第691話 緊急搬送の理由
ガイエスが連れて来たふたりの名前は、ガウムエスさんとエーテナムさん。
今は皇国に帰化していて、ウァラクのミュルトにある樅樹紙工房で働いてくれているのだとか。
サラレア卿が、いつも俺の所に送ってくれる綴り帳を作っている工房だ。
ありがとうございますー、お世話になっておりまーす。
それを確認したビィクティアムさんが、通信で何かを指示。
多分、彼らがミュルトから消えたことで樅樹紙工房の方で慌てたりしないように、連絡してくれるのだと思う。
無断欠勤になっちゃったら、お仕事がなくなっちゃうかもしれないしね。
そして改めて、ガイエスに今回の経緯について尋ねた。
ガイエスは、ゆっくり深呼吸してから話し出す。
「俺が身代わりに攫われたってことで、もし本人がいる場所が知られたら危険だってことを伝えに行ったんだが……具合が悪そうだったから、まだふたりには言っていない。その時に、オルツで聞いた帰化民のことを思い出した。ウァラクでは医師の数が足りていなくて、あいつらがいたミュルトはまだ身体検査って奴をしていなかったみたいで。息ができなくなるなんて聞いたから、急ぎだと思った。だけど、流脈を整えられる医師なんて……俺はセラフィラントでしか知らなかったし。それで、レーデルス魔法師組合の組合長の弟さんが、確か流脈関連の医師だって言ってたのを、思い出して」
「それで、セラフィラントよりは近いこちらに来たのか」
ガイエスが頷くと、ビィクティアムさんは少し考えるようにして、レーデルス魔法師組合……と呟く。
「レーデルスの組合長……は、そう言えばウァラクの出身だったな。ああ……弟って、医師組合の副組合長か」
へぇ、リシュリューさんはウァラク出身なのか。
そーいえば、ウァラクって
なるほど、激辛好きなのも納得だ。
確か辛い食べものはドクターストップかかっていたらしいけど、解禁になったのかなー。
あれ?
流脈の医師……?
魔力流脈関連はマリティエラさん以外だともうひとりの女性医師さんだけで、まだ妊娠中だから治療できないんじゃ?
「確かに副組合長も流脈関連ではあるが、魔力流脈ではないな」
「え、じゃあ……」
「ああ、血流とかの方だから……魔力流脈を整えることは、難しいだろう」
あ、ガイエスがしょぼんってなった。
だが、なんとかして助けて欲しいのだろう。
懸命にふたりがきっと皇国にとって大切な情報を持っているはずだ、と訴える。
そんなガイエスに、ビィクティアムさんが大丈夫だよ、とばかりに落ち着いた笑顔を向ける。
「……だ、だから……その、なんとか、治療をしてもらえないか……?」
「まったく……そんなことが理由ではないだろうが」
「え?」
ガイエスは不思議そうにして、ちらり、と俺を見る。
まるで『この人何言ってんだ?』って俺に問いかけるように。
俺は、敢えての知らん振り。
俺から『お貴族様の都合』の説明はできないよー。
「有用かどうか、などという理由ではないだろう、と言っている」
ビィクティアムさんの言葉に、ガイエスはまだピンときていないみたいだ。
ちょっと困ったな、という感じでビィクティアムさんは俺に問う。
「タクトはどうしてガイエスに『通信機』を持たせた? 許可が出ないかもしれない、とは思わなかったのか?」
「思いましたけど……友達だから。心配だったし、変な使い方なんてしないって信用しているし。使ってもらうなら、ガイエスしかいないと思っていたんで」
ビィクティアムさんがガイエスに言わせたいことはこういうことだろう、と予想して答えた。
ま、本心なんだけどね、これは。
俺の答えを受けて、ビィクティアムさんはガイエスにもう一度視線を送る。
やっと、意図が汲み取れたのだろうガイエスが、ゆっくりと口を開く。
「友達……なので、助けて欲しい、です」
それでいい、とビィクティアムさんが破顔する。
そして素早く外で待機していたファイラスさんとダリューさんに指示を入れる。
「マリティエラを連れて来い。急患だ」
ふたりは頷き、多分ひとりはライリクスさんの所に伝言だろうな。
勤務中じゃないから、制服着ていないライリクスさんに通信が繋がらないし……言っておかないと、後で面倒そうだしね。
ビィクティアムさんが、ただの我が侭に思える『友達だから』という理由を言わせたのは、ガイエスにこの事態の責任をとらせないためだ。
病人だろうと怪我人だろうと、当然ながらその領地内での治療が基本である。
越領移動させてまでの治療には、ちゃんとした医師の診断書や移動治療の必要性を訴えた申請と承認が要る。
だが今回、緊急で行動を起こしてしまったのは『領民から友人の救助をして欲しいという真摯な依頼があって、心を打たれた領主家門が移動させた』という理由にしたって訳だ。
こうすることで『ウァラクに医師がいないから、他領の者から救援要請があった』ということにはならない。
ウァラクの医師不足を、ウァラク領主や次官家門とか現地の司祭様達の落ち度にしないためでもある。
それにセラフィエムスは【
セラフィラントに行くよりシュリィイーレが近かったっていう理由も、この町にいる【
友人の一大事にパニックを起こしてしまったセラフィラントの領民が、次期領主とその妹に頼ることしか思いつかなかった……というストーリーになり、ウァラク側には何も落ち度がないと言えるし、それを了承したのは次期領主で現シュリィイーレ隊長官だから、全責任がビィクティアムさんになるということだ。
そしてその人をセラフィエムスが助けるのは、政治的な目的でも、諜報の目的でもなく、ただ単に『友情に感動したから』であるという体裁になる。
ガイエスがあちこちに旅をしているのが『セラフィエムスの諜報員として』ではないと、ウァラク側は勿論理解しているだろうが他領がどう思うか解らない。
全ての事情を正しく理解している人達ばかりではないのだから、こうしたイレギュラーに突っ込ませないために『友情』ゆえであるとして、全方向へ気遣いしておかねばならないということだ。
あのふたりが、今後重要な立ち位置になるということも含めて、ガイエスに責任をとらせたくなかったのだろう。
ガイエスくんは、いつの間にか最前線にいるからなぁ……
ビィクティアムさんとしても今回の人違い拉致事件、もしかしたら今までのミューラ側の行動を解明する手がかりになるかもしれないとも思ったんだろうなー。
「ガイエス、船の上から大陸は見えたか?」
少しの沈黙の後、ビィクティアムさんからの問いに、首を横に振るガイエス。
「西側に幾つか島は視えた。でも、人がいるかどうかは解らない」
「……行くつもりか?」
「そのうち……暫くは、カバロと走りたいから皇国にいる」
「ああ、そうだな。あまりすぐには、国外に出ない方がいいだろう。タルフが動きそうだし」
「「タルフ?」」
ガイエスと被った。
「ああ。あのふたりは、タルフからの帰化民だからな。貴族……というより、王族だろうな、あのガウムエスというのは」
「え……マイウリア、じゃないのか?」
ガイエスが、思わず……という感じで呟いて、慌てて口を噤んでいた。
おれもミューラだとばかり……あ、使っている言葉が一緒だから、間違えていたのか!
文字には微妙な違いがあるけど、発音はほぼ同じっぽかったもんなー。
ガイエスとしては、同郷の人だと思ってたから余計に助けたかったんだろうに……吃驚だよな、そりゃ。
うーむ……タルフの王族だとすると、加護替えの確率はかなり高いな。
もしかして、加護を替えようとして埋め込んだのなら心臓の近く?
それだと、左肩の辺りに不具合が出ても当然だな。
こんこん、とノックの音が響き、どうやらマリティエラさんが着いたという連絡のようだ。
「ふたりとも、会いに行くか?」
ガイエスが頷いたので……俺もオマケでお邪魔することにした。
タルフの王族の方かー。
元気になったら、なーんかお話聞けるかなぁ。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第36話とリンクしています
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