第664話 ご対面
「あ、ありがとうございました。あの、へっぽこ家門宛の手紙……ご迷惑をお掛けしてしまって……」
へっぽこ……って、あっ!
レイエルス侯に預けたエイシェルス宛の暗号レターが、ヒメリアさんの手元に渡ったのか!
うん……なんか、がっかり案件の割には情報量の多い手紙だったもんね。
「ごめんね、俺がついつい読んでしまって……」
「いいえっ! そのようなことは全然ッ! まったく! お気になさらないでくださいっ! 訳文までいただけて感謝しておりますし、ぜーーったいわたくしの手元に来ていても読めなかったと思いますしっ! ただ、あのような恥ずかしい者に育てられたと、タクト様とレイエルス侯に知られてしまったことに……落ち込んでおりましたの」
そう言って少し項垂れる彼女の髪には、あの手紙に書かれていて俺が修理した
睨んでいたように見えたのは抗議と言うよりは、あんなもの見つけられちゃって恥ずかしかった……ということか。
少し、お話よろしいでしょうか、という彼女に頷いたが……どうしよう。
ううむ、女の子とふたりきりで小会議室にいるというのもあらぬ誤解を生みそうだし、かといって物販スペースなんて誰が入ってくるかも解らないところで立ち話というのも……
やはり人の目がありつつも、話の内容が聞かれない方がいいだろう。
食堂の一番入口近くのテーブルがひとつ空いていたので、そこに腰掛けてもらって消音の魔具を使った。
いくら見知った衛兵隊の方々しか居ないとはいえ、プライベートの話だからね。
皆さんにも食べていただいている苺ルリィとアイスの皿を出すと、恐縮しつつも美味しそうに食べてくれた。
手紙の内容に驚かせてしまい申し訳ないです……と言う声が小さくて、まだちょっと気持ちは持ち直していないみたいだ。
ヒメリアさんは、自分がディルムトリエンの王宮内にある、女性達だけで暮らす場所で生まれ育ったと聞かせてくれた。
ほぼあの健康診断の時にマリティエラさんに話していた内容と同じだったのだが、俺としても、申し訳ない気持ちを抱えながら初めて聞く振りをしていた。
「その手紙を書いたのは、乳母として私の側に……居たり居なかったりした人ですの」
それってどっちなんだ。
「小さかった頃は、多分、居てくれたのだと思います。本を……読んでもらったような気もしますし。皇国語の読み書きは、基本的なことだけ教えてもらいましたわ。ディルムトリエンの王宮では、皆、皇国語で話しておりましたし」
「ディルムトリエン語は?」
「年上の女性達同士では話しておりましたけど、男性と話す時は必ず皇国語でした」
面白い文化だな。
ディルムトリエンの公用語が皇国語だったなんて、今まで見た本ではどこにも書いてなかったけど……どっちかというと、ドムエスタに近いと思っていたんだけど。
ディルムトリエンって資料が少ないんだよな。
ちょっとだけ持ち直してきたが、まだ少しいつもよりテンションの低いヒメリアさんに他にも何か心配事があるのだろうかと聞いてみた。
「実は……レイエルス侯からも、お手紙をいただいてしまっているのですが……どう……お返事を差し上げたらいいのか……まったく……」
そうか、いきなりなんの接点もない士族のご当主から手紙なんてもらったら、そりゃーどーしていいか解らないよなぁ。
……今、いるよね?
直接言っちゃったら……駄目かな?
「は?」
「今、いらしてるから。手紙書くより、手っ取り早いと思うけど」
ヒメリアさんが、もの凄く面白い顔で固まっている。
驚きというか、呆れているというか、多分もの凄く困っているって顔なんだろうけど。
「レイエルス侯とレイエルス神司祭がいらっしゃるから、いっぺんに終わるよ。ちょっとだけ顔出して、お礼を言ったらいいんじゃないかな」
そしたらすっきりしてお休みを楽しめると思うよ、とほぼ無理矢理手を引いて応接室に連れて行った。
一応、扉を開ける前に立ち止まって、いい? やっぱ止める? と聞いたら、一度口を真一文字に結んだ後、力強く『ご挨拶いたします!』と言った。
こういう思いっきりの良さは流石だよね。
ハウルエクセム卿やサラレア卿に『不死鳥の背刺繍』をプレゼンしただけはあるよ。
だが、室内を見てまたしても彼女は石像のように固まり、小さくパクパクと口を動かす。
「セラフィエムス卿……まで、いらっしゃるなんて、聞いておりません……」
あ、ごめん。
忘れていたよ。
でも初対面って訳じゃないんだから、ビィクティアムさんのことは平気でしょ?
……平気……でもないか。
俺が色々と麻痺しちゃっているだけ、なのかなー。
ごめん、ごめん、大丈夫だよ、不敬罪になんてならないからっ!
ビィクティアムさん達がヒメリアさんに一斉に注目したからか、更に彼女はカチンコチンになってしまったのでレイエルス侯にこそっと耳打ち。
するとレイエルス侯は、そうか、と立ち上がり、彼女に改めてすぐに手紙を渡せずにすまなかったと謝罪なさった。
あー、ヒメリアさんが真っ白に燃え尽きそうだ……
ビィクティアムさんがちょっと微笑んで声を掛ける。
「エイシェルス、シュリィイーレではそんなに緊張しなくていいぞ。特に、この食堂ではな」
「は、ははは、いっ!」
そして、すぐにふうぅぅぅーーっと、大きく息を吐き、姿勢を整えてレイエルス侯に向き直り、しっかりと礼をとる。
こういうところ、流石だよなぁ、ヒメリアさん。
元王女様ってことより、衛兵隊員斯くあるべし、という矜持なのだろう。
格好いいなぁ。
「レイエルス侯、お目にかかれて光栄でございます。エイシェルス・ヒメリアと申します。この度は、我が家門宛の書状を長期に渡って保管してくださった上に、態々お届けくださいまして実にありがとうございました」
落ち着いた声でしっかり発音できてて、これはビィクティアムさんも鼻が高かろう……と思ったら、想像以上にドヤ顔だ。
「そして……お読みになって、さぞかし、ご不快でいらっしゃったかと思います。申し訳ございませんでした」
「何を言うか。君のせいではないぞ、エイシェルス。いや……本当に、タクト殿が訳してくださらねば、いつまでも君に返すことができなかった。そして……どうするね? 君の父を探したいということであれば……伝手はあるが?」
そのレイエルス侯の提案に、真っ直ぐ視線を外すことなくヒメリアさんは即座に、いいえ、と応えた。
「わたくしには信頼できる『家族』がおります。わたくしが生まれたことすら知らぬ方を、今更父とは呼べません」
その言葉と瞳の輝きに嘘や虚勢がないことは、看破の魔眼などで視なくても判る。
レイエルス侯もそして聞いていた他の三人も、彼女の決断に異を唱える者も意見する者もいない。
当然、俺も。
そして彼女は衛兵隊員としての敬礼をし、一歩下がると俺にありがとうございました、と声を掛けてくれた。
俺は頷いて、扉を開ける。
その部屋を出た彼女を見送る応接室の四人は、微笑んでいた。
ヒメリアさんと一緒に応接室を離れた俺は、後ろから小声で大丈夫? と声を掛けた。
くるり、と振り向き何度か瞬きをしたかと思うと、泣きそうな顔になる。
「怖かったですぅーー……」
「……ごめん、あんなに緊張するとは。だけど、立派だったよ。ちゃんと自分の気持ちを言葉にできていたんじゃないのかな」
その場でしおしおとなって、へたり込むように屈んでしまった彼女を食堂の椅子に座らせる。
本日は『頑張ったで賞』ってことで、追加のスペシャルケーキを出してあげよう!
そしてこの後は、思いっきりお買い物をお楽しみください!
……在庫補充、頑張らねば。
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