第667話 楽しむための方法

 さてさて、お腹もいっぱいになったところで遊文館にやって参りました。

 絵本コンクールコーナーは既に大体の準備ができているので、投票用紙と今回最終審査に残ったもののリストをあちこちに置く。

 投票箱をおいて、さあ、候補作品を並べていこうかな!


 俺が候補作を並べていくと、子供達がキラキラの瞳でこちらを眺めている。

 気になるよねー。

 今回は前回以上に。

 見たことのない形の『本』がいっぱいだもんねー。


 なんといっても『立体絵本』は前回のものもまだ人気があるし、今回は『動く絵本』があるのだ。

 いや、既に本と言っていいのかどうか。

 だけど、受賞作は司書書院管理監察省院に承認してもらって王都の司書館に入れるから、きちんと『本』の体裁にはするけどね。


 俺の展示作業が終わった辺りで、遠巻きに見ていた子供達がそろりそろりと近寄ってくる。

 なぜー、この子達がー、いつもみたいにー、俺に寄ってこないかというとー。

 今の俺は『変身・作業員モード』なのである。


 前回は夜中に設置したんで、俺が主催であるとばれる心配がなかったからそのままだったのだが……

 昨夜は、ヒメリアさんが爆買いしていった保存食補充で魔法を使い過ぎて、夜まで起きていられなくなってしまったのだ。

 ガイエスとの通信とか、本の整理整頓とか、意外とがっつり魔法使った一日だったからね。


 仮眠して夜中に起きようかと思ったのだが、全然無理でした!

 だけど、今日はレイエルス侯が遊文館に来てくださるから、是非とも展示して町の子供達が楽しんでくれてるところを見ていただきたかったのだ。


 モブに徹する作業員なので、なるべく子供達とは顔を合わせないようにして設置作業終了後は一度地下の秘密部屋に移動。

 で、変身を解除して『タクト』で図書室内に戻りましたら……おおお、お子達が新しい絵本の展示に群がっている。


「うわっ! うごくっ!」

「ここ回るよ! あーっ、絵が変わった!」

「やりたいっ!」

「待てよっ、順番だよっ!」


 やはり動く絵本は物珍しさという点では、ダントツの人気であろう。

 しかし、子供達が触りまくるからといって、俺の方では強化や耐性の魔法は一切掛けていない。

 応接室での審査の時は、汚れたり展示前に破損したりしないように強化や耐性を付与していたけど、今は全部外してある。


 そもそもが『子供達が触って動かす』と解っているものを作っているのだから耐久性があって当然で、繊細で壊れやすく気を遣って見なくちゃいけないのならば『お子様用』として相応しくないのだ。

 だから、この展示期間中に壊れてしまうようなら、遊文館に置いておける絵本ではなかった……ということになる。

 これもまた、審査基準のひとつなので俺がサポートはできないのだ。


「あけたら、えがでた!」

「すっげー! かっこいいーー!」

「本当にお花が咲いたみたいーー!」


 飛び出す絵本もなかなか好評だが、大人達は刺繍やステンドグラスの『絵』をじっくり見ている。

 子供達に珍しいものを独占されてしまったということもあるだろうけど、前回との比較か、技術や工芸品としての『仕上がり具合』を主に見ているみたいだ。


 ちょっと屈まないと見えにくいのは、子供達の身長に合わせているからだ。

 だけど、大人は椅子に座って見てもらうとよく見えるのである。

 ちょっと遠くなっちゃうから、文字は読みづらいかもしれないけどね。


 小さい子達だけでなく、シュレミスさんと一緒に算術理論を語り合っていた子達は『立体』に興味を持ってくれているみたいだ。

 あ、そうか、美しく見えるものって『黄金比』とか『白銀比』とかって言われているから、数学的にも興味があって当然かもね。


 そして『本』になっているスタンダードな絵本は、どちらかというと十代後半以上の子供達に注目されているようだ。

 多分、絵の技術的なものや、画風の傾向などをレトリノさんと一緒に画集を見て解説してもらった子達もいるだろう。

 今度は自分達が初めて見るものの『批評』をするのだから、ワクワクしているのかもしれない。



「ほぅ……これは素晴らしい施設だな」

 お、レイエルス侯とビィクティアムさんがいらっしゃったぞ。

 どうぞどうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ。

 レイエルス侯のことを見知っている方々は、ちょっと吃驚しているぞ。

 だけど、これで遊文館が司書書院管理監察省院認定施設と、傍流の方々にもしっかりご納得いただけたことだろう。


 そんな様子を見ていた俺は、いつの間にかエゼル達『書き方教室組』に囲まれて次の授業日程を聞かれた。

新月しんつきはちょっと忙しいから繊月せんつきに入ってからになるなぁ。それまでは、綺麗に書けるように練習しててよ。次は、方陣の呪文じゅぶんも書くからね」

「えー、もう練習帳がいっぱいで書けないんだよー」

「そうよ、タクトさん。最近書く量も増えてるんだから、新しいのが欲しいわ!」


 エゼルとアルテナちゃんの抗議に、他の子供達も頷く。

 そうか……大体一ヶ月弱で一冊だからそろそろ……では、今から教室に使っている部屋で配ろうか。

 在庫は、あの部屋の棚に置いてあるんだよな。


 スライド式吊り下げ棚から在庫を取り出して振り返ったら、子供達が吃驚したように俺を見つめていた。

 ……何?

「タクトさん……凄い力持ちなのね?」

「棚が……外れるほどの力って、凄ぇ……」


 あっ!

 このシステム、見たことないんだよな、みんなは!

 俺はこれは可動式の棚で、魔法がなくても軽く動く仕組みなのだと説明した。

 魔法があるせいかこういう『便利道具系』のものって、意外と少ないんだよね。


「タクトさんって、あの硝子製の栽培室も凄いと思ったけど……こういう『道具』も作るんだね」

 レザムが随分と関心を示しているし、アルテナちゃんとカムラールさんの長女キリエラちゃんは夢中で仕組みをスケッチしている。


「タクト兄ちゃんの作る道具、お菓子の物ばっかかと思ってた」

「僕も」

 いや、強ち間違いでもない。

「タクトにーちゃん! またお店の前で、たこ焼き作ってよー!」

「バルテムスはたこ焼き作り、好きなのか」

「好き! 餡入り焼きもいいけど、俺は絶対、たこ焼き!」

「あたし、この間のリエッツァがいい!」

「ぷぱーーーーねぇ! ぶわってするの、ぶわって!」


 おお、実演販売のお強請りが来てしまった。

 それが食べたいだけでなくて、道具を使うところが見たいってことなのかな。

 お道具系も……解説本を作るか?


 昔書かれた加護法具の本があるんだから、ありだよね。

 そーいえば俺、神具創錬師とかいう職ももらっていたんだったなー。

 だけど俺が思い付くものといえば……お料理用の便利グッズぐらいな気がするぞ?


 ……それでもいいなら、今度教えてあげようと言ったら、何人かの子供達がによによっとしたので『工作』もやってみることに。

 そのものを作るっていうより、新しい物を作るヒントを教えるって感じになりそうだなぁ。

 いや、方陣の魔道具作りを実践で取り入れるのは……ありだな。

 それだと、どっちも学べて一石二鳥、かな。


 ただ方陣を描くということだけでなく、どうやって利用するかが解った方が楽しく学べるかもしれないね。

 なんか俺も、楽しくなってきたぞっ!

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