第692.5話 話を聞く人々

▶長官室 ビィクティアムとマリティエラ


「相変わらずねぇ、タクトくん。魔眼が煌めいて見えた時は、何か魔法でも使っているのかと思ったけど」

「『鑑定』について、かなり精度が高くなっているみたいだったからな。本人も少し驚いたような顔をしていたから、想像以上に視えたのだろう」

「骨の中は私の【身循しんじゅん魔法】じゃ解らなかったから、助かったわ。骨の状態って、どんな鑑定でも手術で肉を少しどけないと視えないものなのに……ホント、信じられない精度だわ」


「判らないものなのか?」

「ええ。不具合があると言うことくらいは、判別できるけど中に何があるとか、どんな大きさで何処に幾つある……なんていう正確な詳細は無理よ。なのにタクトくんは柘榴石とか尖晶石とか……しかも、色まで視えたから『赤尖晶石』って言ったのよね?」


「色については、元々加護色が判別できるからだろうな……で、治療はできそうか?」

「骨関連は私より……そうね、トシェルーク医師か、リオール医師がいいわ。その手術の後、私が流脈を調えつつ回復させる方がいいと思うの」


「うむ、解った。もうひとりのエーテナムは、どうだった?」

「ガウムエスくんとは、原因が違うけど……彼もあまり流脈がいい状態とは言えないわね。魔毒溜まりが少し多いわ。でも、彼は定期的な方陣札の治療で大丈夫。ふたり共、タルフ人にしては魔力が多めだから、流脈治療は少し気を付けた方がよさそう。そうねぇ……ひと月に一度くらい、私の所に来てくれたら一番いいんだけど……ウァラクって、うちの家門の方、いらしたかしら?」


「いいや。整癒が使える魔法師と医師も、ふたりだけらしいからな。ふむ……シュツルスに話して『通行許可証』を出せるようにして貰うか。他にも、ウァラクで医師が少なくて手にあまる魔力流脈の治療を頼むかもしれん」

「ええ、大丈夫よ! だけど、泊まれる場所が……うちの病院は、三人しか無理よ?」


「おまえの病院でなく、試験研修生宿舎を利用しよう。一年のうち四ヶ月しか使っていないからな。他領と行き来ができるうちは、使っていなかったんだから丁度いい」

「それなら、その治療が始まったとしたら、私がこちらの宿舎に来る方がいいわね。他領の方の治療だと、変なことを言い出す人も……いないとは言えないし」


「昔のことを、とやかく言う方々も多いからな。あのふたりは、取り敢えず五日間は南・橙通りの宿を取っているそうだ。それ以上の滞在が必要か?」

「そうねぇ……できれば、あと五日……十日間は、この町にいて欲しいわ。南・橙通りならうちから近いから、そちらに直接治療に行くわ」


「解った、手配しよう。タクトの手は必要か?」

「タクトくんの魔法というより、タクトくんの描いた方陣札の方がいいわ。タクトくん、修記者登録しているんでしょ?」

「……あいつは、自分で作った物以外の登録はしていないだろうな。方陣札なら今回はガイエスに頼めるだろうが、今後は……少し、考える」


(うーん……ライになんて言おうかしら……正直に言ったら……ファロと一緒についてくるとか言い出しそうだわ)

(方陣札よりライリクスだろうなぁ、問題は)



▶別室 ファイラスとエーテナム


「あ、ごめん、ごめん。少し話せるかなぁ?」

「……はい。あ、あの、色々とありがとうございます。ガウムエスのこと……」

「うん、まぁ、ガイエスくんのお友達だしね。だけどさ、ちょーっとお話聞かないことには、町中に入ってもらえないんだ。いいかな?」

「はい、直轄地なんだから……当然ですよね」

「助かるよー。じゃ、まずは、君達がタルフでどんな暮らしをしてて、どうやって出国して、アーメルサス……ロントルだっけ? そこにどんな方法で辿り着いたか……ざっくりでいいから、話してもらっていいかな? 身体に残っている魔毒が、どの地域に長くいたかで少し状態が違うみたいでね」


「えっと、俺は三回目の神認かむとめの後、ガウムエスの『護衛』をするようにって言われて王宮に入ったんです」

「三回目って、君、まだ十八歳だっただろう? なのに『護衛』なのかい?」

「タルフでは十七歳ですね。まだガウムエスは十三歳で、王妃宮の近くの宮にいる年齢でしたから、成人した男は近寄れないんですよ。だから……父親違いの兄弟である俺が選ばれたんです」


「……え? 父親違い?」

「ああ。そっか、皇国じゃ考えられないですよねぇ。俺を産んですぐ……母親が召し上げられちゃったんですよ、聖神三位だったから。父親はマハルの役所にいましたし傍流貴族だなんて言っていたって、殆ど平民なんですけどね。母親は、本当に平民出身でしたし」

「王が、既婚者の……? 民っていうか、臣下の妻を……? ええええぇぇ?」


「父親も母が連れて行かれても嘆きもせず『これで出世が約束された』なんて喜ぶクズ……あ、いや、まぁ、そういう人で。タルフではよくあったんですよ」

「そう、なのかぁ……ごめん、僕にはちょっと理解できないけど……そうなんだねぇ……」


「ま、母はガウムエスを産んだ五年後に戻されましたから、父の夢も潰えて溜飲が下がりましたけどね」

「はぁぁぁ? 戻す……って、婚姻はしないのかい? 子供ができたのに?」

「はい。だって、正妃がいるのに、王宮には留まれないでしょう? そもそも平民だし。その後、産まれたのはふたり共女の子で、聖神三位じゃなかったこともあって全員追い出されましたよ。妹達は……もう亡くなっちゃいましたけど」


「……ごめん、言いたくないことだったよね、家族のことは。それに……なんかもう、皇国と全然違い過ぎて、僕の理解が追いつかない制度だよ……その辺りは、また今度詳しく聞かせてもらっていいかな?」

「はい。俺も皇国で神典を初めて読ませてもらって、あんなことしていたから加護がなくなったんだなってガウムエスと話していました」


「じゃ、改めて……君が護衛に入ったってことは、ガウムエスくんだけはずっと王宮に?」

「そうです。王宮の『聖塔』といわれる場所に……幽閉状態でした」

「それは、あの『石』を埋め込まれたから?」

「……はい、おそらく。護衛っていう俺の名目も……本当のところは『監視』でしたからね。逃走防止用の。だけど、俺が主導で一緒に逃げちゃいました。俺の家族も全員いなくなってて、なんの迷いもなくなっちゃって。あのまま居たら、確実に殺されていましたからね……俺のたったひとり残ったかぞくは」


「タルフでは大切にされるという聖神三位加護で、王の血を引くのに、かい?」

「ええ。上の王子は賢神二位でしたが、二番目の王子は聖神三位でガウムエスの半年後に生まれているんです。だから、ガウムエスは……もし次の子や王族に『忌み神の加護』が出てしまった時のために『苗代』にされた。だけど、聖神一位加護の子供ができなければ、そのまま何事もなく生きられると思っていたんで、あまり心配していなかったんですよ、初めのうちは。でも、正妃から産まれた五番目の王子が、一回目の神認かむとめで聖神一位と解った。絶対に……その王子の次の神認かむとめである九歳になる前に、ガウムエスの身体から『石』を取り出して埋め込むはずです。だから、そいつの加護神が解ってすぐに逃げ出したんですよ」


「タルフの王宮から出たのはいつ頃? どうやって出たの?」

「えーっと……十七年前……ですね。タルフの『旧跡』には『地下回廊』があるという噂があったんです。だけど、タルフの者は地下を隷位奴隷の働く場所としていましたから、自ら進んで下りる者はいません。塔であっても『上で暮らす者』のゴミなどの始末は……彼らがしますから、道があるはずだと思っていました。そしてきっと昔の地下回廊というのも、使われなくなった隷位奴隷のための道だと思ったんで、そこから逃げたら追っ手は来ないと思って」


(うわぁぁぁぁ……久々に聞いててムカつく話だぁぁぁぁ……くっそー、どうしてこういう時に、ライリクスが休んでいるんだよぉ! 本当ならこういう聴取はあいつの仕事なのにぃぃ!)



▶衛兵隊事務所前 ダリューとシュウエルとカバロ


「……南門統括、ぜーったい嫌味とか言ってきそうだよなぁ」

「そうだねぇ……あ、だけど、ファロちゃんが居るから、まだマシなんじゃ?」

「そー思うことにしよう」

「ガイエスの馬ってこの子かな。宿に連れて行ってあげないと……南、橙通りだね。延泊の話と、マリティエラさんの訪問治療の話もしないとなー」

「おお、官舎の前から緑通りを越した辺りだな。よーし、行くぞー。えーと、カバロ、だっけ?」


ぶっほぉんっ!


「待っていたいのかなぁ、ガイエスを」

「んー……でもなぁ、ちょっと時間がかかりそうだから、宿で食事してて欲しいんだけどなぁ。駄目か? カバロ」


ヒヒン


「おー、いい子だなぁ! よーし、行くかーー」

「宿に着いたら、これあげてよ、ダリュー。僕は南門統括に話するからー」

「さっき、ノエレッテがガイエスから預かった菓子か。おおっ? そーか、これ好きなんだ……な……って、これ、タクトが作ってんのかよ」

「僕も吃驚したよー。きっとガイエスが頼んで、作ってもらったんじゃないかなぁ」

「へーぇ、いい飼い主持ったなぁ、カバロ」


ヒヒヒンッシシッ


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