第670話 進展してる?

 教会の皆様が、そろそろ衛兵隊の試験研修生宿舎に一時的にお引っ越しする準備に入る頃。

 王都聖教会から『神話五巻』の発見と、その正典が書き上がり各教会への配布が始まったとの発表がされた。

 これにて神典・神話の原典が全て揃い『正典』が完全復活したのだということで、祝賀の祭りが後日行われる……らしい。


 そして『神約文字』という古代文字と似てはいるが、神々との対話のためだけに使う文字の存在も承認された。

 だが、特定の儀式などに使用を限定する文字であるということなので、臣民達にはさほど関わりがないと思われている。

 神約文字の方陣については、まだこれといった発表はされていないので今後の検討次第になるだろう。


 これらの発表で各方面に衝撃だったのは、神司祭位と領主・次官・各省院責任者の兼任不可の決定に伴うドミナティア神司祭の神司祭位返還であった。


 更に、皇国中全ての教会の大規模な人事異動が行われ、司祭、神官、神従士達の新たな階位の制定と昇位、降位の確定と移動先が示された。

 既にほぼ終わっているマントリエル以外は、繊月せんつき初日から剣月けんつき最終日までに完全に異動を終了させるようにというお達しがあったのも、なかなかのインパクトだったようだ。


 神職の異動は今回も領内のみではあるがかなり大きく動いており、教会自体の規模が変わる町も少なくなかったらしい。

 その采配は各領地の次官様達によって行われ、あちらこちらで快哉と悲鳴が入り交じっているようである。

 ……ファイラスさんが、トローメロのタルトを頬張りつつ、によによとしてそう言っていたから、悲鳴、の方は本当に『阿鼻叫喚』レベルだったかもしれないと勘ぐっている。


 シュリィイーレ教会は、人事異動については既に蚊帳の外なので穏やかなものだ。

 目下のところ、シュリィイーレ教会で大変なことといえば改築のための一時的なお引っ越しである。

 お引っ越し先の試験研修生宿舎が皆様かなり珍しかったらしくて、視察の案内をしたチェルエッラさん達がランチタイムに食堂に来て楽しげに話していた。


「神従士の三人はなーんか、可愛かったわねぇ!」

「ふふふ、そぉねぇ。部屋の中に小さい流し台があるとか、二間続きで保冷保管庫があるのも吃驚していたわね」

「タクトくんが監修したって教えてあげた時は、神官さん達まで騒ぎ出すしー。なんだか、皆さんの印象が変わったわ」


 概ね、可愛いとか、微笑ましいということのようで、衛兵隊のお姉さま方は大変好印象を抱いたみたいだ。

 神職って真面目でお堅いというイメージが先行しているから、ちょっと緩い部分が見えると『可愛い』に繋がるのだろう。

 ギャップ萌え、とか言うやつだろうか。


 今日は中を見ただけで引っ越しは後日。

 なので、今日中に『移動の方陣』を使ってもらうための、仕込みに行くことになっている。

 神務士トリオのレトリノさんとシュレミスさんは、行きはよくても帰りの魔力が足りなくなってしまうことも考え、各自の部屋から最小魔力で行き来ができる限定移動目標を作ってあげなくてはいけない。


 アトネストさんは残念ながらまだ保有魔力が千を越えていないから、限定移動のみしかできない。

 歩くにしても東門の近くの試験研修生宿舎からだから、今までよりは遠くなってしまう。

 だから『移動の方陣』に頼ることは、多くなるだろう。

 負担にならないように、フォロー態勢も整えてあげなくては。



 さってー、最近は教会関連と遊文館関連ですっかりルーティン化してしまっていた育成系。

 裏庭の温室にやって参りました!

 春になったら試してみようと、待機していたものがあるのですよ!

 それは『赤水瓜あかみずうり』……スイカである!


 ガイエスがもらった種を発芽させることには成功したので、温室内で育てて夏になったらスイーツに取り入れるのだ。

 できあがったらリレリアさんにも差し上げて、ルエルスに故郷ライエのお菓子を作ってあげて欲しいから美味しく作らねば!


 赤水瓜スイカは、生育温度が二十八から三十度。

 この温度と日照時間がネックなので、それさえ解消してあげればなんとかなるだろう。

 小玉スイカならばずっとプランターで育てられるだろうが、どちらか解らないので定置植えにする。

 メロン様との連作障害を避けるために、場所をちょいとずらして作っておいた土もいい状態だ。


 まぁ、連作障害に関しては俺の場合、魔法で土整備ができるようになったので心配はないのだが。

 なかなか使える魔法だったよ、【星青魔法/柔】ってば。

 土のリカバリーができるなんて、本当に素晴らしい!

 それに【聖生充育】さんで、どの植物に最適な土壌かが解るしね。


 育てた苗の本葉が五枚ほど出ているので地植えをして、あとはメロン様と同じように温度管理と水分量管理。

 摘芯や整枝、追肥の時期を忘れないようにメモしておかなくちゃ……ふふふふふー、夏が楽しみだねー!

 だけど、もっと日照がある場所がいいんだよなー、本当は。


 ウキウキ気分のままお夕食タイムの手伝いに入ったら、ビィクティアムさんがいらしてちょいちょいと手招きをされた。

「あれ、お夕食を召し上がるのでは?」

「ちょっと時間がなくてな」


 えー、またご飯抜く気なのかなー?

 応接室に案内しつつ、ちょっと睨むと反論が返ってきた。


「……ちゃんと食べるよ。今は急いでいると言うだけだ」

 なら、いいですけど。

 俺は食べてても怒られるのだから、抜いた人はもっと怒られるべきなのだ。

 いやいや、八つ当たりではありませんよっ。


「書簡……と、本、ですか」

 ビィクティアムさんから手渡されたそれは、魔法法制省院と聖教会神司祭様方からの依頼書で、賢魔器具統括管理省院省院長ナルセーエラ卿の承認印が長桁仰々しいものだった。

 ……これからの御依頼事は、こんな感じに来るのだろうか。

 重い。

 物理的にも、心情的にも。


「この三冊はつい先だって、旧教会から発見されたものだ。正式に、タクトに訳文を依頼したいということだ」

 やっと来たかーー!

 重ねられていた一番上の表紙を見ると『生命の書・写し』と書かれている。

 俺が知りたい部分なのか、既に解っている部分かは中を見ないと解らないけど期待は高まるね!


「今は各家門の本がかなり届いているから申し訳ないんだが、この三冊を先に訳してもらえないか?」

「はい、それは大丈夫です! 他のご家門のものは数年間の猶予もいただいておりますし、今は遊文館の蔵書も皆さん読んでいる途中ですから、まだ新しい本を増やす予定はないので」


 コンスタントに増やしたいのは絵本くらいだから、ぜーんぜん余裕!

 それにこれらは、俺が一番読みたかったものだからね!


「無理はするなよ? まだ身体作りだって、完璧とは言えないんだからな」

「ちゃんと訓練は行きますし、食べていますよー。ビィクティアムさんも、しっかりお食事してくださいね」


 あ、黙った。

 しかも、目が泳いだ。

 また不規則なんだな?

 やはりセラフィエムス管理栄養士(?)として、もう少し献立に口出しした方がいいかもしれない。

 最近はファロアーナちゃんのこともあるから、どうしてもあちらのご夫婦優先になっちゃっていたからな。


「……おまえとガイエスが、とんでもないものを持ち込んでくれたからなぁ……」


 忙しいのでしたら、余計に食べてくださいよ!

 よし、俺のせいだというのであれば、完全栄養食をガンガンお持ちしちゃいますからねーーっ!

 お残しは厳禁ですぜ?

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