第675話 主神像のお引っ越し

 感動の誕生会の深夜、すっかりお引っ越しの済んだ教会は静まりかえり、がらんとしている。

 聖堂の主神像を転移させるべく、ビィクティアムさんと数名の衛兵隊員、そしてレイエルス侯とレイエルス神司祭に立ち会っていただいている。

 テルウェスト神司祭がいらっしゃらないのは、神官さん達と試験研修生宿舎へのお引っ越し作業中だからだ。


 この建物の改築中は王都ともセラフィラントとも越領門が使えなくなるので、神像を移したらすぐにレイエルス侯とレイエルス神司祭は王都へお戻りになる。

 ビィクティアムさんはシュリィイーレに留まるので、王都やご領地での必要作業は頑張って終えたらしい。

 そーか、それでドクターストップかかるほど、疲労しちゃった訳か。


 主神像に祈りが捧げられ、少しだけ傾けられた像の下に『転移の方陣』が描かれた金属板が差し込まれる。

 転移先の『目標の方陣』は、予め作ってあるあの屋上に作った台座の上に描かれている。

 この『転送の方陣』に魔力を入れて発動させると、主神像は屋上に転移するのだ。


「この方陣のおかげで、神像の移動負担がなくて助かる」

「まったくです。神像の移動には、移動経路の通行規制などがあって大変ですからね」

「左様、その後の移動先も警護やらなんやらで、気を遣う。まこと、タクト殿の作られたこの方陣は素晴らしいものだ」


 お役に立てて光栄です。

 では、俺は遊文館屋上に転移いたしますね!

 夜の遊文館に入れるのは、この面子では俺だけですからね。



 俺が屋上に着き、暫くすると主神像が無事に姿を現した。

 この近くには、今、子供達も誰もいないのだが、万一のことを考えて俺は『レェリィ』である。


 そして届いた主神像の位置を微調整して、設置は完了。

 錯視させるために組んだ【文字魔法】を発動させて……今の時間は主神、天光が顔を出したら紫朴樹として見えるように。


 設置が終わってひと息ついたところで、いつも屋上に来る子のひとりヴィエーシアが主神像に気が付いたようだ。

 じっと見つめて、立ち尽くしている。


「主神様が……来てくれたの?」

「……きっと、今だけ様子見に……かな。教会の造り替えをしているからね」

 ずっとは、見られないからね。

 主神像を無闇に作って置くことは、教会法で規制されててできないからなぁ。


 いつも彼女は一番東側端の方のベンチに行くはずなのに、主神像が見えるベンチに慌てて陣取る。

 なんだか、いつもよりニコニコしている気がする。

 その夜、主神像に気付いたのは彼女だけだったようで他の子達の動きはなかった。



 教会に戻って設置完了の報告。

 ビィクティアムさんから労われ、レイエルス神司祭とレイエルス侯とはしばしの間のお別れの挨拶を交わす。


「このふた月であの大量の貴重な資料を何処まで整理できるか、だな」

 レイエルス侯は、ガイエスが見つけて送ってくれたミューラの議事録などの資料に、かなりやる気を刺激されているようだ。

 流石は、司書書院管理監察省院の省院長殿だ。

 そしてレイエルス侯も、ミューラの神典や神話にも興味津々らしい。


「我々も確認はいたしますが……おそらく、近いうちにタクト様に翻訳をお願いするものが幾つかあるかと思います」

「嬉しいですが……ちょっと、お時間をいただくかもしれませんが、よろしいですか?」

「それは勿論ですよ。とんでもない本の量でしょうから」


 レイエルス神司祭は俺の所に続々と届いていた本をご存じなので、苦笑いしつつもお気になさらず、と言ってくださった。

 優先順位付けていますからね、それ相応のお時間がかかる……かも。



 翌朝、繊月せんつき一日になると教会の周りには足場が組まれて解体が始まった。

 全部まっさらにして全て新しくするということではなく、再利用できる素材や彫刻などもあるのでそれらを仕分けしながらの作業だ。

 石工師組合の皆様、建築師組合の皆様、宜しくお願いいたしまーす!


 取り外された彫刻やレリーフはしっかりと洗浄されて再加工が施されるものもある。

 今までの『町教会』と『聖教会』では階位が違うのだから、当然装飾もグレードが変わる。

 だけど『歴史を重んずる』ということなのだろうか、今までの調度も別の場所などで再利用されるのでサイズ変更などの加工が行われるのだ。


 おおー、あっという間にバラバラになっていくものだなぁ。

 魔法があるからできる作業なんだろうが、やはり手早い。

 外門事務所改築の経験が、皆さんの自信とスキルアップに繋がっているのだろう。

 魔法ってメンタルの強さも、ある程度威力や持続性に影響するみたいだからねー。


 俺は、遊文館屋上で主神像の錯視が上手く働いているかのチェックである。

 屋上では長閑にお散歩を楽しんでいたり、緑の中での読書を楽しむ子供達がいたりといつもと変わらぬ光景だが突然現れた紫朴樹むらさきほおじゅを見上げている人々もいる。


 花は今はまだ蕾のままだが、明日から毎日少しずつ位置を変えて開いていくように見せるのだ。

 こういう大きめの花がシュリィイーレでは咲かないから、きっと珍しいだろう。


 うーむ、ひと月後くらいには新しく本物の朴樹が欲しいのだが……どっかで手に入らないかなぁ。

 あ、その前に試験研修生宿舎に行って、テルウェスト神司祭のお部屋の目標鋼のチェックをしないと!

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