第687話 念願のメニュー

 ムカムカを抑えるためにケーキでも食べたくて一階に下りて来たところで、表に荷馬車が止まったのが見えた。

 あっ、そうそう!

 セラフィラント便の来る日だった!

 待ってましたよぉーー!


 まずはお魚さーん!

 あじ! さわら! おお、目張めばる! そして形のいいかつおーーっ!

 鰹節が作れるように、大量に依頼したので一瞬にして魚市場状態に。

 ふふふふふ、だが、今回から『折りたたみ式大型転送方陣』の金属板があるのです!


 馬車から降ろし、その方陣板の上に番重を置いてもらえれば、あっという間に温度管理された地下のお魚保管庫へ!

 障泥あおり烏賊いか若布わかめも、さささーっと地下へどうぞっ!

 はいはい、お次の大箱はこっちの方陣板ですよー!

 こちらは果物置き場用の方陣で、蜂蜜もグレフルもサクッと送っちゃいますよーー!


 ラストに降ろされた牛乳缶。

 まずはいつもの牛の乳……と、来た来た来たっ!

 水牛さんのお乳がいらっしゃいましたよーっ!


 アリスタニアさんからのお手紙が付いているぞ。

『ガイエスさんが今、セラフィラントにいらっしゃらないみたいです。もしもシュリィイーレにいらして、水牛の牛乳が欲しいと仰有ったら次の便で手配いたしますとご伝言くださいませー』


 あいつ、また出掛けているのか。

 きっと水牛の乳は、俺が探してって言ったのを欲しがっているだけだろうから、手に入ったって伝えておかなくちゃ。

 そんで、食べに来いって言っておこう。

 さぁ、モッツァレッラを作るぞーっ!


 モッツァレッラは牛乳バージョンを作っているから【集約魔法】で途中まで作って、カードができたところからは少し手をかけよう。

 魔法を使いつつ熱湯の中で、手を使って捏ねる。

 いや、素手ではないよ?

 長目の棒を使って捏ねては伸ばし、伸ばしては捏ねると粘りと艶が出て来るのだ。


 魔法だけでやるより、こうして手を使うことで更に放出魔力もブレンドされるのか保持力も高くなるのは新発見だね。

 みるみるうちにカードはお餅のようにつるつるピカピカになりましたので、ここから『引き千切るモッツァレッラ』作業である。

 これは素手で千切るのだけど【耐性魔法】があるし、それでも熱い時は『寒風の方陣』で手を冷やしつつプチプチ千切って捏ね捏ね成形。


 まぁるくしたり三つ編みにしたり、大小様々な形を作っていく。

 それを塩水にぽとんぽとんと落として、チーズを冷ます。

 塩水に漬けるとチーズの表面につるっとした『薄い表皮』ができる。


 俺としては、モッツァレッラとは『薄皮があって切ると中にぽつぽつ穴が開いててじわっとミルクが染み出してくるチーズ』なのだ。

 この染み出してくるミルクが、水牛のものは最高の味わいなのである。

 ちょっと摘み食いー。

 ふふぉぅー、おーいしぃーい!


 モッツァレッラって、フレッシュでも燻製にしても加熱しても全部美味しいんだよなぁ!

 ただ、もの凄く残念なのは、シュリィイーレには生のまま食べられるトマトが入ってこないということなのだ。

 カプレーゼができない……しくしくしく。

 オリーブオイルもバジルもあるのにー!


 なので、ここはピッツァ……じゃない、リエッツァマルゲリータであーる!

 包まないオープンタイプなのは、視覚効果も狙ってのことだ。

 勿論、新鮮さそのままも楽しんでいただけるように、シンプルにチーズだけでも!


 夕飯は父さん、母さんにプレゼンを兼ねてリエッツァマルゲリータと、フレッシュモッツァレッラ。

 チーズだけの方は飽きるかもしれないので、味変できるようにオリーブオイルと塩胡椒も用意した。

 ふたりの瞳の輝きとおかわりは想定内だぜ、ふふふふふ。


「タクト、この乾酪は、さっき届いた水牛ってやつのか?」

「そうだよ。いつもとちょっと風味が違うけど、どう?」

「旨ぇ! 確かにちと癖があるが、これはこれでいい!」

「本当ねぇ、牛乳のも美味しいって思ったけど、違うものなのねぇ。このままでも充分、美味しいわぁ」


 明日のランチメニューに採用決定ですー!

 レンジから石窯にシフトチェンジだな【烹爨ほうさん魔法】!

 いや、オーブンレンジなのかな?

 どっちでも美味しくできるならノープロブレーム!


 ……いかん。

 食べたら眠くなってしまった。

 根を詰めてまで、ムカつくもんを読んでいたせいだなー。

 ちょっとうつらうつらしていたら、母さんにさっさと寝ちゃいなさい、と部屋に押し込まれてしまったので……珍しく早寝をしよう……

 明日のランチ、楽しみだなぁ。



「このリエッツァ、もの凄く美味しいーー!」

 レザムの笑顔に昨日からの疲れも吹き飛ぶね。

 今日の昼は、久々にラディスさんがレザムとエゼルを連れてうちまで食事に来てくれている。

 苺の収穫が一段落したので、もうひとつのお願いができるかを確認するために来てもらったのだ。

 リエッツァはお子様達が大好きなメニューのひとつで、例に漏れずレザムとエゼルも大好物。


「この新しい乾酪、今までのと全然違うねっ!」

「伸びるよ、タクトにーちゃんっ! にゅーーーんって!」

「水牛の乳製で、引っ張ったり捏ねたりを繰り返して作る乾酪なんだよ。いや、乾かさないで、そのまま食べるのは……乾酪ってより、生絡せいらく? かな。名前は『モツァレーラ』だよ」


 偶然にも『モツァレーラ』という似た発音の単語がこちらでも『引っ張る』という意味だったこともあり、水牛製のものだけモツァレーラと名付けたのだ。

「作り方の名前なのかい?」

「そうですよ、ラディスさん。この生絡は『引っ張って捏ねて作る』もので、いつもの乾酪と違う作り方をしたんです」

「そうか、それでリバレーラの乳絡蘇とは、違う風味なんだねぇ。僕はこっちの方が好きだなぁ」


 リバレーラの水牛製チーズに『乳酪蘇にゅうらくそ』って自動翻訳さんがあてたってことは、レアチーズっぽいもので、もう少し熟成させた感じなのかな?

 日本の『』とか『醍醐だいご』に似ているのかもしれないね。

 それも食べてみたいなー。

 ラディスさんって、元々はリバレーラの人だったのかな?


「じゃ、これ、モツァレーラ・リエッツァだねっ! タクトにーちゃん!」

「それが一番解りやすいか……だけど、赤茄子じゃなくても、この生絡でリエッツァ作るからなぁ……」

「作ったら、また名前付ければいいじゃん」


 簡単に言うね、エゼル……結構大変なんだぞ、名前付けるのって。

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