第657話 主神像の仮住まい

「あ、でも、改修工事中は主神の神像はどうするのですか?」

 ビィクティアムさんの顔が少し曇り、それが一番の問題なんだよ、と溜息を吐く。


「他の領地で教会改修がある時は、領主か次官の公邸で一時的に預かる。町の中で最も『高い位置』に部屋があるからな。だが……シュリィイーレでは一番高い建物は『外門』だ。しかし、外門の三階は普通に俺達が出入りをするし聖魔法での結界は張れない。その上の歩哨も歩くから、主神像の上を歩くなんてことになる」


 なるほど……確かにそれはまずいだろう。

 全ての教会は一階に神像があるが、その上は必ず吹き抜けで人が決してその上に立つことはできないようになっている。

 シュリィイーレ教会も、主神像の上は遙か高くに天井があり屋根の上も人が入ることができない作りだ。

 教会の建物であればそれでいいのだが、一般の建物内部に神像を置く場合は必ず最も高い位置の場所で、人がその上を歩かないようにしなくてはいけない。


 建物としてシュリィイーレで一番高いのは外壁門であるが、その上には歩哨があるので三階といっても『一番上』ではない。

 そしてたとえ外壁より低い建物であろうと、領主公邸ならば問題はないのだが……シュリィイーレに領主はいない。


 ここでビィクティアムさんの家……という選択も、いい判断とは言えない。

 それは現在のビィクティアムさんの家は、公邸というものではないからだ。

 しかも、この町の在籍でない貴族の一般的な区画にある家なのだ。


「遊文館の屋上を、貸してもらうことはできないか?」


 思っていた通りの言葉が、ビィクティアムさんから出て来る。

 きっと、他の手がないかはかなり考えてくれたと思う。

 俺が輔祭だと知られてしまう可能性があることを、なるべくならば避けたいと思ってくれたはずだ。


 だが、これは仕方ないだろう。

 ここは、俺がなんとかせねばなるまいっ!

 大切なシュリィイーレ教会の改築工事だし、テルウェスト神司祭を始めとする全員に心配をかけないためにも。

 というか、多分、他に手立てがないだろう。


「そうですね……ちょっとだけ条件をつけてもいいですか?」

「なんでも言ってくれ」

「主神像があるとなると、それを目当てに遊文館に訪れる方が増えるでしょう。ですが、申し訳ないがそれは困ります。なので『何処に主神像を一時保管しているのか』は発表しないでください」

「……しかし、遊文館に行けば解ってしまうのではないか?」

「その辺は俺に任せてください」


 広さも強度も問題ないから、屋上に一時的に安置しておくことは可能だ。

 だが、神像があるとなると敬虔な信者の方々がお祈りにいらしてしまうのである。

 それは申し訳ないのだが、遊文館には相応しくないことだ。

 お祈りに来るのは、間違いなく『大人だけ』だから。


 だからといって、大人全員をその期間『屋上庭園入場禁止』にはできない。

 小さい子供達と一緒に散歩に来たり、子供達を見守るために来てくれている人達まで排除してしまうことになる。

 なので……昼間は主神像がそこにあると解らないように、ブラインドをかけさせていただく。

 それがもうひとつの条件だ。


「夜はいいのか?」

「夜に屋上に来る子供達は、毎日神々の瞳に見守ってもらっているから屋上が好きだと言ってくれている子達が多いんです。主神像があったらその子達は嬉しいと思いますし、その時間は大人は来ないですから隠しておく必要もないです」


 レェリィとしての、リサーチ結果ですよ。

 夜の子供達が自分達のセーフティゾーンのことを、大人には絶対に話さないことは解っている。

 話したところで、どうせ大人は入れないから構わないのだが。

 ビィクティアムさんが、ちょっとだけ困ったように微笑む。


「それだと……テルウェスト神司祭や神官達は、寂しがるだろうなぁ」

「神々の加護の場である教会から一時的とはいえ主神像が離れるのは確かに寂しいとお感じになると思いますが、べったりと側にいることだけが信仰の深さの証ではありませんからね」


 一時安置の期間は、大体ひと月半の四十五日ほどだ。

 我が町の優秀な建築師や石工さん達の仕事は、非常にスピーディ且つ正確なのでそれくらいで充分。

 工期が延びたとしても、ふた月以上はかからない。

 外門の改築工事を恙なく終えて自信を付けた職人さん達が、聖教会の改築工事に力を注がない訳がないのだ。


 その上、教会建て替えを皮切りに、全ての老朽化している組合事務所は順次建て替えしていく計画である。

 冬の間、全く動けないシュリィイーレでの建設関連は、スピード勝負なのだ。

 教会以外は、建て替えといっても造りそのものが変わる訳ではなく、魔力保持力が弱まった石壁の石の交換がメインなのだが。


「……そうだな。俺だけで、その条件によしとは言えない。神司祭ふたりと聖教会とも、主神像へのその対応で問題がないかを確認するが……多分、頼むことになると思うから準備だけは進めてもらっていいか?」

「はい、こちらこそ、皆様への説明などよろしくお願いいたします」


 遊文館のことについては教会上層部だけでなく、きっと各省庁にも話はいくだろう。

 どこかから懸念されることを教えてもらえる可能性があるから、対応はできるようにしておこう。


 まー、極端なことを言えば、北門の歩哨櫓の一番上に硝子ケースでも作って置いちゃったっていいのだ。

 この町のいっち番高い場所なら、誰からも文句なんか言わせねぇってなもんよ。

 でも、それをやるのもなんだか主神を邪魔者扱いしているみたいで可哀相……遊文館で、夜に子供達が集まって来たりしたら主神も嬉しいんじゃないかなー。



 それから、地下室のこととか必要な付与とか、各部屋の境域魔法や越領門の再設置、勿論突然の来訪を知らせるカメラの導入など、諸々のことを確認して決めていくので今後も連絡をくださるそうだ。

 これらは建物ができあがってからでも間に合うのだが、予めどのように魔法が使われるかを知っておけば俺も組み立てがしやすい。


「この感じですと、今まで使えなかった一階部分への『洗浄』や『浄化』などの魔法付与もできますよ」

「そうか……その辺は神務士達への課務にもなっていることだから、テルウェスト神司祭と相談する。なるべく、方陣札を使う機会を増やしたいと仰有っていたからな」


 課務、というと神務士トリオとか、これから入って来るかもしれない人達のためだよな。

 うーん……なんでもかんでも、至れり尽くせりは駄目ということなんだな。

 そこいら辺の加減って、難しいポイントだよね。

 細かいことは、後日神司祭様方を交えて越領方陣などの境界規定なども考慮しつつ決まるらしいので、お引き受けするという旨をお伝えしてお話は一旦終了。



 俺は遊文館に移動して、夕食前にちゃちゃっと主神像の仮設置場所を確保してしまおうと屋上へ。

 春になったのでここで遊ぶ子達も随分減ってはいるが、それでも小さい子達はここの方が安全だからか相変わらず走り回っている。

 そろそろ『お夕食ですよコール』の時間だ。


 俺は屋上の北側に主神像を置く方がいいか、中央がいいかを悩んでいた。

 ふと、王都南茶房近くの、あの庭の配置を思い出す。

 そういえば主神は南側を向いて中央ではなく、ほんの少し北側に立っていた。


 持っている錫杖のようなものは、なぜか真っ直ぐ下に向かっている訳ではなくて上を少し後ろに傾けていた。

 踏み出すように半歩前に足を出しているのだろうローブに角度がついていて、錫杖はその少し手前の大地を突いていた。


 上向きの先端に付いている九芒星は、極星……『しるべの星』で俺はあれを地軸だと感じた。

 ならば……その地軸の先に極星が来るように、主神像は配置されているのではないだろうか。

 そういえば、俺はこの町で『天体観測』などしたことはない。

 だから、どの星が極星なのか知らないのだ。


 ほら……ここは俺が暮らしていたあちらの町と違って、星の数が多いからさー。

 歳差運動で、極星がない時期とかじゃないといいなー。


 よし、調べよう!

 えーと……まずはドーム天井を映像投影ではなく、透明にして外が見えるようにしておく。

 おおー、そろそろ夕焼けタイムだな。

 うん、冬以外は外の天気が解った方がいいかもしれない。

 本物の星空の方が、きっと素敵だろう。


 そして主神像を置きたいと思う場所から、星が円を描いて見えるように移る『固定撮影』を行ってみる。

 シュリィイーレの場所から考えて一点を中心に円になるのは見えないかもしれないが、どの方向に極星があるかは掴めるだろう。

 錆山があるのでちょっと難しいところではあるが、一晩試しに撮り続けてみることにしてカメラを空に向けてセットした。


〈皆さん、そろそろ夕食の時間です。お片付けを始めてください〉


 俺的に一番落ち着く声で、威圧感はないけれどはっきりした滑舌が聞き取りやすいアンシェイラさんに録音させてもらったアナウンスが流れる。

 子供達は次々と方陣で移動して、屋上は一時的にほぼ無人になった。

 では今のうちに、さささっと台座の設置だけはしちゃおうか。


 仮置き場所候補の二箇所に、俺の腰くらいの高さの台座を作っておく。

 そして中央はその周りに噴水を作るように準備をし、北側の方は低木のプランターを設置。

 噴水用の盥の縁と、プランターの囲いで『境域指定』ができるので『錯視の方陣・目隠しバージョン』を使えば認識阻害が可能なのだ。


 事前準備を整えてから、俺も『移動の方陣』で帰宅。

 夕食時間の食堂へ降りていった。

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