第666話 亡国の本・未来の本

 という訳で、ガイエスくんにはカラフルなキャンディやら、ひと口チョコにアイシングしたものやらをたんまり送っておいた。

 ウエハースとかクッキーも、ピンクやアイボリーのチョコでコーティングして可愛くしてみた。

 遊文館にも入れてみよう。

 小さい女の子達は、こういう可愛い系が好きかもしれない。


 あちらでポピュラーな『動物を象ったもの』は、駄目なんだよねー。

 可哀相って言って食べてくれなかったり、馬、羊、山羊、イノブタ以外の形にしちゃうと『魔獣っぽい』って思われて敬遠されちゃうんだよ。

 俺が大好きだった鳩とかひよことか狸を象ったお菓子なんて、とてもではないがお披露目すらできないのだ。

 ……狸、こっちにはいないみたいだけどね。



 翌日、ガイエスが送ってくれたミューラの本や資料をガッツリ補修&複製。

 鑑定した時に遺棄地にあったものだから、魔毒とかあの粘菌くんとか付いてないかと思ったが全くなかった。


 ただ途轍もなく質の悪い羊皮紙なので【強化魔法】をかけないという訳にはいかず、やむなく方陣を使用して強化して耐性も上げておいた。

 現時点でも、なるべく俺の魔力は入らない方がいいだろうから。


 そして、オリジナルの方は箱詰めしてから荷馬車を借りて東門詰め所へと運び込む。

 三馬力くらい必要な積載量に見えるが、スーパーでの四人家族一日分のお買い物レベルくらいの重さである。

 しかし、衛兵隊員さん達にはめっちゃびっくりされた。


 昨日の第二次審査が終わった後も、レイエルス侯は試験研修生宿舎の一室にお泊まりになっている。

 試験研修生宿舎にどうしても泊まってみたかったらしい……

 今日は遊文館の視察もしてくださると言うから、お戻りの前に『ミューラの本』をサクッとご覧いただきたかったのだ。

 勿論、ビィクティアムさん達にも。


 だけど、多分もの凄ーーく嫌ーな気分の本だから、さっさとお渡ししちゃいたかったってのもあるかもしれない。

 複製ってさ、結構イメージ的に内容が残るんだよね……頭の中に。

 それが、全然楽しくないんだよなー。

 まぁ、物語とか神話とかじゃなくて、議事録や戦争についてだったりするからだろうなぁ。

 


「……また、とんでもないものを回収しやがって……」

 ビィクティアムさんが頭を抱え、レイエルス侯は顎が外れるのではないかと言うくらいに口を開けていらっしゃる。

 背景には『ドギャァァーーン!』とか、入れたい感じだ。

「こ、こ、このような、国家の機密とも言える文書の数々を……一体、どのように……」

 レイエルス侯の疑問に俺は、ガイエスから送られてきた経緯を掻い摘んで説明した。


「そうか……あの『転送の方陣』とやらを方陣魔法師が使うと……このように大量に送ることが可能なのか……」

 驚きを隠せず、それでも目の前の資料に釘付けなレイエルス侯と、冷静だが特に本を開くことのないビィクティアムさんが対照的だ。

 本の中身より、今後の各方面での対応を考えてて頭の中がフル回転なんだろうね。


「ガイエスは今、遺棄地……ミューラ近辺にいるのか?」

「はい、そのようです。今回のこれらの資料は、ミューラ王宮の議事録が纏めてあった部屋に置かれていたものらしいです」

「……亡国の、王宮」

「『愚者の記録』か……神々に見捨てられた経緯が、解りそうだな」


 他国を羨まず、他国の領地を欲することのない皇国では、奪い合い傷つけ合って自滅していった西側の三国が不思議で堪らないだろう。

 そんなことをしても何も手に入らないと知っているはずなのに、何故自ら神々から遠ざかろうとするのかと本気で意味が解らなかったと思う。


 神々と約束した大地以外では、全ての望みが叶わなくなると何故忘れてしまったのか……それがちょっとでも、解るかもしれない。

 そんな『理解の及ばない者共の記録』は、今後『悪例』として伝えていただきたいものです。


「これらは王都で引き取ろう。然るべき機関で精査し、場合によっては……タクト殿に訳文を依頼するやもしれぬがよろしいかな?」

「はい、勿論です、レイエルス侯」


 複製品でしっかり訳して、魔力の入らない印刷方法で訳文本を作ってお待ちしております。

 内緒、ですが。

 ちょっとっつやらないと、メンタルやられそうだからさー。

 

 だけど資料としては素晴らしいものではあるので、複製を作らないなんてあり得ませんからなぁ。

 最終的に取っておきたいのは、ほんの一部だと思うから……訳し終わったら、複製は完全廃棄、かなー。

 この町に『偽書』とか『他国の危険な思想の本』があるのは、マイナスでしかないもんな。


 あ、そうだ、教会の皆さんに遊文館ツアーしてあげるって約束したんだったな。

 教会が改修に入って、皆さんが落ち着いた頃にしよう。

 教会内での課務が暫くできなくなるから、遊文館で過ごす時間が増えそうだしね。

 神務士トリオの移動システムも、試験研修生宿舎バージョンで改良が必要だ。

 みんなの魔力量だけは、確認させてもらわなくちゃ。


 俺がそんなことを考えていた間も、レイエルス侯とビィクティアムさんはミューラ蔵書についての検証方法とか保管場所なんかの検討をしているので、取り敢えず俺はお暇することに。


 すると、レイエルス侯が昼食の後で遊文館を見てくださるとのことなので、俺もその頃に遊文館にいますとお伝えした。

 二次選考が終わった最終審査用の絵本達を展示する準備に行かないとね!

 今回も、きっと子供達は大喜びだろうなー。



 さてさて、俺のお昼ご飯だが……今日は二十一日なので、うちの食堂はお休みである。

 家で昼食を食べてもいいのだが、休みの時は以前から言われているように『他の人の料理』を食べることにしよう。

 えーと……折角だから、外門食堂に行きたいなー。


 東門食堂に行くと、今日の各外門食堂のランチ献立が書いてあるボードが目に入った。

 鶏肉……な気分じゃないし、シシ肉も昨日食べたし、煮込みじゃないやつがいいなぁ……


 んんん?

 なんだろう、ベルモーロフって……?

 自動翻訳さんが音だけを表記しているということは、皇国のオリジナル料理ということだね。


 不思議な名前の料理に惹かれて、俺は北門食堂へ。

 建設の時に、全部の外門事務所近くに転移目標を作っておいたのは正解だな。

 今では『移動の方陣』がすっかり定着しているから、外門施設とか教会なら転移だろうと『移動の方陣』を使ったんだと思われて不思議がられることもないのが嬉しいよね。


 早速食券を購入し、窓際の席を陣取って『ベルモーロフ』なる料理をワクワクしながら待つ。

 がこん、と音がして、ランチプレートが自動配膳システムで運ばれてきた。

 オープンサンドみたいなものかな?

 いや、具材がいっぱい入ってて配膳の時に開いちゃっただけっぽいな。


 ううむ、配膳速度と衝撃緩和を、もう少し考えよう。

 厨房の人達の魔力量を気にしなくていいなら、本当は各席に『転送の方陣』を仕込んでもいいんだけどねー。

 だけどそれをすると、回収もそうなっちゃうからなかなか大変なんだよなー。

 おっと、いかん、折角のお料理が冷めてしまう。


 見えているのは薄くスライスされたお肉が何枚もぎゅっと詰まってて、チーズと……酢漬けの甘藍ザワークラウトっぽいものが挟まっている。

 肉は……牛肉……あ、コーンドビーフだ!

 一度解して赤身だけにしたものを固めて、塩漬けにしているんだ。

 缶詰だとよく見る、コンビーフってやつだよね!


 ホットサンドだから、ほどよく脂が溶けてて堪らんー。

 旨ーい!

 なるほど、これライ麦パンだから『ルーベンサンド』ってのとよく似ているんだ!

 一度、食フェス的なイベント会場で食べたことがあるーー。

 おーいしーい!

 そーか、こっちでは『ベルモーロフ』っていう名前なんだね。


「懐かしいねぇ、カストーティアではよく食べたよ」

「あの辺は、美味しい牛肉がありましたものねぇ」

「この料理にする肉は切り落とし部分から作るんだが、こっちの方が旨いって人も多いんだよ」


 隣のご夫婦がそんな会話をしているのが耳に入り、エルディエラ南方の料理のなんだなと思いつつ、はむはむと口を動かす。

 使われているソース、サウザンアイランドみたいで美味しいー。

 あ、辛根菜ホースラディッシュが入っているから、ロシアンドレッシングの方が近いかも。

 うちでは辛根菜は使わないで山葵にしちゃうから、ちょっと風味が変わっちゃうんだよね。


 あー、美味しかったぁ。

 今日の担当店は……北東・紫通り十二番……ラウェルクさんの店じゃないか!

 道理で、いい牛肉が使われていた訳だ。

 コンビーフなら塊肉である必要はないし、無駄なく使えるもんな。


 魔法で脂を分けるなら、いい牛脂も作れて一石二鳥だなー。

 纏めて一頭買いしているって言っていたから、これからも面白い牛肉料理を作ってくれるかもー。

 それに、以前からラウェルクさんの店の酢漬け野菜の付け合わせは絶品だった。

 そっちもまだまだバリエーションがありそうで楽しみだな。


 俺の好物の再現もいいけど、皇国の各地の料理であちらの世界の料理と似た美味しい料理も結構あるよな。

 どっちも色々な種類を作って、魔法と身体にいい食生活の基本みたいなものを確立させたいなー。


 そしていつか、王都が『伝統的料理』ってものだけに拘らず、色々作ってくれるようになったらいいのだが。

 だけど、あの伝統的ってやつはそれなりに魔力量の多い料理だから、ちょっと味のバリエーション足すだけで劇的に美味しくなると思うんだけどなー。

 ……カレー粉でも送ってあげたくなっちゃうよね。


 俺が視えているみたいな加護のキラキラはなかなか視えるものじゃないって言ってたから、それを食材と料理方法、できあがった料理で本にして『皇国食事大全』みたいなものができたらいいなぁ。


 なーんか、あれもこれも書きたくて、百科事典作っちゃう勢いだよね。

 それも、悪くないか?


*****

『ちょっとっつ』はとある地方の方言です。

タクトくんは偶にあちこちの方言を使いたがるのでw

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