第661話 出立と見送り
翌朝、出立前にカバロとガイエスが寄ってくれた。
どうやら、ガイエスが自販機で最後の買い物をしたかったからのようだが、今回の来訪で初めてカバロを撫でられた。
相変わらずスリスリしてきて可愛いーー。
エクウスもこれくらい懐いてくれるかなぁ。
「あ、忘れてた……野菜の焼き菓子って、これからも作るよな?」
「うん、あれは人気だし。遊文館の子供達も、大好きだからね。おまえも好きなんだっけ?」
前回うちの自販機になかった時に聞かれなかったから、そうでもないと思ってた。
ガイエスは買いたい物が在庫切れの時って、必ず聞いてくるイメージだったからな。
「俺はそうでもないんだけど、カバロが好きでさ。家畜医の医師も『馬用として完璧』って言ってたし」
……褒められているのかな?
人用を作って馬用として評価いただけるのって、なんだか微妙。
ガイエスは俺のもやっとしている表情に気付いたのか、ちょっと慌てたように言葉を続ける。
「だけど、
フォローしてくれているのかな?
小麦の表皮と胚芽のことだよね、麬って。
麬は、出ないんだよなー。
小麦はうちで挽いてる訳じゃなくて、ロンデェエストで挽いてくれたものを買っているからね。
そうか、カバロと一緒に同じものをおやつに食べたい……とか?
「悪いが、麬を仕入れるつもりはないよ。シュリィイーレには粉挽き場もないし、ロンデェエストから入ってくるのは挽いてある小麦だけだからね。家畜医さんはレーデルスとか、ケレアル辺りに買いに行ってるんだろうな」
「そうか……馬の飼料が沢山あるから、色々と材料が入って来てるのかと思ってた……」
「飼料として作られてから市場に入ってきている基本のものがあって、それに飼っている馬の好物を少し混ぜ込んだりしてあげているようだから。うちの野菜の焼き菓子が好きなら、もう少し脂分を少なくすることはできるぞ」
人用としてはあまり美味しくなくなっちゃうかもしれないけど、馬は脂分があまり好きじゃないってのは聞いたことがある。
そりゃそうか、草食動物なんだもんな。
ガイエスの持っていた野菜クッキーを二枚貰って、一枚から脂質を抜いてやる。
その二枚をカバロの目の前に差し出すと、ちょっと首を動かしてまるで鑑定でもしているかのように眺めた後で、脂質を抜いた方だけを食べた。
ヒヒヒンっ
「脂を抜いた方が好きみたいだな」
「……よく解るな、カバロ。匂いか?」
ガイエスはカバロに話しかけるように聞いているが、まぁ、答えがある訳でもなく。
ちょっと小首を傾げるようなカバロが、可愛かっただけだった。
ガイエスにも脂質抜きをして食べさせてみたが、微妙な顔つきだったのでやっぱり人用にはある程度の脂質がないと美味しくはなさそうだ。
「同じもので脂抜きをしたものでよければ、カバロ用として作ってもいいよ。だけど、干し葡萄が入るのは夏場までで、林檎が出てきたら林檎入りに変えるけどいいよな?」
「ああ! 多分、カバロは林檎入りの方が好きだと思う」
そりゃよかった。
林檎は
お、おおおっ、カバロは俺がおやつを作ると解ってんのか、ご機嫌そうに肩の辺りをスリスリする。
いや、ガイエス、ジト目で見るなよ。
その時、市場帰りに自販機に寄ろうと思ったのか、ミオトレールス神官とアトネストさんがやって来た。
ガイエスはこの後教会に行って、今日出発するとアトネストさんに言うつもりだったらしい。
ナイスタイミングだね。
「そうだったのか……すまない、なんだかゆっくり話もできなかった」
「今回は仕方ないだろう。祭りもあったし、教会の昇位もあったんじゃ。儀式的なものは、全部終わったのか?」
「ああ、昨日全部」
昨日、王都から昇位認定の『教会階位章』と新しい『教会所属者表』が届いたはずだ。
それの授与式と掲示式は、教会所属の神職のみで行われるので民間輔祭は参加はできない。
後で、掲示されたシュリィイーレ教会メンバーリストを見に行こうっと。
その文字の見本も書いてくれって頼まれていたから、俺の
「で、忘れ物はないか、ガイエス」
俺がそう聞くと、ちょっと考えるようにして、忘れてたらまた連絡するとだけ言ってカバロの背に跨った。
「じゃあな」
「おう」
「ああ」
笑顔で軽く、明日もまた会えるというくらいの感覚で挨拶を交わす。
その後ろ姿を見送っているアトネストさんが、少しだけ淋しそうに見えたのはかつて冒険者だった頃のことを思いだしているのだろうか。
……それとも、ガイエスのやつ、あんまりアトネストさんと必要なことの話もせずにいたのかな?
俺と違ってアトネストさんとは来た時しか喋れないんだから、時間作ってたならいいんだけど。
うーん……あの時ちらっと感じた『嫌な雰囲気』はもうないんだが、なんとなく……心配なんだよなぁ。
身分証ケースの加護レベルも少し上げて、魔毒関連と魔力供給関連をフォローしておくかな。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第4話、『アカツキ』爽籟編 30▷とリンクしています。
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