第692話 神星眼鑑定
初めて入る『外門の内部』にドキドキワクワク。
地下へ向かう階段と上に伸びるスロープがあり、ビィクティアムさんに連れられてスロープを上がっていく。
おそらく地下は……困ったさんの収容施設か、なんらかの備蓄倉庫か。
治療に使われている部屋はスロープを上がった二階で、壁の外側に向かって窓が付いていた。
ちょっと意外……と思ったけど、見張り窓だな、と納得。
ここは東門から南東方面の森の中へ続く道の近くなので、そこに魔獣などがいないかを見ているのだろう。
人が入って行ったら危ない、高低差のある崖もあるしね。
元々は見張り要員の宿直室だろうけど、すぐに町に入れない人達の検査室とかにも使っているのだろう。
一時滞在用にも使えるようにベッドなどの備品があり、簡易宿泊もできそうな部屋になっている。
横たわり、マリティエラさんの治療を受けているガウムエスさんと、心配げに付き添うエーテナムさん。
室内には三人の衛兵、ダリューさん、シュウエルさん、テリウスさんが控えている。
「どうだ、マリティエラ」
「ええ……場所によっては随分と流脈の位置がずれているから、少しずつ治す必要があるわ。でも、普段は『治癒の方陣』での継続治療で大丈夫」
ガイエスとエーテナムさんは安心したのか、小さく息を吐く。
だが、マリティエラさんの表情はきつめのままだ。
「流脈と溜まり自体は……さほどでもないの。問題は……そこじゃないみたいで……私だと手出しが難しいわ」
「原因が他にある、と?」
「一箇所ではないの。二……いえ、三箇所……かしら。『何か』があるのだけど……私の鑑定では、はっきり視えないの。きっと、流脈の中や周辺ではないわ」
ビィクティアムさんが、シュウエルさんとテリウスさんにも視線を向けるが、ふたり共首を横に振る。
ふたり共医療系魔法を持っているから、確認の鑑定をしたのだろう。
シュウエルさんは筋肉、そしてきっとテリウスさんは内臓関連だろうな。
ふたり共、体術と内服医療に長けている方々だ。
この三人で見つからないとなると、やっぱり俺が考えている『骨』だろう。
「やはり、タルフのあの『加護替え』とやらか……」
ビィクティアムさんの呟きに反応したのは、横たわっていたガウムエスさんだ。
「……皇国でも……知られているのか?」
「書物で知っているだけだ。皇国では、神を差別するなどという愚行は冒さない」
「ああ、そうでしたね……よかった。ウァラクでは大丈夫でも、他の町でどうなのかと不安だった」
ガウムエスさんは、自分がその『加護替えの石』の『贄』だと言った。
その言葉にエーテナムさんが悲痛な表情になり、ガイエスはその肩に手を置く。
横たわったまま、少し浅くなりがちな呼吸を整えつつガウムエスさんが話してくれた。
その話によると、自分は妾腹だがタルフ王の血筋で『聖神三位加護』だったために処分されなかったという。
体内で『加護聖石』と呼ばれる『忌み神の加護を替える石』を育てる役割だったから……らしい。
あ、ビィクティアムさんだけでなく、マリティエラさんも衛兵隊三人もめっちゃ怒りが滲み出るのを押さえている顔だ。
マリティエラさんってマジ怒りの時ほど冷静で、超クールビューティなんだよなぁ……
背景が、ツンドラ大地のブリザードみたいだけど。
「成人になる二十三歳の前に、どうしてもあの国を出たかった。殺されることが……判っていたから」
「その『聖石』とやらを取り出すため、か」
ビィクティアムさんの感情を抑えた問いに、悲しげにガウムエスさんは頷く。
「王族は必ず聖神三位でないとならない、と定められている。だから王族は、王も王妃も聖神三位加護の平民を召し上げて同神加護の子供を作り、生まれた子供は『苗代』にするんだ」
ガイエスの顔が怒りに歪む。
……多分、ガイエス自身も知らずにそうされていたのだろう。
となると……父親か母親が……王族?
だけど、父親は冒険者って言ってたよなぁ?
母親だって、もし王族で六人も子供を産んでいるんだとしたら、王宮住まいだっただろうし。
んーー?
「……タクト」
「はひっ?」
予想外に名前を呼ばれて、変な声、出た。
「おまえの『鑑定』で、ガウムエスの『原因』が見つけられるか?」
ビィクティアムさんは俺が神眼……いや、鑑定特化の『神星眼で鑑定できる』と知っている。
そーか、それを見越して、俺もここに連れて来てくれた訳だね。
「はい。できます」
「タクト……」
「そんな顔すんなよ、ガイエス。俺の鑑定は『特化型』でね。ちゃんと……見つけるから」
本当は、俺なら今この場で『全部取り出しての完治』までいける。
だが、そこまではできないし、やってはいけないのだ。
多分『治し過ぎてしまうと弊害が出る』くらいに、魔力流脈は傷ついているし歪んでいる。
だから、患部を発見し最も有効で、素早い治癒に必要な処置方法の提示をするだけの方がいいだろう。
よっしゃ、神星眼スコープ、オン!
……おおおおおー……体内のCG映像みたいに視える……うわ、すっげー……あ、ちょっと胃が悪いみたい。
いやいや、違う、そこじゃない。
「少し、触れてもいいですか?」
ガウムエスさんが横たわっているせいで、ちょっとだけ背中方面が視えづらい。
軽く頷いてくれたので、左肩にそっと触れる。
うん、やっぱり触れればよく視える。
骨の中に、フォーカスしていく。
一番大きいのは肋骨に、それよりは小さめのものが……うわ、左側の鎖骨にひとつ、腕の第二関節付近にふたつも入ってるぞ。
そうか、自動翻訳さんが『苗床』ではなく『苗代』にしたのは、一箇所にひとつの苗を作るように個別に入れられている訳じゃなくて『稲を育てる田』のように、複数入れ込まれているから……って意味だったってことか。
肋骨のは……これ、付近の流脈崩れまくりだから、取り出す手術そのものが相当危険だな。
多分、魔法が使いにくい場所だぞ。
……心臓が、ヤバそうだ。
ひとつくらいなら流脈も大丈夫だから、これだけは今のうちに取っちゃおうかな。
えーと、【冶金遷移】さん【聖生充育】さんを使って周りのブヨブヨと埋められた石を一体化、【天翔空軸】さんの次元転移で俺んちの地下室へぽーんと送り、周りの健康な骨をもう一度【聖生充育】さんで時短修復……よし、できた。
ちょっと骨密度が全体的に低そうなので、今後もカルシウムを摂取して骨を強くしてくださいっ!
うん、ここだけなら流脈に影響出ていないし、ちょっと魔力の流れが心臓付近でよくなったかな。
ここは元々の魔力流脈の『基本形』の場所だから、末端みたいにおかしな方向にうねったり、壊れたりしていないみたいでよかった。
この崩れはマリティエラさんの【
あと三つは、流脈の状態を視てもらいつつ、順番に取ってもらった方がいいだろう。
「えーと、左側に集中して、三個の『石』が骨の中に埋められています。この辺りと、腕、もうひとつも腕ですけど、肩に近い場所」
「タクトくん、どんな石かは判るかしら?」
「腕のふたつは柘榴石ですね。大きさは……あ、この袖釦より小さいくらい。もうひとつは、
赤尖晶石は、レッドスピネルである。
屈折率の関係で混じり気なく透明なものは、ルビーより濃い赤に見える石だ。
イギリス王室の、戴冠式用王冠に飾られているっていうので有名だよね。
確かに色のいいものならば、聖神三位の赤に近いかもしれない。
さっき転送した石も、レッドスピネルだった。
「タクト、聖魔法を使わずに取れるか?」
ビィクティアムさんは俺の【治癒魔法】以外で治せるかの確認がしたいのだろう。
聖魔法行使となると、ウァラク公とかまでいって申請とか承認とかで時間がかかるからね。
「手術で骨のその部分を取り出してしまえば、骨も周りの筋肉も【回復魔法】で治せそうです。だけど、方陣札を使うのなら、骨は時間がかかるかも」
「マリティエラ?」
ビィクティアムさんの問いにマリティエラさんは頷くだけで応え、衛兵隊医療班も否定していないのでその方法がとられそうだ。
「死ななくても……取り出せるんですか?」
エーテナムさんが、恐る恐るマリティエラさんに尋ねる。
マリティエラさんはその問いが意外だったようだが、すぐに大丈夫だと告げる。
「勿論よ。ただ、少しの間、左手は不自由になるけど。そうねぇ……十日間くらいは辛抱してね」
「たった……十日で、治るのか?」
「ええ。タクトくんがしっかり場所まで特定して鑑定してくれたし、この流脈の不具合もそれを取ってからなら治りが早くなると思うわ」
笑顔で答えるマリティエラさんの前で、ぽろぽろと涙を流したのはエーテナムさんの方だった。
小さい声で、ありがとう、と繰り返す彼とその丸まった背中を支えるガイエス。
ガウムエスさんの目にも涙が
タルフではきっともう、手術後の傷を治せる魔法も技術もなかったのかもしれない。
いや……もしかしたら……治してさえもらえず……
あー、やっぱりあの国、好きになれそうもないなー!
その後、俺は少し待っているように、と衛兵隊の事務所に戻った。
ガイエスは少しガウムエスさんの側にいるから、と部屋に残り後で下りてくるようにとビィクティアムさんに言われていた。
マリティエラさんと衛兵隊の医療班は治療方針を固め、手術予定を組むためにビィクティアムさんと長官室へ。
あ、宿が五日しか取ってないから、延泊のことだけはルトアルトさんに伝えてもらわなくちゃ。
ガウムエスさん達……宿泊先にマリティエラさんが来てくれる感じになるのかな?
その辺も宿に伝言してもらえるように、頼めるかなぁ?
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『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第37話とリンクしています
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