

 他に立ち寄った場所もマイウリアの町と同じセトースという名前だったというから、昔のタルフのように入植者が馴染みのある名前を付けたのだろう。


「俺がファトムスのある島に行った時は、タクトの錯視の魔法で瞳の色を変えていたが外套の頭覆いを被っていたから、色が暗く見えても気にされなかったんだと思う」

 フードを被っていたのは、そのファトムスにいた『外套を着た人達』が全員フードを被っていたからそれに倣ったらしい。

 そこで、声を掛けられガウムエスさんに間違われたのだとか。


 あまり顔を見られたくなくてマスクもしていたのに、ガウムエスさんと間違えられたと言うこと?

 体格はガウムエスさんの方がちょっと背が低いけど……まぁ、そんなに差はないか?

 でも肌の色はガウムエスさんもエーテナムさんも少し浅黒いから、それもタルフの人達の特徴のひとつなのでは?

 あ、だけど露出している部分が少なかったから解らなかったのかも。

 瞳の色は迷彩がかかっている今の方が、ガウムエスさんに似ているような気もする。


「そもそも、タルフのキアマトで会った兵士にタルフの貴族と間違えられたんだけど、そいつが俺をガウムエスだと思い込んだのかもしれない」

「あれ? でも、瞳の色は変えてなかっただろう、その頃」

 ファトムスを訪れた時と瞳の色が違うのなら、違和感があって確かめようとすると思うんだが。


「頭覆いをしていたし、その日は少し雲が多かったから暗く見えても仕方ないと思ったのかもしれない。覗き込まれた訳じゃなかったし」

「それでもさ、おまえをガウムエスさんと決めつけるには弱くない?」


 するとガイエスは少し考えて、他の要素を思いついたようだ。

 どうやら……連絡船に乗っていた時に頭覆いをしていなかったので多くの人達に見られていたということと、町に入るために『門』を使った時にある建物から出て来たように見せて移動をしたという。


「もしもガイエスの顔を見ていてガウムエスと判断したのならば、本物の顔は知らないことになるな」

「それに、その建物から出てきたと思って声を掛けたのなら、その建物自体が目を付けられて見張られていた……ってことですよね」


 ビィクティアムさんと俺で違うポイントのことを考えてはいたが、理由はきっとその両方だろう。

「だが……それでも断定に至れるほどとは思えんな」

 俺も頷くと、少々ばつが悪そうにガイエスが口を開く。


「実は……相手の引っかけ……と言うか、俺が勝手に引っかかったというか……エーテナムの名前を言ってしまって」

「「それだな」」


 珍しく、ビィクティアムさんと被った。

 どうやらそいつらはガウムエスさんがひとりではないということと、一緒に居るのはエーテナムさんであると言うことを知っているってことだよな?

 一緒にタルフから出たとしても、今も側にいるとは限らないのにずっと一緒だと知っていたってことか?

 んんん?


「ガウムエスさん達ってさ、もう帰化が完了しているんだよな?」

 ガイエスは頷く。

「皇国には、九年くらい前に来たらしいから……」


 おいおい、なんだって?

 その前はアーメルサスにいたって言ってたんだろう?

 じゃあ、少なくとも十年は経っているんだよな、タルフを出てから。


「そういえば……最近王宮にいないと判った……って、言ってた」

「ということは、その『最近』って時期まではあのふたりがタルフ王宮内にいなかったことに、拉致犯達は気付いていなかったってことだよな?」

「そう、なるな」

「接触しようとしたり、本当はどうかは解んないけど『助けよう』としていたなら、何処にいるかの情報は収集するよね? いないことをぺろっと喋っちゃう臣下がいるような王宮なら、いないことを十年も隠せるものなのかな?」

 ガイエスは、そうだよなぁ……と腕を組む。


「身代わり……でもいたのかもな?」

 俺達の会話を聞いていたビィクティアムさんの一言に、それはありそうだな、と思ったのは俺だけではなかったようだ。

「多分、その『身代わり』がおまえに似ているんじゃないのか?」

「……そうか『その町には、お戻りいただけない』って言ったのは、最近タルフから出たそいつがデルニエにいたことを突き止めたってことか……?」

「デルニエ……」


 ビィクティアムさんが言うにはデルニエというのが、オルフェルエル諸島のユンテルト南西にある島の名前だという。

 ガイエスが小声でユンテルト、なんて言ってるから……こいつ、絶対に行きそうだなぁ。


「ガイエス、西側と南側に行くのは暫く経ってからにしろ」

 ビィクティアムさんから釘を刺されて小さく、はい、と答える。

「少し……ウァラクで動くから、邪魔をするな」


 あ、隠密さん達が動いている地域なんだな。

 でも禁止はしないってことは、ガイエスに対しての信頼が結構あるんだなぁ。

 ふふふふふっ、俺のダチは優秀ですからね。


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第39話とリンクしています

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