第670.5話 王都省院金証専用休憩室

「あぁー……目が疲れるぅー。なんだよ、あの本の山ぁ」

「タクトとうちの方陣魔法師の『成果』のひとつだ。まだこれくらいなら、温和しい方だぞ」

「……落ち着いてるよね、ビィクティアム……何、それ?」

「昼食だ。おまえの目の前にもあるだろうが、テオファルト」

「いやいや、違うじゃないか、中身!」

「俺のはタクトから『暫くは絶対にこれを食べるように』と渡されたものだ。確か……『かんりえいようし? 推奨』……とかなんとか言っていた」

「つまり、神聖魔法師聖神位輔祭からの指導食……ってことか?」

「そうだな。俺専用の献立だから、絶対に残すなと言われた」

「旨そうだね……」

「ああ、旨いぞ。タクトの作ったものだからな」



「あら……珍しいですね、セラフィエムス卿とカルティオラ卿が、ご一緒に省院の休憩室にいらっしゃるなんて」

「お久し振りです、ナルセーエラ卿ラフィエルテ殿」

「そうですね、カルティオラ卿とは賢魔器具統括管理省院の創設すぐくらいにお会いして以来、お話しできませんでしたものね」

「まだお忙しそうですね、賢魔器具統括管理省院は」

「ええ、そうね。ビィクティアム殿が仰有っていらした意味が、わたくしもようやく解って参りましたわ……ホント、タクトさんときたら……どれほどのものをお作りなのかしらと呆れるやら楽しいやら」


「そう言っていただけると、これからのものもお渡ししやすくなる」

「……まだ、ございますの? 先日お預かりした『事前購入式・飲料転送杯』なんて、魔法自体は方陣でもあの器の作りだけで法具扱いになりそうですのに」

「それは困るな。せめて『魔道具』に留めておけませんか? シュリィイーレの採掘場で、日常的に使いたいものですし」

「多分、タクトさんがお作りになる器でなければ、大丈夫ですけど……はぁ……あの金属の加工……『冶金やきん』でしたか、あんなにも質のいい金属を作れてしまうなんて」


「そうなると、素材から『神聖属性』なのかい、ビィクティアム?」

「おそらくそうだな。俺の【星青魔法/剛】では、なんとか使われている素材は解るがあそこまでの精製はまだ不可能だ」

「タクトくんの冶金は、最上級の魔法で神聖属性ってことになる訳か……確かに『賢魔器具』だなぁ」

「素材だけでなく、使われた技能とできあがりの品も、ですね。あれほどの薄さの金属を使用しているのに強いというのは、素材だけでなく作製に使われた魔法と技能が高度だからでしょう。そういえば、タクトさん『神具師』の二次職まで得られたと伺いましたわ」

「えええーーっ?」


「しかも、賢神一位加護の『創錬』とか……本当に、町の商人組合や魔法師組合では、手に負えなくなるところでしたわね」

「うわー……それって、閃光仗とか千年筆もその扱いになるのかい? 三椏紙も?」

「タクト自身が全てを作り上げたものでなくば、大丈夫だろう。三椏紙、樅樹紙などは製造自体は別工房だからな。閃光仗と千年筆は魔法付与だけだから……精々『上位魔具』だろう。保存食の袋などは……どういう区分にするか……」


「その基準、シュリィイーレに伺う頃には、明確に制定できますわ。あ、そうそう、リバレーラ各衛兵隊での閃光仗の配備も終わったわ。ありがとう、お二方」

「それは良かった。葡萄園も魔虫が出やすい場所でしたから、配備が終わったのなら安心だ」

「特に、あの麻痺光は素晴らしいわ。まさか、微弱雷光であんなことが可能だなんて思わなかったけど、魚介の密猟者達にも農産物の窃盗犯にもとても有効で助かるわ」

「被害は魔虫だけかと思ってたけど……まだいるのですか、そういう馬鹿共が」


「落ちぶれた元従者家系とか、犯罪まで行かなくても目に余る行為をしていて廃籍となった神職が多いわね。楽して稼ごうとする愚か者ばかりよ」

「元『下位』の者共は、相変わらず怠け癖が直っていないようだな」

「リバレーラは特に、よ。最近はそのことで、コレイルとカタエレリエラも悩んでいるみたいだったわ」


「ああ、それは僕もルーデライト卿から相談されたよ。元下位出身の神官達が酷いみたいでね。今回の教会階位制定と人事は、あの全皇国民階位改正の時以上に大混乱のようだ」

「勤勉な臣民達と違い、既得権益とやらが絡むからだろうな……そもそもそんなものがないのが当たり前だというのに、どうしてああも楽をしたがるのだか」


「そうよ。楽をしたいならば、タクトさんのように『何をしたら手間が省けるか』ということから、考えていけばよいのだわ」

「思いつくほど、知識や閃きのある者が少ない、ということだろう」

「詰まるところは、知識……かぁ。ああ、またあの本の山を思い出しちゃったよ……」

「あら、貴族家門の蔵書整理?」


「いいや……ミューラ関連だ。どれもが『国家機密』に等しい議事録が、大量に発見されてな。シュリィイーレでもセラフィラントでも置いておけない『重要文献』なんで、法制から場所を借りている。魔毒の件やあの革命ってやつのことも……色々、書かれているようでな」

「……!」

「リバレーラも無関係ではないだろうから、目処が立てばすぐに報告をしますよ。整理がつき次第、皇国語以外のものについては訳文をまたタクトに頼むことになるだろうが、今は聖教会と魔法法制省院の調整待ちだ」

「ええ……宜しくお願いするわ。リバレーラも……あの国には随分と、思うところがありますもの」


「待機の間に少しでも整頓して、優先順位を付けようと思ってね。ただ……古代マウヤーエート語とタルフ語、それにミューラ語が入り交じってて解りづらいのなんの」

「今は言語別に分けているだけなのだが、あの辺りの国々は、ヘストレスティアより混乱していた時期が長いからな」

「おまけに少数民族も関わっているし、文字なのかただの記号なのかの判別のつかないものまであるじゃないかぁ……タクトくん、よく読めるよねぇ、こんなの」


「ヘストレスティアでも、過去の文献探しをしているのですって?」

「ああ、ヘストレスティアと言うよりは、纏まる前の……ディエルティ王国時代のものがあれば、と思ってな。食糧供給との交換条件だ」

「そうね。あの国から『貨幣』で貰っても、意味がないものね。リバレーラで協力できることがあったら仰有ってね? 物資でも人的資源でも」

「リヴェラリムの力は、今でも随分と借りているよ。あの家門は傍流の方々も手際がいいな」

「そうでしょう? 自慢の扶翼だもの」


「……」

「なんだ、テオ?」

「自慢、して欲しいなーって」

「もう少し、整理整頓と保管管理が上手ければなぁ」

「誰にでも得手不得手はあると思わないか?」

「不得手が飛び抜け過ぎててなぁ……」



「おおっ! こちらにいらしたか! 引き取りに参りましたぞ」

「こんにちは、レイエルス侯」

「ナルセーエラ卿もいらしたとは。いや、ご挨拶が遅れて申し訳ない。賢魔器具統括管理省院は如何ですかな?」

「これから大変そうですけど、それは司書書院管理監察省院も同じですね」

「左様ですなぁ。ビィクティアム殿、皇国語記載のものについてはこちらでお預かりして精査いたします故、お手伝いいたしますぞ」


「随分と精力的ですのね、レイエルス侯」

「はっはっはっ! シュリィイーレで遊文館を拝見しましてな! 子供達が実に楽しそうに本を手に取り、読んでいる姿を見まして……『本』や『知識』というものは、我々が考えている以上に、子供達の笑顔を得られるものと再確認いたしました。正直、ちょっと涙が出そうでしたよ」


「まぁ……益々楽しみになりましたわ、遊文館!」

「ですからな、あらゆる本を適切に最高の状態で保管し、継いでいかねばなりません。素晴らしい本は子供達だけでなく、多くの臣民達に読んで欲しいですからなぁ。さささ、セラフィエムス卿、その『分類』とやらのやり方を、お教えいただけますかな?」


「ありがとう、レイエルス侯。よしっ、テオ、分類整理、再開するぞ!」

「他のやつにも手伝わせたいーー」

「無理を言うな。あれはまだ機密事項で、滅多な者に触らせる訳にはいかん」

「解っていますよ……よっし、頑張るかぁーーっ!」

「それでこそ、うちの扶翼だ。頼りにしているぞ」

「……」

「なんだ?」

「もう一回言ってくれ。元気が出そうな気がする」

「子供みたいなことを言うなよ……」

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