第689話 急な訪問

 スイカのお願いができて、モッツァレッラもできあがったし、あとは……あ、忘れていたぞ。

 冬牡蠣油の四回目って、そろそろじゃないか?

 いや、今月……繊月せんつきの下旬だっけ?


 確認しておかなくちゃな。

 食堂や遊文館のメニューに入れられるほどは、手に入らないだろうけど。

 手に入ったら、ガイエスから連絡来るだろう。

 

 楽しみにしていようっと。

 送ってもらうより、直接持って来て欲しいなー。

 食堂じゃ出せないからその場でその冬牡蠣油使った料理、作ってやりたいし。

 


 さて、それでは徐々に各ご家門の本を訳して参りましょうかね。

 俺が面白そうだなーって順に。


 まず手に取ったのは、セラフィエムスの神約文字と古代文字の入り交じった本。

 魔獣の毒と魔虫の毒、魔鳥の毒の違いについて研究していた本でした。

 サンプルが手に入れられなくて、魔魚までは手が出せなかったみたいだけど。

 セラフィエムスの蔵書では魔毒の本が幾つもあったから、その大元になった研究を纏めた本だろうね、これ。


 どうやら……あの魔賤鳥ませんちょうを研究なさっていた第七代の姉君コーデリネ様の子供達が研究を進めたもののようだ。

 この頃の筆記にはまだ、ギリギリ神約文字と混ざっているので、研究を神々に奏上して解毒方法の確立をしていた時代かもしれない。


 だけど、この研究で陸上の魔獣などの魔毒研究は進んだが、魔魚の毒が採取できないことで海での実験などは頓挫しているみたいだ。

 セラフィラントとして最も進めたかった魔魚の毒については、捕獲に際しての犠牲ばかり大きくなると解ってかストップしてしまったようで、かなり嘆いている様子が見て取れる。


 そしてコーエルト大河の逆流時期に、魔魚の捕獲をさせて欲しいとドミナティアに願い出ている。

 海に出て魔魚を捕まえることはほぼ不可能だし、遡上時期のコーエルト大河なら海よりは安全に捕獲できると考えてのことだろう。

 だがそれについては、けんもほろろという状態で断られているようだ。


 でも、マントリエル側にしてみれば、嫌悪感を抱いても無理からぬこと。

 自分達の領地で他領の領主家門が魔魚を捕らえるだけでなく、領地内に運び入れるということだ。

 領民達の感情も、いいものではなかっただろう。

 魔魚を近寄らせまいとしているのに、水揚げするなんて考えられないと思って当然だろうな。


 ……もしかして、この頃からセラフィエムスとドミナティアって仲が悪くなっていたのかもなぁ。

 こんな昔からの確執があったってことも、神典の言葉通り聖神二位と賢神一位は相容れないと思い込んじゃう原因になったかもって思えちゃうねー。

 今の協力態勢は、かなり歴史的な快挙なのかもしれないな。

 いつか伝説になるのかも、なーんてね。


 いや……でももしかしたら啀み合っていたのって、本家同士だけで傍流はそれなりに仲がよかったりしたのかな?

 神話には賢神一位と聖神二位の友情物語とか、協力し合ったお話もあるんだしね。

 第一、いつまでも喧嘩しているって方が、エネルギー使って大変だもんなぁ。


 それからもガンガン訳しては摘み食いをし、食事をしては本に向き合う。

 まだまだ、各ご家門の蔵書が山積みで楽しいったらないねっ!

 くふふふふっ!



 翌日の朝食後、マリティエラさんが現場復帰だと仰有るのでお祝いに。

 復帰とは言っても、フルタイムではなく、時短での勤務らしい。

 ライリクスさんは……まだ育休真っ直中で、やっとファロちゃんのお世話に自信がついてきたようだった。


 お祝いは、事前にリクエストしていただいた一ヶ月分の離乳食バラエティセットである。

 颯爽と病院へと行くマリティエラさんを、暫くは『主夫』に専念するライリクスさんやすっかりお父さんにべったりのファロちゃんと見送ってから、ちょっとだけメイリーンさんと話して……いってらっしゃい、とこちらもお見送り。

 ライリクスさんのあの姿、未来の俺だろうか……いや、確かに娘ができたらデレデレする自信はある。


 それからすぐに家に戻って、保存食用の包み焼きリエッツァを作りつつ、マルゲリータはなんて名前にしようかと再考していた時にガイエスから通信が繋がった。

 もしかして、冬牡蠣油の四回目が買えたのかなっ?


「おお、どうしたー?」

〈すまん、突然だが頼みたいことがある〉

 あれれ?

 なんだか、声が重いな?


〈以前伝えてあったあの宿に……三部屋、今日から取り敢えず五日間、頼んでもらえないか〉

 ん?

 ……三部屋?

〈ああ、どうしても……見て欲しい病人がいて、連れて行きたい〉

 おおっと、待て待て、それはいきなり直轄地に連れて来ちゃ駄目な人達じゃないのかな?

 直轄地じゃなくても、病人の移動はかなり制限がかけられているはずだぞ。


「ちょっと詳しく聞かせてくれ。移るものじゃないんだよな?」

 慌てて確認すると、どうやら『病気』ではないらしい。

 よかったー。

 それなら、事前に衛兵隊に言えば、大丈夫かな。

 いや……他領の人だから……色々ありそうだなー。

 ビィクティアムさんの承認が、マストかもしれない。


〈魔力流脈の不全っぽい……というか、帰化民で……左肩に『何か』ありそうなんだ〉


 ざわっ、と鳥肌が立つような、嫌な感覚が走った。

 左肩……もしや、ガイエスと同じように『加護替え』の石が埋め込まれて、魔力流脈が壊れているのではないか?

 ガイエスの時は左足だったが、左肩だとしたら心臓に近い分、流脈異常は体調に大きく影響するだろう。

 病気と思えるような、内臓などの不具合が出ていても当然かもしれない。


 俺は取り敢えず、東門で少し待っているように伝えた。

 そのまま具合の悪い人を町中へ入れることはできないから、間違いなく差し止められる。

 最低限、衛兵隊には事前連絡と承認が要るだろう。


〈解った。今すぐにウァラクのミュルトからベスレテア、レーデルス経由でそちらに行く〉

「了解した。俺も宿を確保したら、すぐに東門に向かうからな」


 俺はそのまま南・橙通り三番の宿に転移で移動し、主のルトアルトさんに今日から五日間、三部屋の予約を入れる。

 部屋は空いていたし、ガイエス以外が医師にかかるために来るのだと言うことを伝えて、了承をもらうことができた。

 繁忙期じゃなくてよかったよ。

 混んでいる時期だったら、他に病気が移らなかったとしても具合の悪い人を泊めたがらなかっただろう。


「厩舎も三つ、必要かい?」

 しまった……ちゃんと聞かなかったが……多分『門』で来るから、連れているとしてもカバロだけだろう。

 今はそのふたりと移動中だし、話しかけない方がいいかもしれない。


「厩舎はひとつで平気だと思います。後でもし必要だったら、すぐに来ますね!」

「ああ、解ったよ。ただ、厩舎は五日間続けてだとひとつだけなんだ。今日から二日は、平気なんだけどね」

「……その時は、どうにかするよ。ありがと、ルトアルトさん!」

 もしあと二頭いたら……遊文館の庭にでも、簡易厩舎を造るか……


 宿を出てすぐに、今度は東門詰め所前に移動してビィクティアムさんかファイラスさんを訪ねる。

 ガイエスが、どういう状況でここに来るかだけは伝えておかないと。

 お、ファイラスさん発見!


「え、ガイエスくんが?」

「はい、ビィクティアムさんに了承が欲しいんですけど、大丈夫ですか?」

「ちょっと確認に行ってくるけど……帰化民の魔力流脈異常ってだけだね? 病気ではないんだね?」

「そう聞きましたけど、現時点では『多分』としか言えないですから、外門で簡易検査をして欲しいんです。もしすぐに医師の手配できないようでしたら、俺が鑑定してもいいですから」


 教会輔祭であれば、必要な魔法があれば入領の検閲チェックもできるはずだ。

 ……まぁ、当然衛兵隊立会で、だが。


 ファイラスさんが走って事務所へ飛び込む背中から視線を外すと、東門近くの馬車寄せでガイエスがうずくまっている人を介抱しているように見えた。

 あの人達か。

 ……具合が悪いのはひとりだけで、もうひとりは付き添いっぽいな。


 ゆっくりだがなんとか立ち上がらせることができたようで、三人はこちらに向かって歩き出した。

 あ、よかった、衛兵隊のふたりがサポートに行ってくれたぞ。

 うん、馬はカバロだけみたいだね。

 厩舎は問題なさそうで、こっちも安心したよ。


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第34話とリンクしています

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