第693話 アフターフォロー

 俺が衛兵隊事務所の応接で待っていると、ちょっとぐったりした様子のシュウエルさんが入ってきた。

 どうやらマリティエラさんが暫く出張治療をすると言うことで、ライリクスさんに連絡に行ったらしい。


「嫌味とかは言われなかったし、特に何かあったっていうんじゃないんだけどね……なんか、笑顔なのに『圧』が強くて……はははは……」

 だろうなぁ……患者とはいえ、成人男性の泊まっている宿の部屋に訪ねて行っての治療だもんなぁ。

「衛兵隊から必ずひとり付いて行くってことで、納得してもらったよぉ」

「……お疲れ様でした」

 俺にはそれしか言えん。


「まぁね、ガイエスが彼の代わりに狙われたってことは、何かあるといけないからこちらでも宿に護衛として派遣するつもりだからさ、その辺はいいんだよ」

 あ、そうか。

 宿なんて『町の人じゃない人達』が普通に出入りする場所なんだから、商人とかなら誰が出入りしてても周りの人達は不審に思わない。

 ルトアルトさんだって、ガイエスだって、誰が怪しいやつかなんて解らないもんな。

 その辺りはルトアルトさんにも了承してもらったそうだから、安心だ。


 ガイエスが戻る前に、俺はビィクティアムさんに呼ばれて長官室へ。

 今日の宿泊でガウムエスさん達が宿に戻ることは可能なのだが、ちょっと歩かせるのは無理だという話になっている。

 そうだよな、あの状態では気の毒だろう。


 馬車に乗せてもいいんだけど振動があるのは少々つらそうだし、担架で宿に運ぶというのも……横たわって乗れる馬車とか乗り物はないんだよね。

 せめて車いすみたいなものあったらとは思うけど、石畳の道ではなかなか大変。

 あのセラフィラント便馬車の懸架システムで応用して作ってもいいんだが、さほど需要がないんだよな『車輪の付いたもの』って。

 環状道路以外は段差が多いからなぁ、シュリィイーレは。


「タクト、急で悪いが『同行者用』の移動方陣鋼を頼めないか?」

 ビィクティアムさんの依頼に、なるほど、と頷く。

『移動の方陣』だと少しではあるが本人の魔力を使って飛ばねばならないが、ウァラクでの緊急避難で使ったお子様でも使えるバージョンならば、同行者はほぼ魔力が要らない。

 衛兵隊員との同行にしてしまえば、簡単に安全に移動させられる。

 ……おてて繋いで。


 どうやら、衛兵隊員がガウムエスさんとの同行用『目標の方陣』を置かせてもらうという確認も、ダリューさんが宿の了承を取ってくれているようだ。

 護衛は、テリウスさんとシュウエルさんが交代で行うらしい。

 うん、医療系魔法が使える人の方が安心だよね。

 という訳で、ちゃちゃっと作製。

 シュウエルさんにお渡しして、ガウムエスさんに魔力登録だけしてもらうことに。



 そうこうしているうちに、ガイエスがやって来た。

 俺の隣にかけるように椅子を勧められ、ぎくしゃくしながら腰掛ける。

 ……まだ、ビィクティアムさんに慣れていないんだなぁ。

 今、目の前に出されているクッキーが、ビィクティアムさんの手作りって知ったら動けなくなりそうだから言わないであげよう。


 各方面への連絡が終わったのだろう、ビィクティアムさんがもう大丈夫だ、と言って俺達の正面に腰掛ける。

 その言葉にガイエスは深々と頭を下げて、ありがとうございます、と礼を言った。


「俺はできることしかしておらん。もしかしたら、おまえ個人宛にシュツルス辺りから『水くさい!』なんていう愚痴があるかもしれんがな」

 くすくす笑うビィクティアムさんと、ちょっと青くなるガイエス。


「そう言われたら『セラフィラントの領民だからセラフィエムスを頼った』と言え。いいな?」

「……はい」


 あ、そーか。

 もしもガイエスがハウルエクセム卿やサラレア卿と面識あるとしても、そっちに頼っていたら別の意味で大変だったんだな。

 偶々見聞きした誰かに『他領の民に訴えを起こされてる』って解釈をされでもしたら、どっちの領主も立つ瀬がない状況だろう。


 しかも、ガイエスが『セラフィエムスの魔法じゃなきゃ治せないと思った』なんて意味にとられるような発言をしてしまったら、ウァラクは魔法的にセラフィエムスに劣っているから頼られなかったのだ、なんて見当違いのことを言い出す馬鹿は必ず出て来る。

 ウァラク公とサラレア次官の血統魔法、全部は公開されていないからな。


 誰もがちゃんと理解して、全てを知ってから何かを口にする訳じゃないし、いつでも誰でも正しい受け取り方をしてくれる訳じゃないんだから。

 そういう『噂』は、まだ『星青の境域』が戻ったばかりで一部には良い印象を持たれていないウァラクには致命的だ。

 更にそういうマイナスな『ネガキャンが大好きな噂好き』という輩は、必ず何処にでもいるものなのである。


 ビィクティアムさんは改めて、と言うように仕切り直す。

「さて……拉致の件、初めからもう一度詳しく話せ」

 吃驚した。

 俺がいるところで、話させちゃっていいのかな?

 ガイエスも驚いたようで、俺の方を見つつもごもごしている。


「いえ……その、報告書がオルツから行ってるはずで……」

「ここまでは、当分来ないからな。今、おまえがシュリィイーレにいるなら全部聞いておきたいし、どうせ後でタクトにも話すのだろう? ならば、ここで言ってもいいだろうが」


 んー……これはガイエスくん、困っちゃうよねぇ。

 俺が渡している便利グッズのこととか、何処まで話していいか解っていないもんなぁ。

 ちゃんと言っとこう。


「ガイエス、俺もきっと心配だから根掘り葉掘り聞くと思う。だから、話、聞かせて欲しい。今までおまえに渡している物は全部『承認済み』だから、それが拉致犯の手に渡らなかったかも確認したいし」


 まー、取られる訳ないんだけどね。

 ビィクティアムさんは、ガイエスが俺の作ったものをたんまり持っていることを知っているから、その辺を確認したいんだろうと思ってさ。


「い、いいのか?」

「うん、実は外套や一部の道具の素材が、おまえの持ってきた迷宮の由来ってことも話しているし、構わないよ」

 暗に『魔竜とは言うなよ?』ってことだが、ガイエスには通じたようで小さく頷き、解った、と言った。


「実は……俺は……タルフ国に入ったことがあって……」

 そっから?

 てか、密入国言っちゃっていい……ああー、でも、ガウムエスさんがタルフの王族だとしたら、その頃のことも関わっている可能性があるのかー。


「密入国……になるから……言えなかったんだが」

 ちらり、とビィクティアムさんを見たが、特に何も言わないし顔色も変えずに次の言葉を待っているみたい。

 ガイエスも不安そうにしている。

 だけどビィクティアムさんが、なんのことだ、とでも言うように不思議そうに言った。


「ん? どうした、それで?」

「いや、いいのか? 俺、勝手に……その、あの国に入ったんだし……」

「……ああ! そうか、そのことで罰があるとでも思っていたのか?」


 ガイエスだけでなく、俺まで頷いてしまった。

 これは、ビィクティアムさんに俺が知ってて黙っていたことがばれてしまっただろう……ちょっとだけ向けられた視線が、呆れているようだった。


「そもそも皇国には『他国に勝手に入ってはいけない』なんていう法はないぞ。入られたくない国は、その国が防衛すればいいだけのこと。第一、国交もない国とはなんの約束もしていないのだから、その国の誰かに遮られていないのであれば『国』だろうと『無人島』だろうと、行くことは止めないし罰さない。ただ、行った先で何があろうと国交がないのだから守れない、と言うだけだ」


 ……なるほどっ!

 そらそーですわな!

 国際法なんてほぼないんだからね!


 皇国側から『入ってもいいですか?』なんて、お伺いを立てて入る国なんて、ないよね!

 こっちからは勝手に訪ねるから『入れたくないなら、ちゃんと国境で言えよ?』っていう強気の姿勢でしたよね、この国!

 もー、大航海時代の大国と一緒ですよね!

 俺にはあちらの世界のグローバル知識が変にあるせいで、ガイエスは冒険者として他の国の姿勢が身についているせいで勘違いというか、考え過ぎていた。


 この世界、特に皇国では『守れない方が間抜けなだけ』というスタンスなのだ。

 しかも他国に対しては『助けて欲しい』と言われるまでは動かないし、助けるにしたって『ここまで来たら守れるよ』という姿勢は崩さない。

 それは、強いが故に『侵略』と思われるような行為をしないためだろう。

 まぁ、そこまでするほど皇国は、他国の土地や人材を欲しがってはいないからなぁ。

 

「ヘストレスティアとも『密入国者は入られた国で罰する』だけで、入られてしまった方が悪いという条約だ。ま、皇国側は入って来た者達が何かやらかしたら、ヘストレスティアに対しての管理不行き届きを弾劾する、と言う条文があるがあちらからのものにはなかったんでな」


 ヘストレスティア共和国は皇国よりも立場が弱いからな……言われたままに締結しているんだよね、きっと。

 つまりは皇国人はいつ何処になんの許可もなく入ったとしても、自己責任でちゃんと戻ってこられるなら皇国としては別にいいよってことか?


 きっと他国が『勝手に入ってきましたけどぉ?』って皇国に文句を言ってきたとしても、皇国としては『で?』くらいなんだろうなー。

 謝らないと断交するって言われたところで、どーぞどーぞってなもんだからなぁ。

 最近は皇国から出る皇国人には、全員に『移動の方陣』持たせているらしいから、海の上でも地下牢でもオルツ港かラステーレ国境門には戻ってこられちゃうらしいし。


 なかなか乱暴な理論だが、他国と仲良くする必要のない皇国ではこんなものかもしれない。

 自分達がそういうスタンスだから、皇国は入国者の国境警備が厳しいんだろうなぁー。

 アトネストさんの時に吃驚方法で入国されちゃっているから、更に厳しくなったみたいだし。

 ま、辿り着いた時点で、基本的には受け入れる態勢なんだよね、皇国としては。

 だから余計に『受け入れる気がないなら自分達でなんとかしろ』なんだろう。


 ビィクティアムさんがそんなことで悩んでいたのか、とくすくす笑う。

 でもねー、普通は人様のおうちやお庭に勝手に入るってだけでドキドキするじゃないですかー。

「何を言う。おまえは俺の家の庭に、平気で色々植えていたじゃないか」


 あぅ、ブーメランだった。

 なんも言い返せない。

 でも、知らない人のおうちじゃないしー。

 もう全部植え替えて、撤去してるんですからー。


 あ、そん時も勝手に入ったか……いや、魔力鍵の登録しているんだから、了承済みってことでいいんじゃないのかなぁ。


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第38話とリンクしています

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