第688話 新しい果実を作ろう!

 というところで、お三人さんが食べ終わったのでちょっとご相談。

 レザムが【土動魔法】の他に『土類操作』と『果実育成』を獲得したということもあり、畑を少し増やすという話を聞いたのだ。

 今ある畑を広げるのではなく、別の場所の耕作権利を買うと言うことらしいので、何か新しい果実が作れないか……とラディスさんから相談されていたのである。


 成人まではまだまだあるけど、レザムはお父さんと一緒に果実作りがしたいと張り切っているのだ。

 今から色々と試せば、きっとそれに相応しい職位が手に入ってもっと魔法も技能も伸ばせるだろうというお父さんからのお祝いなのだ。

 ならば、ここで俺もお願いしたいことがあったので、是非とも試してもらいたいものがあると乗っからせていただいたのである。


「シュリィイーレでは今まで作られていなかったし、市場にも入って来ていない『果実』の種を手に入れまして、なんとか苗まで作ることには成功したのですよ」

 新しい果実の情報に、食堂の皆様の耳がピクピクしているだろうことは予想通りである。

 ラディスさんだけでなく、レザムもエゼルもぐいっと身を乗り出す。


「今、裏の硝子温室で作っているのですが、周りに家が建っている『裏庭』だとどうしても天光の量が少ないのです。なので……畑にもうひとつ、硝子温室を建てさせてもらって作ってもらうことができるかなぁ、と思っているのですよ」

「苺みたいなやつ?」

「もっと大きな果実だよ、エゼル」


 おお、目が輝いたぞ。

 そうだよな、お子様は大きいものが好きなんだよな、うん、うん。


「……エルディエラの一部の町だけで作られているもので『赤水瓜あかみずうり』というのです」


 がたたっ!


 俺の言った『赤水瓜』に反応したのは勿論、ルエルスのお母さん、リエリアさんである。

 突然立ち上がったがすぐ我に返り、座り直してリエッツァを食べ始めるけど……多分、こっちの話に集中しちゃって味なんて解らないんじゃないだろうか。


 俺が赤水瓜スイカの説明をすると、三人は興味津々、リエリアさんはすっかりこっちを向いて様子を窺うなんてものじゃないくらいガッツリ聞いている。

 そしてその説明に、そうよ、そうそう、なんて小声で合いの手のようなものが入るので、俺は笑わないように必死だ。


「……そんな面白そうな果実があるんだね……!」

 レザムのやる気スイッチが入ったところで、ラディスさんから援護射撃。

「初めて聞いたものだよ。うちで作ってみたいが、ふたりはどうする?」

「やりたい!」

「俺も手伝うっ!」


 こういうところ、お父さんって感じだよな。

 ラディスさんが最初に『作ってみたい』と言うことによって、暗に『たとえ失敗しても最初にやるといったのは子供達ではない』と言ったことになる。

 責任は自分が取ると俺にも子供達にも示しておくことで、俺には安心感を与えられ、子供達はやりたいことを認めてもらえているという喜びが感じられる訳だ。


 俺はお子様達ふたりだけでも安心しているからね、という意味も含めてふたりに向かって頼むね、と笑顔を向ける。

 そこへ居ても立ってもいられなくなっちゃったのか、リエリアさんがレザムの方へと凄い勢いでやって来て、一瞬、全員が怯む。


「期待しているわっ! 頑張って!」


 レザムの手を取って、真剣な眼差しで応援するリエリアさんに三人は揃って凄い勢いで頷く。

 俺も全力で、育成方法などの情報提供でサポートしますからね!

 一応、リエリアさんにお渡し予定の分は俺も作っておくつもりではいるのだが……美味しくできたら、俺のじゃなくってふたりが作ったものを食べて欲しいな。

 そーだ、どんなお菓子になるのか、リエリアさんに後で確認しておこうっと。



 新しく手に入れた畑は、西側崖下耕作区画の南寄りだが真ん中辺り。

 どの井戸からも遠いが中規模のため、専用の井戸がない。

 水分量がどうしても少なくなり、イマイチ人気のない区画であった。


 ふふふふふ、スイカにはそんなに水が要らないからね、むしろ好都合ですよ!

 砂漠でも育つスイカは、高温と長時間日照を好む植物だ。

 温度は硝子温室に付与する魔法でどーとでもなるが、日照時間だけは調整しきれない。

 周りに高い塀も木もなく、耕作地区東側の崖でもギリギリ陽の光を遮らないこの場所は、まさにスイカのための場所である!


 サクッと温室を造って土を整え、魔法でリカバリーしつつ苗を植え替える。

 時季的にも、今頃が丁度いい。

 井戸が遠くてもラディスさんには『湧泉の如雨露』をお渡ししてあるので、魔法で出した水で育ててもらえる。

 そして……ちょっとお試し版の如雨露を作ってみたので、赤水瓜の方はそいつを使って違いを見て欲しいとお願いした。


「今までの『湧泉の如雨露』は浄化水の出るものでしたが、新しい方は『育成水の如雨露』なのですよ」

 三人が首を傾げるのも無理はない。

 育成水なんてものは、今まで聞いたことがないものだろうから。


 あの南の森の泉から沸く育成水は、石板の効果によるものだったのでもう一度しっかり石板を鑑定させていただいた。

 表に描かれている方陣のせいで気付かなかったけど、中まで鑑定すると緑色と赤色のキラキラが、たーんまり入っておりましてね。


 付与されていたのは【植物魔法】と【熱制魔法】の二種類。

 この育成水は、植物特化のようだ。

 複数の属性が異なる色相魔法を一箇所に付与して、どちらも過不足なく発動させるのはなかなか大変なのだが、ここで活躍するのは『複数の素材が含まれている石』である。


 その場合、自然石を石板として使うのではなく構成素材の少ない石を土台の石板として使用し、それぞれの魔法を付与する石……できれば貴石を幾つか細かく砕いて埋め込む。

 魔法付与は『指定した素材にのみ魔法を入れ込む』のだ。


 だが、この方法だと、このままの状態では出力が思うようにいかない。

 魔法付与する石は、塊として大きい方が出力の調整がしやすく保持力も高いのは常識だ。


 だから、出口を作ってあげる必要があり、その出口としては『聖魔法の方陣』が最適なのである。

 水の中に魔法の効果を溶け込ませ、水自体にもある程度の浄化がかけたいのだから【清浄魔法】の方陣が最も効果的なので採用されたのだろう。


 俺はその石板システムと同じものを作って、湧泉如雨露に嵌め込んでみたのである。

 すると、なんということでしょう!

 浄化水がその石板に触れることで清浄水となり、育成水の特性まで兼ね備えていたではありませんか!


 実は【植物魔法】も【熱制魔法】も方陣があるので、それを組み合わせてみても同じ効果になるかと思ったのだが残念ながらそうはならなかった。

 いや、厳密には『育成水の理屈を知っていて、それをイメージしつつ『植物魔法の方陣』と『熱制の方陣』を起動』できたら、育成水ができるのかもしれない。

 しかし、知らないのだから作れないのだ。


 全部を説明する呪文じゅぶんなんて、ダラダラ長くなって馬鹿みたいに大量の魔力が必要になってしまう。

 方陣とは『理屈と効果』をきちんと呪文じゅぶんとして与えて、尚且つ使用者がそれを理解していなくては、発動できても充分な効果が出ないということだ。


 だが、【付与魔法】の場合は付与する魔法師がそれを理解できていれば、問題はないのだ。

 それが『魔法を閉じ込める』ということだ。


 ここで心配なのは『俺が作った育成清浄水』になってしまうので、俺が認識している効果の魔法が付与されていて発動するということだ。

 石板に限らず、魔石のものと同じように【付与魔法】の魔法は『魔法師の力量に大きく左右される』のだ。

 魔法の段位が高ければ、効果的な魔法になるがそうでなければそれなり、ということ。


 ……俺の魔法付与、ほぼ確実に【聖生充育】なんだよな……

 やり過ぎにならないといいなーって……心配してるんだけど……

 だから、あげる水が少なくていいスイカで試したかったんだよね。


 ま、スイカが美味しければ、やり過ぎだって本望なんだけどさ!



*******


次話の更新は11/20(月)8:00の予定です

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