第676話 仮住まい
翌日、俺が試験研修生宿舎を訪れた時刻には、神官さん達と神務士トリオは遊文館に行ってしまっていたのでお留守番(?)のテルウェスト神司祭にご挨拶。
それはそれはご丁寧に、誕プレのお礼を言われてしまい恐縮しきりでしたよ。
こちらこそ、ちょっとご面倒をかけてしまうものっぽくて申し訳ない……
「とんでもございませんっ! 面倒だなんて! 王都への方陣門が繋がっているうちに、申告書だけはレイエルス神司祭にお願いいたしましたので、実物の検分登録は再来月以降になろうかと思いますが……ふふふ、紋章章印議院や賢魔器具統括管理省院が、どんなものだろうかと、ずぅっとそわそわしておりますよっ! くふふふっ」
うきうきと楽しそうにほくそ笑むテルウェスト神司祭に、俺もつられて笑顔になる。
勇んで登録に行って、受付の人に大した加護じゃないですねぇーなんて言われてしまったらどうしよう……
テルウェスト神司祭に大恥をかかせてしまうかもっ!
いや、大丈夫、そこそこの加護にはなっているはずだ、自分を信じろ!
「では、タクト様、神従士達の部屋からでよろしいですか?」
はっ、と我に返りこくこくと頷く。
お部屋のレイアウトが確定したので、目標の方陣鋼の確定設置を調整する作業だ。
試験研修生宿舎は教会と違って、かなり色々な魔法付与が各所にされているため、下手な位置に置いてしまうと魔法が影響し合う可能性があると聞かされた。
まぁ、移動自体ができない訳じゃないんだけど、使用中に某かの影響が出たりした場合に使用者の魔力を多めに使っちゃうかも……って思いましてね。
神官さん達は全然心配ないんだけど、神務士トリオはギリギリの運用だからさ。
帰りに部屋に飛んだ途端に昏倒なんてして、自室に鍵がかかってたら誰も助けに入れなくなっちゃうからね。
特に、まだアトネストさんは心配なんだよなー。
どうも魔力量管理という点でも、他のふたりより調整が上手くいってないみたいなんだ。
多分、少ないから調整できるほどの余裕もないのだろうけど……それなのに、一番無理をしちゃうのもアトネストさんなんだよね。
という訳で、なるべくコンフリクトなどが起こらないような位置の部屋を選んでもらったんだけど、先日取り付けた仮設置位置だとちょっとだけ魔力使用量が増えたみたいなんだよ。
なので、どの付与魔法の境域にもかからない位置を見極めて『限定移動方陣』と『目標方陣』の方陣鋼を再度セット。
他のふたりのものも微調整して、神官さん達のものもなるべくなら付与されている魔法に触れない方がいい。
……よし、大丈夫、かな!
そしてラストは司祭様のお部屋……っと。
「うわ……素晴らしい刺繍の飾り布ですね……!」
扉を開いた途端、目に入ってきた部屋の一番大きな壁にかけられていた飾り布。
壁掛けの飾り布は、あまり厚みのないタペストリーみたいなもの。
衛兵隊東門詰め所の長官室にも素晴らしいものがかけられているし、こちらでは定番の室内装飾である。
……大きい壁のある、大きめのおうちなら、ね。
うちには、ないでーーす。
テルウェスト神司祭に使ってもらう部屋は試験研修生用の部屋ではあるけれど、騎士位を取るのは金証の方々もいますからね。
そういう方々向けの、大きめVIPルームもあるのですよ。
そのタペストリーを優しい瞳で見つめるテルウェスト神司祭が、ちょっとはにかみながら教会のみんなからの贈り物なのですよ、と教えてくれた。
流石に、趣味のいい素敵なプレゼントである。
薄いラベンダーカラーの布地に鮮やかな黄色やオレンジのグラデーションを駆使した刺繍で、テルウェスト家門の花『
天覧花は曼珠沙華と同じような形ではあるが、赤ではないのであちらではリコリスと呼ばれているものだろう。
甘草もリコリスというが、天覧花は『Lycoris』の綴りの方だ。
曼珠沙華……彼岸花もリコリス・ラジアータだけど、天覧花は多分リコリス・オーレアの方が近いかもね。
どちらにしても、非常に華やかで繊細な美しい花だ。
そしてその他の壁や机の上には、この間の誕生日に子供達から貰ったものが所狭しと飾られている。
未だに見ているとウルウルしてくるらしく、時々目を擦っている。
今度の教会の部屋には、コレクションを展示できるスペースを作って差し上げよう。
教会の居住スペース内装は、なぜか俺に任されている。
どうやらビィクティアムさんの家を作ったことが知られているらしいので、是非にと言われてしまった。
でも、手伝えるのであれば手伝いたかったから、俺としては喜んでお引き受けしたのだ。
ふふふふふ、コレクションしたくなるような、素敵な飾り棚、皆さんのお部屋にも作っちゃいますからねー。
「だけど、どうして子供達は私の生誕日を知っていたのでしょうか……?」
「教会の方々が買い物をなさっていた時に、偶然聞いた子がいたみたいですよ? きっと、飾り布を頼んでいらした時かもしれませんね」
多分ね。
その後、その子遊文館で話して、それじゃみんなでお祝いしようって決めたらしい。
……といっても、最初は二十歳前後の子達だけだったのだが、小さい子達も一緒にお祝いしたいと言いだして、遊文館中にあっという間に広まって、大人達も協力する……なんて運びになったようだった。
だから、遊文館スタッフのみんなが『絶対にテルウェスト神司祭が遊文館に来る日』である、徽章の受け渡し日を生誕日にして欲しいって言ったんだと思う。
俺はこの計画をルエルスとアルテナちゃん、オーデルトから聞いて、絶対に教会の人達に言っちゃダメ! と強く口止めされていたのだ。
ルエルスがオーデルトと仲良くなっていたのはちと吃驚したが、マダム・ベルローデアと一緒にお絵かきをしていたところを何度か見ているのでその繋がりだろう。
あ、テルウェスト神司祭がやたらごしごし目を擦ったぞ。
後で『微弱回復の方陣』でリカバリーしておいてくださいねー。
その涙を誤魔化すためか、テルウェスト神司祭は慌てて話題を変える。
「そ、それにしても、主神像の『錯視』は素晴らしいですね。まさか紫朴樹がこのシュリィイーレで咲いているところが見られるとは思っておりませんでした」
もしかしたら、カタエレリエラに朴樹はあるのかな?
俺がそれを尋ねると、残念ながらカタエレリエラでは紫朴樹も普通の朴樹も殆ど生えてなくて、王都の南側に多いようだった。
「朴樹は大樹海の際に多く育つ木ですから、王都やリバレーラに多いですね。コレイルとルシェルス、カタエレリエラは大樹海との境に山脈や高地があるので朴樹があっても遠くから眺めるばかりで、苗木を取れないのですよ」
なるほど、リバレーラや王都しか平地で朴樹を見られる領地はないのか。
ううむ、それだと苗木ゲットは難しそうだな。
なんせ大樹海は『不可侵の神聖なる
やっぱりこの周囲の森でワンチャン、あるかどうか、だな。
よし、明日にでも西の森に捜索に出掛けるかーー!
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