第690話 要救助者、到着

 門の外には出ないように、とノエレッテさんに止められて、俺はガイエス達に近寄ることはできなかった。

 金証(ホントはホロだけど)の俺が『越領』になると、色々と面倒なのだろう。


 身長がガイエスと同じくらいか少し低めのふたりがいて、具合が悪いのは髪色が薄めのベージュっぽい人だけだろうか。

 ガイエスと似た焦げ茶の髪の人は、一緒にその人を支えている。


 ……うーむ、カバロ、賢いなぁ。

 手綱を取られている訳でもないのに、ガイエスの横にぴったりと付いて歩調を合わせているみたいだ。

 ガイエスくん、カバロに随分愛されているねぇ。

 いや、無茶ばっかするからカバロが心配しているのかな?


 サポートに走り寄っていったダリューさん達が、ふたりに手を貸す。

 あ、あれは非常時用に作っておいた『軽量化担架』だ。

 うん、うん、活用してくださっているんだね。

 担架に乗せられたままのひとりと、付き添いの人は外側の壁と内門壁の間にある部屋に入って行った。


 分厚い一枚の壁に見えるが、シュリィイーレの外壁も『二重構造』になっていて外側と内側の間に『検閲部屋』とか……秘密のお部屋が沢山ある。

 当然『秘密』と言うより『機密』なので、衛兵隊の一部の方々以外は立ち入れない結界付き。

 それもあって、そこには『牢がある』なーんて町の人達はまことしやかに噂をしているのだ。


 ガイエスだけは越領検問でノエレッテさんと一言、二言話してから彼らの所に行くのかと思いきや……俺と一緒にビィクティアムさんに呼ばれた。

 ……多分、俺とガイエスが『通信』できることについて……聞かれるんだろうなー。


 慌てていたからさー……『転送の方陣』でメモのやりとりってんじゃなく、さっきファイラスさんに『ガイエスから聞いた』って言っちゃったんだよねー。

 そういう細かい失言を聞き逃してくれるような、甘い人じゃないからね、ファイラスさんは。

 ま、衛兵隊の通信システムと一緒、くらいに思っていただければいいかなー。

 ……越領バージョンだから、なんか言われそうだけど。



 ふたりで長官室に入ると、なんだか小学生の頃に職員室に呼び出された時のことを思い出す。

 あの時はなんで呼ばれたのかイマイチ覚えていないが、俺に全然関係ないことだったような記憶があるんだよなー……

 いや、今回はガッツリ関係者なので、呼ばれて当然なのですが。


「で、タクト。俺に報告していないものがあるな?」

「はい、あります」

 笑顔がコワーーーーい。

「ガイエスとは手紙のやりとりだけでなく、音声通信ができます。衛兵隊で使っていただいているものと似た魔具ですが、使用者を完全限定することで越領しても使えるようになりました!」


 ビィクティアムさんの盛大な溜息と、ガイエスの『言うの、それだけでいいのかよ?』みたいなドキドキの表情。

 後は聞かれたことだけを答えるから、大丈夫だよ。

 心配そうな顔、すんなって。


「魔力的な問題は?」

「起動時にのみ少し必要ですが……規模は魔石で燈火を点ける程度の魔力量です。会話中は、自然放出魔力程度。距離によっては、俺の部屋に置いてある水晶板で補完してます」

「おまえ達ふたりに限定、か。他の者に同じ物を持たせたら?」

「会話に参加はできないです。これは『双方向完全指定』の【音響魔法】なので、他の人が同じ構造の物を作って装備しても、何も聞こえません。当然、衛兵隊の通信にも割り込めませんし、聞くこともできないです。勿論、魔力の事前登録制なので、ガイエスや俺の持っている物を他の人が使うこともできません」


 多分、問題はその辺りだ。

 衛兵隊通信の傍受などができてしまわないか、他の誰かがこれを作ったら聞けてしまうのではないか、俺達の物を他の誰かが使えるようにできるのか……

 セキュリティチェックはどうやら通ったようで、既存の『衛兵隊通信システムの個人バージョン』としてご納得いただけたようである。


「それも必ず、賢魔器具統括管理省院に登録しろ。いいな?」

「はいっ!」


 元気に笑顔でお返事した俺を、ガイエスが変な顔で見ているんだが、何故なにゆえ

 そしてビィクティアム先生のお次の質問は、ガイエスに。

 名前を呼ばれた途端に、ガイエスの姿勢が良くなる。

 自分に視線が向いて、ちょっと背筋が伸びちゃう感じ、よく解る。


「彼らとは、何処で?」

「ウァラクで。初めはフェイエストで会って、教会に付き添って行った」

「教会……ああ、おまえが帰化手続きに付き合ったというのが、あのふたりか」


 ガイエスが頷く。

 そーか、もしかしてあのふたりもミューラ……じゃない、マイウリアなのかな。

 具合悪そうな人はよく見えなかったけど、もうひとりの人は赤っぽい目じゃなかったから同郷とは思っていなかった。


「どうして、シュリィイーレに連れて来ようと考えた?」

「オルツで帰化民の『不具合』について、身体検査ってのをやっていると聞いた。中には深刻な流脈異常がある人もいたと……それで、会った時にガウムエスが凄く具合が悪いってことが解って『身体鑑定』をした。そしたら、黒っぽく靄が一箇所に集中していた」


 ビィクティアムさんが何も言わずに、ガイエスの様子だけを窺っている。

 まさか魔眼か、と思ったけど、どうやら違うみたいだな。

 なんかの鑑定技能だろうなー。

 元々の『成長羽翼』の進化版の鑑定だとしたら、ますます誤魔化しができなくなってきたなー。

 まぁ、既に神斎術以外は殆ど身分証に表示しちゃってるからいいんだけどねー。


「この間、あの具合の悪い方……ガウムエスに間違えられて、攫われた」


 はいぃぃ?

 何やってんの、この冒険者さんったら!

 拉致は冒険じゃないでしょーが!


 ガイエスが攫われた場所は、南のエンターナ諸島にあるアイソル国のファトムスという町。

 アイソル国は、群島の中の七つの島だけに人がいるとされていたが、最近……と言ってもこの二、三十年らしいが、ディルムトリエンやミューラの難民たちが辿り着き幾つかの島に住み始めているという。

 ファトムスもそんな島にある町のようだ。


 ビィクティアムさんの話では一応アイソルに黙認されていると言うだけで、同じ国であると正式に認定されているとは限らなそうだ。

 ……厳密には、どこかの国に所属という訳ではなくて、難民たちの自治領みたいなものかもしれない。

 現地の人達は税金も納めてないのかもしれないし、アイソル側にも彼らを保護したり纏めたりなんてことができる状態ではないのかもしれない。


「乗せられた船は、多分オルフェルエル諸島で造られたものだ。エンターナ諸島内と思われる幾つかの島を経由して、ベードルトス連島って所を北上するとユンテルトに着くらしい。詳しいことはオルツの港湾事務所に伝えてある」

 ビィクティアムさんが頷き、軽く溜息。

「やれやれ……おまえは、タクトとは別方向の無茶の仕方だよなぁ……」


 なんで俺を引き合いに?

 俺、そんなに無茶はしていないですよっ!

 ……最近は。多分。おそらく……


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第35話とリンクしています

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