第677話 内省タイム
……雨です。
朝、やる気満々でかける気満々で窓を開けたら、ざばざばと容赦なく大雨が降っておりました。
これほどの降りでは、西の森や南の森へ入る許可は出ないだろう……
西の森奥の地盤が緩いことは変わりがないし、南の森の泉の近くなんて増水してて危ない。
俺がお出掛けを諦めたと同じ理由だろう、うちでもランチタイムピーク時だというのに閑散としていて衛兵さん達しか来ていない。
外に目をやると、面白いくらいに雨が降り続けている。
これはスイーツタイムも人は来ないだろうと思ったら、案の定すぐに暇になってしまった。
「今日は仕方ないねぇ」
「そうだなぁ、こんな日だと、修理依頼もねぇし……今日のところはのんびりすっか」
母さんと父さんもそう言うので、本日の夕食は臨時休業。
おうちでまったりすることとなった。
遊文館の様子はどうだろう、と見に行くと雪の積もっていた時のようにお子達で大賑わいである。
そしてなぜか、雨具を着て遊文館の庭でびしょびしょになって走り回る子もいた。
めっちゃ楽しそうだけど、見守り隊のおじさん達は怪我をしやしないかと気が気じゃないだろう。
ふと、フロアの一角を見ると二十代と思われる若者とエイドリングスさんに目が止まった。
どうやら、若いのがエイドリングスさんに突っかかっているみたいだ。
俺は硝子張りのイートインスペースで、フライドポテトなど摘みつつ眺めいてる。
……エイドリングスさんは落ち着いたもので、やれやれ、みたいな感じではあるが、決しておざなりにはせずに若いのの言い分を聞いてやっているようだった。
ああいうのを見ると……俺も、成人の儀前後の自分のことを思い出す。
俺はこちらに来て子供扱いされていたことをどこかでずっと不満だったと思うし、やっとこっちでも『成人』って言われたのに実際にはまだまだ子供枠でさ。
まー、それは今もなんだけど……それに対する不満だけは、今では全くなくなった。
だけど、あの頃って自分が本当はもっと大人で常識人で、良いことも悪いことも理解してて他人をちゃんと認めて我が侭なんて言ってない……って『過信』していたからね。
でも『当時の俺が持っていた常識』は、あちらの世界のものが大半。
こっちにもたまーに上手く当て嵌まっちゃったもんだから『いい気になっていた』って状態と、さほど変わらなかったんだと今なら思える。
俺はあちらの世界では法的にも見ため的も大人で、だから常識的で上手く社会で生きていけていると信じていたから、こちらの世界をその物差しに無意識に当て嵌めていた。
自覚はなかったんだけどね……
今でもそういうところが頭を
そう、この世界に対する絶対的な根本の知識が、まったく向こうと違うと頭で解っていたくせに、本質的な理解が不足していたのだ。
基本的な人としての考え方まで何もかも違う訳じゃなく社会のベースが似ていたから、俺は『あちらの常識が通用する』『俺が思っていることは間違っていない』『俺は大人としての振るまいができてる』なーんて思えてしまっていた。
それでこちらでは『世間知らずの頭でっかちが陥る常識論』だったにも拘わらず、大人としての自信なんてものだと思っていたのだろう。
本当にねー、歴史とか時代ごとの価値観を知ることとか、そもそも生物学的に違う生き物だって理解することが絶対に必要だったのに、なーにを解った気になって正論っぽいことを捲し立てていたのかと……思う訳ですよ。
今なら、コデルロ……は、どーでもいいんだがタセリームさんのこととか、あのちょっとムカつく新人騎士達とか、かなりムカついた皇后殿下の侍従なんかにももう少し……いや、最終的な結論は変わんないかもしれないけど、あそこまで沸点低くなく対応できたんじゃないかなーなんて……思ったり思わなかったり。
どっちだ、俺。
「ふぅ、やれやれ、あいつも意地っ張りだなぁ」
俺が眺めていたことを気付いていたのだろう、エイドリングスさんが水を飲みにイートインに入って来た。
「お疲れ様でした。あの人、何を言ってたの?」
「んー、ま、たいしたことじゃねぇよ。少しばっか力と知識があって、知恵が回るやつは誰でも通る道だ。あー、そうそう『反抗期』ってやつ……かな? 魔力流脈が、まだまだ不安定なんだ。感情が高ぶると、ああいう物言いになっちまうものなんだよ」
「……耳が痛いな」
「ははははっ! そーだなぁ、タクトもたまーにキツイ言い方になっていたからなぁ。特におまえはやたら言葉をこねくり回しやがるし、おまえ自身の持ってる知識や知恵に自信があっただろうから……ちょっと、面倒だったなー」
「エイドリングスさんとは、口論した記憶はないんだけど……」
「食堂での新人騎士達相手とか、食べものを残すやつなんかにゃ、本当に容赦なかっただろうが。まぁ、おまえは身分階位としては、魔法師だからさほど心配してなかったけどな。鉄証だったらと思うと、おっかねぇ場面は多かったんだからな?」
やっぱりそういう理由でも、周りの人達にフォロー入れてもらっていたってことなんだね……うん、ありがとうございます……
散々『貴族はどーの』とか『圧力がどーの』と言っていた割に、それに守られていたっていうね。
なかなか恥ずかしい……『黒歴史』ってやつですかね。
俺がきっと解りやすく落ち込んでいたせいか、エイドリングスさんは優しげな声になった。
「おまえらの世代……タクトと同い年か前後三、四年くらいはシュリィイーレに一番子供が少ない世代で、お互いに交流が少ない上に……結構、身分階位に差がある子が多いんだよな」
「身分階位に差があると、何かあるの?」
「まず、魔力量が違えば身体のつくりが変わってくる。魔力流脈の違いで体力や力の違いが出やすい子供の頃には、魔力量が多くて体力が追いつかずに力の弱い子が、魔力が少なくても力の強い子に負ける。だが、身分階位は魔力量の多い方が、高い場合の方が多い。となれば、子供達からしたら『自分より弱いのに自分より上』ということに苛立つやつもいる」
あー……そうかぁ。
兄弟でもそれで全然違うもんなぁ……家庭内身分格差があるんだった。
そっか、小さい頃には力の弱い子が虐められてても、その子の身体や流脈がある程度整ってくる成人の儀前後だと魔力量が多くなったり、家系魔法を獲得したりしたら立場が逆転するんだよな。
感情が追いつかなくって、荒れちゃったり捻くれるやつもいるのかもな。
それで聖魔法持ちの人達や、かなり年上の人に感情をぶつけてしまうのかもなぁ……多分、受け止めて欲しくて。
「だが、そういうことも、同世代の知り合いや友人がいれば、色々な事例があるから納得はできなくても『こんなこともある』と知ることができる。でも、同世代が少ないとその考えに至りにくい。大人には反発するし、友達同士で愚痴を言い合うことも、喧嘩することもねぇからなぁ」
「俺、この町に来た時に同世代とは……決裂状態だったからなぁ……」
主にミトカ、だけどね!
……まぁ、五人しかいなくても気が合う人を見つけられることもあれば、五十人いたってぼっちってことだってあるんだけど……その辺はきっと、確率の問題だろう。
多くのケースを見ることができるから自分で気付けるという可能性も、同世代がいなかったらなくなってしまうってことかもしれない。
ちょっと凹んだ俺の背中をエイドリングスさんは、がはは、と笑いながら、ばんっと叩く。
「いいんだよ、八十歳越えるくれぇでそれだと、ちっと心配けどな。まーだ適性年齢にもなってねぇんだから、感情が不安定で当たり前だ。ただなぁ、遊文館で本を読むやつが増えたんで、あいつらの言い分に小難しい言葉や屁理屈が増えやがってよー。昔の騎士位研修のやつらに通じたことが、ぜーんぜん通じねぇ……」
「じゃあ、エイドリングスさん達も本を読んで応戦だね」
「そーだな。ちっこい子達と一緒に、今まで読まんかったもんも読んどるよ。あの、神話の小冊子はいいな! 飽きずに色々読める」
神話や神典の言葉を引用してのお説教は多いから、子供ができると読み返す人は少なくないらしい。
だが『初めから』読んでしまうから、分厚さで途中で飽きるか、邪魔が入って先の方のお話は全然読まないことが多くなる、と言っていた。
だから、なかなか辿り着かない本の巻末近くの話もさっと読める『単話版』は、子育て中のご夫婦に人気らしい。
そんな需要もあったとは、知らなかった。
俺の作ったものが、思わぬところで役に立ってて嬉しいよ。
外はまだ雨が降り続いている。
こういう日はきっと、神様達が『自分の立ち位置を見直せよ』とでも言ってくれているのだろう。
焦らず、じっくり、しっかり。
……そして、もう少し身体作り、しよう。
魔力量が多いから、ちょっと油断すると体力下がりそうだもんな。
オーデルトくらいの年の人に、力で負けちゃうのも切ない。
それに俺の魔力量だと、八十歳でも感情落ち着くかどうか……フィジカルもメンタルもどっちも全然、自信がないんだけど!
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