第678話 粘菌くんの可能性

 大雨からしとしと雨に変わったものの、ぱっとしない天気が続いている。

 西の森と南の森は、もう少ししてから行くことにしよう。


 なのでこの二、三日は、ガイエスが送ってくれた植物についていた土とか石を調べていた。

 いつもなら本の方が読みたくてワクワクするんだが、今回は……なんだか、本よりはこちらが気になる。


 そんなモヤッとした感じで、ガイエスからのものだけでなくビィクティアムさんから預かった中表紙に『毒』と書かれていた本と、旧教会で発見された三冊も……なんか保留になっている。

 勿論『生命の書』を読みたい気持ちはあるのだが、なんだか『こっちが先』って気がしているのだ。


 もしかしたら、読み解くには『まだ何かが足りない』のかもしれない。

 最近はこういう『なんとなく』に従う方が、いいんじゃないかと思うことが多くなった気がする。

 こういうのってあちらの世界だったらそんなに気にしないんだけど、こちらだと本気で『神様ナビ』だろうからねー。

 ……マジで、信じてますからね? 神様達!


 目下、俺は【顕微魔法】【星青魔法/柔】【聖生充育】と『土類鑑定』『粒子操作』などなどを駆使してあの粘菌くんを中心に精密鑑定中なのだ。

 そのお陰もあって粘菌くんがいるものと、いないものの差がちょっと解った気がする。


 ガイエスがガッツリ送ってきたマイウリア各地の植物と土、そして紛れ込んでいた砂。

 中には、微量の火薬が混じっている土もあった。


 この世界で火薬を使うのは自殺行為のはずだが、どうやら人というものは『今』も『未来』も粉々にしてしまうと知っているはずなのに、盲目的に『力』を求めることがあるらしい。

 その引き金は欲なのか、意地なのか、悪意なのかは……解らないけど。


 粘菌くんは……この火薬というもので、変異してしまうみたいだ。

 少しでも火薬に触れてしまうと魔瘴素を取り込み魔効素を作るサイクルが壊れ、プチプチと弾けて火薬と結びついて『黒い変形菌』になる。

 わずかでも異臭を放ち、多分この臭いがある間は粘菌くんは魔瘴素ではなく火薬を分解しているのかもしれない。


 そして粘菌くんの火薬分解は時間がかかるだけでなく、多くの仲間が必要らしい。

 しかし……今、持っているサンプルでは、残念ながら母数が少なくデータとしては大変弱いので仮説も立てられない。

 火薬については、ちょっと保留にしておこう。



 では、土中の魔瘴素、微弱魔毒については?

 これはある一定の量までは一生懸命にせっせと魔効素への変換をするのだが、お腹がいっぱいになるのか、ある程度まで行くと休眠に入る。

 周りに魔効素があるからか、魔効素なしの環境で魔瘴素を取り込んでプチプチと潰れる変形菌のようになった時とは違う変化だ。


 この粘菌くんが生きるためには魔効素だけでは駄目で、魔瘴素も必要なのは解っていたけど、石や金属の中の粘菌くんと土の中の粘菌くんでも違いがあるみたいだ。

 そして砂の中にいる粘菌くん達は、なぜか土にも石にも入りたがらない……逆はあるのに。

 んー……でもこれは、砂粒に火薬が混ざっていないせいなのかもしれない。


 この砂粒、珪石が多いみたいだなぁ……

 あ、ちーーーっこい粒の中にぽつん、と魔効素があるぞ。

 砂はあちこちの袋の中にちょっとずつ入り込んでいたものをかき集めて、コップの半分くらいになっている。

 その四割くらいに、魔効素カプセルとしての珪石粒がある。

 粘菌くんが近寄るのは、魔効素のない六割の方。


 珪石粒を粘菌くんが幾つか取り込むと、魔効素が珪石粒に譲渡されて粘菌くんはその粒を吐き出す……?

 そしてまた別の粒を取り込み、魔効素の手持ちがなくなったら……魔瘴素のある土の方へ移動を開始するものと砂の中で休眠に入るものに分かれた。

 きっと変換には限度があり、適度に休憩を挟む必要があるのだろう。


 この砂は……遺棄地の砂、だよな?

 確か遺棄地は『砂に埋もれる』って言ってなかったか?


 これはもしかしたら、神々の創った『再生システム』ではないのか。

 土や石の中にあの粘菌がいるのは、魔瘴素を魔効素に変えて少しずつ放出させるため。

 だが、小さい小さい粒の魔効素は少な過ぎて大気にも土にも留まっていられない。


 三角錐のように地下から魔効素を吹き上げさせるシステムがあれば、魔効素で地上や大気を満たすこともできるが、他国にはない。

 似たようなシステムが昔あったのかもしれないけれど、壊れているか魔瘴素が多くなり過ぎて機能していないという可能性もある。

 当然、大地表層と大気中の魔効素は不足し、漏れ出る魔瘴素は微弱魔毒として働き始めてしまうのではないだろうか。


 だから、植物は枯れるし、虫も動物も生きられなくなる。

 魔効素が留まれるのは保持力の強い鉱物か金属だが、地中深くでは意味がない。

 だが、砂のように細かくなったものを広範囲に散らばらせて『覆う』ことで大地から魔瘴素をなるべく放出しないようにして……修復をしているんだとしたら?


 なるべく沢山の砂粒ひとつひとつに魔効素を忍ばせ、埋め尽くすように敷きつめて覆い……大地と大気を護っているんだ。

 怪我をした大地を、ガーゼで覆うように砂が積もり、少しずつ薬を使うように魔効素が癒やしていっているのだ。

 今はこれ以上魔効素や魔力が外へと出てしまわないように、そして珪石の中の魔効素と粘菌くん達を使って魔瘴素も出て行かないように。


 これは是が非でも、この粘菌くんが生まれる条件や、増える環境を突き止めなきゃな。

 遺棄地に樹海もりを甦らせる、なんてことまではできないだろうが、少しでもリカバリーを効率よく、早く行うヒントがあったら……今後の国境界隈や入り込んでくる魔虫対策にも使えるかもしれない。


 そして遺棄地が少しでも甦ると解れば、またそこで生きていける『生命』が増えるかもしれない。

 そうだとしても『人』は、当分は無理だろうけど。

 逆に人が入り込んだら、修復できないかもしれない気がするな。


 ……次期ご当主様の集い……言いたいこととか、やって欲しいことがどんどん増えているけど……平気かなー。

 だけど、もう少し検証したいことがあるんだよなぁ。

 うーむ、許可、出るだろうか?



*******


*次話の更新は11/6(月)8:00の予定です

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