第659話 ちょっと脅かし過ぎ?

 小会議室で、まずはオーダーいただいていたスイーツのご提供。

 今日はオルツから安定的に入ってくるようになったルビータイプグレープフルーツのゼリーとババロア二層重ねの上に、蜂蜜飴を糸状にした金色のふわふわを載せた『トローメロの泡ジュレ蜂蜜飴細工』。


 トローメロというのはオルツで新しく生まれたこの果実に付けられた名前のようで、オルツ港湾長リリエーナさん命名だという。

あかトローメロ』『黄金きんトローメロ』と自動翻訳さんがルビーとホワイトを区別している。


 確かに見た目としては『ホワイト』じゃなくて黄色だし『黄金きん』にしたのは、ビィクティアムさんの神斎術加護の『金色』に肖ったのだろう。

 オルツでは黄金トローメロの人気が、随分と上がっているようである。

 リリエーナさんからのお手紙にはとても自慢気に、微笑ましく書かれていた。


 ガイエスは蜂蜜飴より、砂糖的な甘さの方が好きみたいだけど、衣囊ポケットにいつも蜂蜜飴を持ち歩いているのは知っている。

 そのスイーツを半分以上食べたあたりで、さっき言い淀んだ『他国』について聞いてみた。

 すると、また歯切れの悪い回答。


「ん、と……なんて言うのが……正しいのか判らないんだが、もう『国』じゃない所に……行きたい、というか、見たいというか」

「様子見に行きたいってことか?」

「そう、なんだけど……見るだけで済むかどうか……」


 なるほど。

 行きたいのは『元マウヤーエート』のガウリエスタ・マイウリア辺りってことか。

 もう国じゃないからどう言っていいか解らないし、遺棄地だからそもそも行くことに問題がないかってことかもな。


 多分、西側諸国はアーメルサスからディルムトリエンの殆どまでのほぼ全域が『遺棄地』……つまり、魔毒に冒された土地になってしまっている。

 それは要するに大峡谷と同じ、オープンタイプの『迷宮』と言える。

 ……冒険者さんの心がくすぐられるのも、解らなくはないねぇ……


 ガイエスの場合はそれだけじゃない思いが、マイウリアにはあるだろう。

 ここんところずっと、ミューラが毒と結びついてきているから余計に『確かめたいこと』もありそうだよな。

 望郷の念、だけで済まない何かがあるから、少しだけ迷っている感じが漂っているのだろうか。


「マイウリアに行くなら、カバロは連れて行かない方がいいと思うぞ」

 俺がそう言うと、ガイエスは解っている、とばかりに拗ねたような表情になる。

「動物達は、魔獣にも魔虫にも勝てない。そして、穢れた土地では生きられない」


 これは神典にも書かれていることだから、ガイエスも知っているだろう。

 ヘストレスティアのようにまだ多くの人々がいて、その土地の穢れを『地下の迷宮内』で食い止めているならばまだ大丈夫だ。

 だけど人が離れ、大地を見捨ててしまったらその地の復活には、相当時間がかかるだろう。


 つまり、何より危険なのはそういう場所の大地は『どういう状態か解らない』ということだ。

 突然、硬いと思っていた地面が陥没するかもしれない。

 谷であればいつ土砂が落ちて来ても不思議じゃないし、大地が穢れた川ならば魔魚の遡上だってあり得るのだ。

 いきなり砂嵐に見舞われて、天幕に避難できたとしても埋められてしまって身動きとれなくなることだってないとは言えない。


「それと、おまえならもう試したかもしれないけど、カバロの天幕の中からは『門の方陣』は繋げられない。使えるのは『移動の方陣』だけだ。天幕あれ自体が結界の法具みたいなものだから、方陣の『門』で穴を開けたら天幕の結界自体が破れるから、もし天幕の上に何かが載っていたりしたら『門』が繋がったと同時にぺしゃんこだな」


 ま、繋がんないけどね。

 あの天幕境域結界は、神斎術と神聖魔法のコンボだもん。

 方陣門は起動しないんだよね、遊文館の中と一緒で。


「……そうなったら、俺は出られてもカバロは出られないってことか……」

「そう。そして『門』が繋がらないから、天幕の中に戻るには絶対に『目標の方陣』がないと駄目。だけど目標を設定した後に、うっかりその天幕が動いてしまったら……多分、二度と戻れなくなる」


 セラフィラント海衛隊で使っている『船上の目標』に戻れるのは、汎用タイプの『移動の方陣』とは少し方式が違うからだ。

 汎用タイプは目標位置を『定位置』に設定することで、目標場所での魔力供給がなくても使える。


 だが、船という移動する上に大地の加護がない場所に目標設定するためには『陸上魔力拠点』が必要になる。

 そのために、金属板か石板への『事前登録方式』になっている。


 これは目標鋼の設置位置の設定だけで移動を可能にするのではなく、魔力と名前を大地の加護が強い金属板または石板でも認証をするからだ。

 移動鋼・登録板に、身分証記載の名前か通称と全く同じ文字を記載して魔力登録を行う。


 その登録板に『船の名前』を認識させて『目標の方陣』にも書き込み港に置いておくことで、登録板を連動させて船が動いていない時だけに限りその船上を『大地と同じ状態』と仮定させられる。

 ……内緒だが【祭陣】の裏技みたいなものである。


 セラフィラントの魔導船や漁船などには、各船につき一枚はこの対応登録板を作ってあるので、乗船前に全員を登録させて登録板を港に預ける。

 登録板に書かれている『目標の方陣』と全く同じものが描いてある方陣鋼が船上にあれば、その船と港を『連携』させられる。

 そうしておくと、各自は自分の名前入り『移動の方陣』の札か方陣鋼を持っているだけで、船上か港のどっちかに移動ができる。


 このやり方で登録板を領内の安全と思える場所に置いておけば、緊急避難であっても越領せずに済む……が、それはガイエスだけだ。

 カバロは自分の魔力を自分の意思で特定の方陣に登録はできず、また移動時に方陣を使って魔法を起動することはできない。


 もしやるとしたら……カバロの身体に直接『移動の方陣』を描き、ガイエスの『同行者』としてガイエスの魔力だけを使って無理矢理移動させるしかないだろう。

 俺が掻い摘んで説明すると、そんなことができるのか、と怪訝そうな顔をする。


「できなくはない……と思うが、どれほどカバロに負担がかかるかは解らない」

「負担、か」

「ああ。方陣は魔力の出入口だ。方陣鋼が金属なのに無理なく魔力を出力できて、魔法にすることが可能なのは『そのまほうで魔力を出力する』という呪文じゅぶんが書かれているからだ。生き物の身体に直接方陣を描くということは、石や金属から強制的に魔力を引き出すのと同じことが生体で行われるということだよ。いくらカバロが多めに魔力を持っているとはいっても、人とは比べものにならないほど少ないし、人の魔力とは全く違う性質のものだ」


「魔力の性質って……なんだ?」

「人の場合は加護神とか、色相なんて言い方をするものだよ。動物と人では、全く流脈の形が違う。つまり、神々は生き物の種類ごとに魔力流脈の形を変えているから、人の魔法は人にしか使えない。そして、人の魔法は動物には『ある程度』しか耐えられない。なのに、カバロに方陣を描き込んで『カバロの魔力』を無理矢理引き出し『人の魔法』を発動させたら……身体中の流脈がどうなるかは、解らないよ」


 多分、馬や牛、驢馬くらいまでがなんとか使えるのが『門』の方陣だ。

 あれは白属性であり、移動時には必ず魔石をセットする。

 だから馬は自分の魔力をほぼ使うことなく、魔石の魔力だけで移動する。


 それに『門』は単発で身体に影響する時間が短い魔法だから、治癒や解毒、耐性などと違い長時間魔法に曝されることもなく体の内部にも魔力が入り込まない魔法だ。

 馬具や徽章についても、方陣が使われてはいても、カバロの場合は金属や魔竜の鱗といった、魔力保持力の高い素材から方陣への魔力が供給されている。


 ガイエスが心配性だからか、カバロの馬具には常に二個くらいは魔石が付いているからそこからの供給もある。

 だが、緊急で発動させる『移動同行の方陣』を使う時に常に必要量の魔石を付けているとは限らず、魔石をセットする時間なんかはないだろう。


 カバロの馬体をガイエスと一緒に『飛ばす』には、重さや大きさから考えても少なくともガイエスに必要な魔石の三倍は消費すると思う。

 そんなに沢山じゃらじゃら魔石をつけて歩いていたら、カバロの神経が過敏になりすぎて歩行どころではないだろう。


 と、まぁ、これは最悪のケースだ。

 しかし、それは想定しておかなくてはいけないことだからな。

「悪いが、現時点ではカバロを安全に緊急避難させられる方法は、全くない。考えてはいるが、形になるのはまだ先だと思う」


 めちゃくちゃしょんぼりさせてしまったが、おまえが『オープンタイプ迷宮』に行きたいなら覚悟しててくれってことだ。

 魔毒に冒された大地の災害は、予想外なことが起きて当たり前だからな。


 うーむ。

 しょんぼりしていても、スイーツは食べきるんだな。

 天晴れだ。

 おかわり、要るかい?


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』肆第2話とリンクしています。

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