第672話 本は本を呼ぶ?

 ビィクティアムさんにくすくす笑われながら、そんな顔をするなよ、と宥められた。

 明日ちゃんと渡すことはできるのだから、取り敢えずは問題ないか。

 ……テルウェスト神司祭、後は宜しく……すみません、面倒なものになっちゃって……


「いいや、受け取った者からの申請ならさほど面倒ではないし、加護法具をいただけたとなれば、意気揚々と申請に行くだろう。相当、羨ましがられるだろうからな」

「そんなものですかねぇ」


 俺の呟きに、そうだよ、と紅茶を飲み干したビィクティアムさんは……一冊の本を手渡してきた。

「多くの蔵書が届いているだろうから大変で悪いと思うのだが、個人的にこちらの本の訳文を早めに頼みたい」

 渡された本は、皇国語ではなかった。

 でも、俺がガイエスから受け取ったどの本とも違う文字だった。


「これは、どちらの文字の本ですか?」

「東の小大陸のものだ。カシェナで……随分と昔に手に入れたものらしい。傍流家門の書庫から『何代か前に借りていたようだが、本家のもののはずだ』と返してくれた本の中にあった。現在使われているどの国の言葉でもない……らしい。もしも読めるなら、簡単に内容を教えてくれないか」


 表紙には何も書かれていない。

 中は……破損が酷いが、直せるだろう。

 現時点では紙がくすんでいて全く読めない部分が多いのは、ガイエスが送ってきたミューラのもののように羊皮紙の質が悪いせいだ。

 だが、この文字の感じ……アーメルサス語に似ている……?

 アーメルサス語の元かもしれないオルフェ語と、共通点がありそうだぞ。


「ありがとうございます……! かなり面白い文字のようです」

「おまえのお陰で、どの家門でも古い書庫の整理を始めたからな。まだこれからも、そういったものが見つかる確率は高いだろう」

「楽しみにしています! あ、あのカルティオラ家門でも使っていただいた『修復魔法付与の方陣』は、是非活用してくださいね!」


 それなんだが、とビィクティアムさんがずいっと身体を前のめりにしてテーブルに腕をつく。

 表情が少し、硬くなった。


「あれは『タクトの魔法』が付与できる、という方陣なのだろう? おまえの持つすべての魔法を、その対象とできるのか?」

 あ、神聖魔法とかに適用できるのかって意味だな。


「いいえ。『付与の方陣』で扱える魔法は、方陣としてできあがっているような魔法ばかりですし、個人の持つ魔法そのものを使える訳ではないです。ただ、俺の場合は『【文字魔法】で組んだ特定の条件を満たした魔法』も、付与できるということなのです」

「では、加護として得ている魔法そのものを付与しているのではなくて、【文字魔法】ありき、ということなのか」


 俺は少々大袈裟に頷いてみせる。

 そして改めて説明を始めた。


「はい、その通りです。方陣というものは、その魔法の一部分を取りだして使うことに優れている方式でしょう。そして条件の組み替えで、加護でいただく『恩寵まほう』に近いことができる。俺の【文字魔法】は、その『組み替え部分』を方陣以外の場所に書き出していても、方陣に組み込める……ということです。だから、俺が理解していないことや、しようとしていないことまでできてしまう魔法の付与はできません。【文字魔法】で言葉として表せる範囲のことを、特定の条件下で魔法として使うという指示が可能だというだけです」


 今度、解っている範囲だけでも【文字魔法】については説明しておくか。

 どうせ俺の持っている魔法は、生命の書改訂版には解明していることを書き記しておくつもりだからその時でもいいかな?


 ビィクティアムさんが明らかに安心した、というように息を吐く。

 心配してくれたんだろうな、俺の持っている魔法を『俺自身から引き出して』使ってしまう方陣なんじゃないかって。

 どうやら、俺が組んだやつは『神聖陣』扱いになりそうだって言ってたし。


 方陣の魔法は、残念ながらそこまでの威力も性能もない。

 たとえ全ての陣形を神約文字で書いて組んだとしても、神々の与えてくれた魔法には……絶対に届かないだろう。


 それは、魔法の全てを完全に言語化することができないからだ。

 同じ魔法であっても使う人の抱くイメージ次第で発現状態や威力が変わるのだから、文字で固定化したら一部分しか使えなくて当然なのである。


「……なるほどな。加護や魔力量に左右されずに発動できるのは、そういった条件の限定……というのも、おまえが言う通りなのだろう。だから、幾つかの方陣を重ねて順次発動で対応するということか」

「はい。まぁ、それも続けて発動できるものには、条件がありますけどね。その辺は、キリエステス家門の方々の方がお詳しいのでは」

「ヴォルフレートは、おまえとじっくり話したいと言っていたな。そのうち、打診があるんじゃないのか?」


 キリエステス卿の名前、だな。

 セレディエ皇太子妃殿下のお兄様って方だよなー。

 旧教会での探索では声だけしか聞けなかったけど、結構……ファイラスさんに似てるっぽい印象なんだよなー。


「今度の集会の時に話せるじゃないですか」

「『じっくり』は無理だろう?」


 まぁ、そーですね。

 新しい教会にはなんだかそういう『お偉いさんとの面談室』みたいなものもできそうだなぁ。

 聖神司祭様がいるから、当然だろうけど王都からの連絡も多くなりそうだし。

 だけど、うちに来られちゃうよりは、まだいいのかな?


 そんなことを言いつつ、手元で復元した本の中表紙に書かれていたタイトルの一部に『毒』の文字を見つけてしまい、俺は一旦本を閉じた。

 んー、これもちょーーっと嫌な感じの本っぽいー。


 いやいや、毒と薬は紙一重だし、毒を知ることで薬の開発は進むのだ。

 セラフィエムスでその研究をしているのは当然なんだけど……東の小大陸ってところが、引っかかるポイントなんだよなー。


 だけど、アーメルサスではあまり『毒』の言及がある神話とかなかったな?

 呪いはやたら沢山あったけど。

 アトネストさんに書いてもらったものを読んだ感じ、毒と呪いはイコールではないようだったし。


 となると、隣国であるタルフの影響で昔々の人が調べたものなのかな?

 カシェナという国は、公用語が皇国語になって随分と経っているみたいで『カシェナ語』というものは全くと言っていいほど痕跡がない。

 どうやら、現在は話せる人も全くいないのだという。

 文字がなかった言語なのかもな。

 そしてこの本の時代は、皇国語以外の国の文字が主流だったのかもしれないね。


 各方面から続々と『資料』や『史料』が集まってくる。

 百科事典だけでなく、各国の皇国語との対応辞典を作れとでもいうのだろうか……

 神々からのオーダーだとしたら、なかなかヘビーじゃないですかい?


 いや……

 俺が楽しんじゃっているから『ほら、まだまだあるよ』的な親切心……なんだろうか?

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