第664.5話 応接室の人々

「なかなか、はっきりとした娘さんでしたねぇ」

「去年、ウァラク衛兵隊に入ったばかりですが、非常に優秀な者です」

「そうか、エイシェルスというのを聞いたことがあった気がしていたのだが、初めてのシュリィイーレ最終試験で主席合格だった者か! ゲイデルエス卿が悔しがっておったな」


「ゲイデルエスの従者家系の者が試験研修生にいたのですか? 叔父上」

「いいや、おらなんだから悔しかったのだろうよ。彼女は、ヴェーデリアの従者家門であったようだからな。だが、ウァラク衛兵隊とはなぁ」


「彼女の志望理由には、ラシードもシュツルスも大笑いしていたらしいですよ」

「ほぅ? ハウルエクセム卿とサラレア卿が?」

「なんでも『制服が一番格好良かったから』ということのようです」

「はははははっ! なんとも、面白い娘さんですねぇ」

「それを素直に主家となる方々に言えるというのも……なかなか剛胆だな」


「彼女の生い立ちや皇国に来た経緯を聞くに……随分、色々とあったようですから」

「ディルムトリエンか。あの国は、未だに細々と続いておったな」

「すっかりドムエスタの傀儡でしょう。実質的にはもう、国としての体裁を保っていないようです。王族もほぼ瓦解しているようですし……ウァラクでは幾人か隠密を入れているみたいですが、そろそろ引き上げてくることでしょう」


「セラフィラントも、海から遺棄地に視察隊を入れたと聞いたが?」

「ええ、船上からの『撮影』のみですから、入ったとは言い難いですが」

「皆様、今日のところはその話は止めましょう。絵本の選定が先です」

「そうだったな、テルウェスト神司祭。さて、今一度こちらの本を読んでみるかな」



「ふぅ……今回も力作揃いですねぇ。これらが本になるのが、今からとても楽しみです」

「そうだな。こちらの伝承はテルウェストの話のようだし、こちらのものはリヴェラリムみたいですね。今回は、扶翼の話が多いのもいいですねぇ」


「第一回は英傑ばかりだったからな。確かに英傑の物語の方が、派手なものが多いから描きやすいのかもしれんが」

「穏やかで派手でないからこそ、絵にする場面の選び方などの描き手の実力が試されるのでしょうね」


「ふむ、そういえば、タクト殿から『他国の英傑や扶翼の可能性がある伝承』が、まだ随分あると聞いたがどうなったのであろうな」

「それについては、タクトが資料を集めている最中のようです。ガウリエスタ、アーメルサスについてはいくつか、ミューラやタルフからのものもあるようですので、時間がかかっているのでしょう」


「そんなにも広範囲から?」

「皇国に入ってきている帰化民たちが残している伝承が、地域によっては随分と変化しているようです。かなり『違和感』が大きく、解釈によっては危険を伴うものがあります。それらについては既に一部、レイエルス侯にお預けしているが……まだまだ、ありそうです。貴族達の蔵書にも、それが見て取れるようですから」

「なるほど……そもそも、皇国は昔から移民も多いからな。彼らの国の英傑や扶翼の話も混ざっている、ということなのであれば、解りづらいのも当然だな」


「タクト様は随分と細かくご覧になっているのでしょうか?」

「そのようですよ、テルウェスト神司祭。タクトは様々な文献から、各大陸の貴族の異名なども割り出し、その特徴や描写からどの国の伝承かの推理までしていましたから」

「ううむ……タクト殿のような人材が、我が司書書院管理監察省院にいてくれれば……!」


「あれほどの知識量のある方は、何処にもいらっしゃいますまい。それに、魔法も、技能も、魔力量も全てが破格です。中央省院では、その才能の全てを発揮できませんよ」

「……セッカ、おまえは全部『見て』いるのか?」

「職位再確認の際に。なんというか、もう、本当に『とんでもない』です」

「ああ、そうだな、その表現が一番適切かもしれない」

「セラフィエムス卿までもが、苦笑いなさるほどか。」


「そういえば、旧教会の三冊は如何なされた、レイエルス侯?」

「うむ、訳を試みたが、やはり神約文字はまだ正確には訳せぬと解っただけだった。タクト殿に頼ることとなろう。依頼状を後ほど、お渡しするつもりだ」

「……『神約文字』?」

「ああ、テルウェスト神司祭はご存じなかったか。そういえば、まだそれは公にはなっていなかったな」


「もうすぐ神話の最終巻についてのことと同時に、マントリエル公の神司祭退任、神約文字という『神々との対話の文字』についてのことが纏めて正式に発表されます。丁度シュリィイーレ教会の改築工事が始まる頃になってしまいますが」

「神々との対話の文字……!」


「あの『前・古代文字』と呼ばれていたものの正式名称として、セラフィエムス卿のご発案で神々に奏上したのですよ。それが神々に認められましたので正式呼称として使用いたします」


「神話の五巻も完成したのですか!」

「ええ、各教会への配布が始まります。写本の課務が増えますね。それに……やっと、タクト様とアトネストのお陰でその内容を上手く説明できそうです」

「……? アトネスト、ですか? レイエルス神司祭」

「はい」


「今年の春は……なかなか忙しいようですな、シュリィイーレは」

「ははは、タクトが来てから……割と毎年こんな感じかもしれません。レイエルス侯も……お忙しいのは変わらないか……もっと」

「そ、それは楽しみなような怖ろしいような……」


「発見や進展が多いということは、神々からのお力添えの証でしょう。これからも楽しみですね」

「そんなことを仰有ってられるのも最初だけかもしれませんよ、レイエルス神司祭。タクトの持ってくる案件はどれもこれも、俺達では考えも及ばないものや事柄ばかりですから」


「脅さないでくださいよ、セラフィエムス卿」

「俺が言っていることが脅しかどうかは、多分、すぐに解りますよ」

「本当に……怖いですねぇ……」


「ふふふ、これからは一緒にタクト様の素晴らしさを分かち合えますよ、レイエルス神司祭! 差し当たっては……自動販売機の使い方を後程、伝授いたしますね!」

「お手柔らかにお願いいたします、テルウェスト神司祭……」


「レイエルス侯、明日にでも遊文館をご案内しよう。レイエルスの蔵書をどれほど子供達が喜んでいるかが解りますよ」

「うむ、是非とも頼む、セラフィエムス卿!」

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