第686話 毒まみれ議事録

 この数日、ガイエスから送られたマイウリアの本を訳していた。

 本……というか、議事録と覚書。


 それから、何冊か『多分読まれちゃいけないメモ』が書かれているものがあった。

 もしかして……記録が『王族派マイウリア』と『革新派ミューラ』の両方が混ざっているのかもしれない。

 王宮内や教会内でも、主張は割れていたのだろうか。


 暗殺計画的なことまで書いてあって、笑っちゃったよ。

 こういうこと、書き残しちゃ駄目なんじゃね?

 いや……もしかして、これがこの国の王族を交えた会議で決められていたこと……なのか?

 誰を殺すとか、どう殺すとか、それでそのポストを誰に与える……とか。


 これでよく国が成り立っていたよなぁ……あ、いや、成り立ってなかったから滅んだのか。

 こんなやつらがトップ層にいる国の民って、本当に可哀相だよな。

 だからずっと昔から、多くの人が亡命しているんだろうな。

 タルフができた時代くらいから、きっと。


 国としてはかなり前から駄目だったのかもしれないが、そういう国のトップ達は『国民を鼓舞するのに有効なことは『戦争』だ』という結論を出したらしい。

 なんという思考停止で短絡な手だろうと思うのだが、気に入らなければ物だろうと人だろうと『抹殺』してしまうのが最善だと考えることがこの国の常識のようだから、他国に攻め込むことなど平気なのだろう。


 そして民のことなど、なんとも思っていないのかもしれない。

 戦時中だと民の生活が逼迫していても、魔獣が蔓延りだしても『他国』のせいにしてしまえると本気で考えているみたいだった。


 では、どうしてこうも浅薄な者ばかりが上にいたのか……

 憶測としか言いようがないのだが、セラフィエムスの医学書とマクレリウム、ミカレーエルの蔵書などに『恒常的に微弱魔毒に曝され続けると享楽的になり思考力が低下する』というデータが認められていたようだ。


 環境としてはミューラ、ガウリエスタには、間違いなく大気中の微弱魔毒が多かっただろう。

 でも、もっとも大きく影響したのは、この国で製造されている『毒』が日常的に貴族や王族といった人々に使われていたせいだと思う。


 暗殺のためか、傀儡にするためか、目的は様々であったようだが。

 その上、身分が上であればあるほど口にしていたであろう『薬』の精製方法は、他国レベルの魔法では絶対に毒性が残ってしまう作り方と材料だ。


 使っていた植物や鉱物だけでも、アルカロイド系とか砒素系とか水銀みたいなものを含んでいるというのに、必ずと言っていいほど『魔毒』を使って精製している。

 魔獣の毒だけではなく魔虫由来の物も多いようで、当然人体にいい物であるはずがない。

 うわー……あの毒棘を磨り潰して使ってんじゃーん……

 これ、作っていた人達も相当毒に冒されてたよね。


 確かに魔毒は【加工魔法】とか【制御魔法】などがあれば、簡易的に成分分解できる。

 まぁ、他国にそれらの精度の高い魔法があったとは思えないし、特に【制御魔法】はなかっただろうから毒性が抑えられているはずはない。


 そして【浄化魔法】もおそらくなかっただろうから、調合はできたとしても精製はできなかっただろう。

 毒を薄めて使うと、薬っぽい効果が出たってことなのかなぁ……怖っ!


 上手く薬として使えたとしても、モルヒネとか麻酔薬のように経口や吸引でも塗布であっても摂取量や濃度次第で命に関わる。

 そして魔毒の成分は体内に蓄積されていくのだから、そんなものを使ってて最終的に健康になどならないと少し考えれば解るはず。


 いや、いいのか、健康にはしなくて。

 それが用いられていたと言うことは、騙されていたか無知だったかは解らないけど与える側が意図的であった可能性だってある。

 操ろうと思っている権力者が、半病人くらいの方が都合が良かったのかもしれないよな。


 酷いのは『王族は既存の毒に耐性がついている者が多いから毒の種類を変えよう』って、微弱魔毒を溜め込んでいる『魚の肝』や『貝毒』を混入して作った毒まで使っていたみたいだ。

 都合のいい者だけを、都合のいいように使いたいって意図が透けて見えるのがなんとも不快だ。


 多分、昔ミューラのやつがシュリィイーレでやりたかった実験は、どの魚の毒がいいかを決めて毒性のレベル調整をしようとしていたのだろう。

 少数民族領で散々実験をしていたようだが、彼らがいなくなってしまったから……シュリィイーレを標的にしたのかもしれない。


『魔力の少ない者では、正しい効き目が検証できない。皇国ほどの魔力であっても、必ず効く毒でなければ』

 なーんて走り書き見つけた時には、本をぶん投げそうになったよね!


 そしてその毒を、ビィクティアムさん達も俺も『反対勢力』に対して使うと思い込んでいたが、もしかしたら狙いはもっとピンポイントだったのかもなぁ。

 だとしたら、町中全部を生け贄として殺そうとしていたドードエラス達は、かなり滑稽に思えただろうね。

 きっとこの走り書きの『馬鹿な皇国人もいる』ってのに、彼らは当て嵌まるのだろう。

 ……また、ビィクティアムさんが必要以上に気に病まないといいなぁ……


 ただ、ガイエスの足に施したような『加護替えの魔石埋め込み』については、全く記載がない。

 主導してやっていたのは教会だと思うんだけどな……この記録からだとミューラの教会は、毒物専門だったみたいな印象だ。


 だけど、帰化民や待機中の半籍の人達から、タルフの医学書に書かれていたものと同様と思われる方法で入れられたような石が発見されているなんてことを、ファイラスさんが言ってた。

 だから、マウヤーエートから分裂した国々では、多少なりとも行われていたはずだ。

 教会内に別勢力がいたってことかな。


 神々の願いを踏みにじる神職なんて、本当に存在する意味がないよなぁ……

 もしかしたら既に神々の願いすら、届かなくなっていたのかもしれない。

 神典や神話が改竄されたってことは、正しい言葉が継がれていないってことだもんなぁ。


 奏上の儀ができないのに書き換えたり書き加えたものを『正しい』って人が判断した時点で……神々は手を引いてしまうのかなぁ……

 ……俺の書き加え、危なかったなー。

 認めてくださってありがとう、神様達。


 あ……魔法師拉致の相談までしている記録があるぞ。

 これ、ミューラ国内の魔法師のことだとは思うけど、どうやっても数が足りないみたいで神官が戦場に駆り出されているなぁ。


 そのこともあって、教会側としては貴族サイドをなんとか自分達の都合のいいように操りたかったってのもあるみたいだな。

 既に王族については……それなりに毒を盛って……あああーっ!


 うあーっ、ムカついてきちゃったー!

 なんか美味しーものでも食べないと、やってらんねー!

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