第656話 教会関連連絡事項

 大量の本の搬入が終わったのは、昼食から二刻間が過ぎた頃。

 途中で二回ほど赤茎蓼のトゥームと持っていたあんこプパーネで補給。

 そして……試作品の『ホットドリンクカップ』にて、珈琲をいただきました。

 ふはーっ、よく働いたなー。


「タクトくん、こっちの小さめの箱はまだ複製していないものか?」

「はい、その中身は本じゃないみたいで」

 本とは明らかに違う箱が三箱、届いていたのだ。

 サイズは本が入っているものよりずっと小さめであるが、かなり重かったので中を見てみたらひとつひとつ丁寧にくるまれた鉱石だった。


「こちらは魔法法制省院からで、以前は手持ちで持ってきていただいていた『報酬』の残りみたいです」

 今まで直接ルーエンスさんとティエルロードさんが持ってきてくれていたのだが、ここ最近の忙しさがどうやら春になってもまだまだ落ち着かないらしい。

 めちゃくちゃ分厚い詫び状と入っている鉱石の説明文などが一緒に入っていた。

 これは俺の家にそのまま送るものなので、複製は後で確認してからしようと思っていたのだ。


 そう説明すると手伝ってくれていた衛兵隊員達は、さもありなん……と苦笑いを浮かべる。

 どうやら俺が考えている以上に、魔法法制省院だけでなく、各省庁がブラック化している事案が続いているようだ。

 ……どうか皆さん、お身体にはお気をつけて……


 だけど、神職の階位確定とか異動については、相当昔から根回しも下準備もしていたはずだ。

 なのに『春になったら絶対に万難を排し新しいお菓子を買いに来ます!』と天に向かって誓っていたふたりが、こうも動けなくなっているというのは突発的な事態があった……?

 それも、彼らの予想を超えてしまう事件があったってことかな?


 一瞬、ガイエスが発見した泉の『山脈浄化システム』が見つかったことかとも思ったが、俺がビィクティアムさんに話す前からのことだ。

 おそらく人事関連か……旧教会の水栓奥で見つかった三冊の本。


 その三冊のことは詫び状の一番最後に『近々訳していただきたい本が数冊ございますので教会を通してお願いに上がります』と書かれているものだと思うから、原因は本ではないかもしれないな。


 人事だとすると問題はシュリィイーレや新しい神司祭ではなく、それ以外だろう。

 だって、今日は書類の山を片付けたビィクティアムさんが、衛兵隊事務所の簡易食堂でゆったりと食事をしていたのだ。

 ニカエストさんの赤茎蓼トゥームを、随分とお気に召したようだった。

 うん、美味しいですよねっ!


 そしてシュリィイーレに問題がないと言うことは明日の新月しんつき十五日に、教会前でビィクティアムさんとテルウェスト神司祭から『重大発表』があると触書が出ていることでも明らかである。

 もしシュリィイーレ関連でごたついているならば、何ひとつ発表などされないだろうし事前に『重大』なんてことは言われないから。


 全ての荷物のチェック、復元&複製転送が終わってお手伝いくださった方々とお疲れ様でした、と挨拶を交わした後にビィクティアムさんからお呼び出しがあった。

 明日の『発表』のことについての事前連絡である。

 ……輔祭なので、ある程度は聞いておかねばならないのだ。


「明日、発表になるのは現在のシュリィイーレ教会の正式階位制定と、テルウェスト神司祭の昇位、それとレイエルス神司祭の在籍の件だ」

 ビィクティアムさんから示された発表の内容は、予想どおり。


「シュリィイーレ教会は現在『第二位聖教会』だが主神像の迎祠の儀『第一位同等』となり、それに見合った改築が行われる。その教会地下に『大人向け』の司書室が作られる」

「それは素敵ですね!」


「収蔵本は現時点で司書室にあるものと、レイエルス神司祭から数百の寄贈があった。それで……おまえに頼みたいことがある」

「古代文字の辞書、ですか?」

「察しがいいな。頼めるか?」


 それは勿論!

 俺的にも『大人用の図書館』ができるのは大歓迎だ。


「地下工事、俺がやってもいいんですよね? 魔法付与もお任せいただけるのでしたら、まるっとお引き受けいたします」

「……どうしてそんなに地下の工事が好きなんだよ、おまえは……」


 ビィクティアムさんに苦笑いをされてしまったが、それについては俺自身もよくは解らない。

 多分『全く違う空間』を自分の手で作ることが楽しいってことなんだと思う。

 箱庭をつくって、ディスプレイするような感覚なのだ。


 ビィクティアムさんの家の地下とか、ベルデラック工房の地下とか……楽しかったもんなぁ。

 なんでも自由にしていいよって言われるより、制約がある方が面白いんだよねー。

 全ての条件を満たしつつ自分の思い通りにしていくために考えるっていうのは、方陣を組み立てる時と似ている。


 地下なんて制約だらけだから、余計に楽しいのかもしれない。

 ……いや、これは別にマゾではない。


「頼めるのであれば、助かる。教会の魔法付与は制約が多いから、一等位魔法師でも全てを任せられないことが多くてな。そのせいで、古い教会の建て替えが困難になっていることもあるんだよ」


 教会の聖堂や神像の側に使われる魔法制御が教会内で暮らす人達に影響しないようにとか、越領方陣門の再設置、その魔力維持など付与しておかねばならない魔法が多過ぎる。


 そのせいで『洗浄』とか『建物維持』を方陣にしなくてはいけないとか、厨房で使われる魔法を魔石で賄う簡易的なものにしないといけないとか魔法の相克を防ぐために工夫が必要なのだ。


 その後、ビィクティアムさんから提示された俺の報酬がとんでもない金額になっていて一瞬固まってしまった。

 これだけでも遊文館で子供達全員に毎日二品ずつ無料にしても、四、五年くらいは大丈夫そうだ。


 一日一品で十年続ける方がいいか……どうせまた、聖魔法師報奨とやらも入ってくるんだから安定して一品無料は続けられそうだ。

 うむ、全て遊文館に還元しよう。


「教会の工事はいつからです?」

繊月せんつきの一日からだ。建物自体は既に建築師組合や石工師組合に頼んであるし、設計も済んでいる。材料は今月の二十日過ぎから順次運ばれてくる」

「その間、教会の皆さんはどちらに……?」

「試験研修生で使っている宿舎だ」


 おおぅ……そうだったのか。

 まぁ、でも妥当かもしれない。


 試験研修生には今後金証の人が来る可能性もあるから、それなりにグレードの高い部屋も作られているので司祭様や神官さん達はその部屋を使ってもらえばいい。

 神務士トリオにもひとり一部屋使ってもらえるし、衛兵隊の施設なのだから皆さん安全で安心していられるだろう。


 シュレミスさん、めっちゃくちゃ喜びそうだよなぁ……

 アトネストさんとレトリノさんは、緊張し過ぎないように前情報を入れてあげてくれてるといいんだけどな。

 新しい教会かぁ。

 なんだか俺も楽しみーーっ!

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