第655話 搬入・転送作業
おはようございます。
朝も早よから、焼き鮭弁当持参で東門衛兵隊修練場へ。
勿論、お子様達との蓄音器体操で、準備運動もバッチリです。
お貴族様家門からの古書便が到着するまで、シュウエルさんとトレーニング。
小一時間ほどした頃にお呼び出しがかかり、まず届いたのは『リンディエン蔵書』です。
なんだか別梱包で、できればこの分だけ先に、という御依頼とご当主様からの丁寧なお手紙をいただきました。
なんの本だろう……あ、大陸史だ。
なるほど、どのタイミングでどの国の移民を受け入れているかなんてのも書かれているぞ。
これは、面白い資料だな。
やはり港のあるご領地だと、外部との繋がりが解りやすい資料が多く残っているのかもしれない。
これで、リンディエンは当初の予定五千冊が全部終了、だね。
えーと、こっちの箱はハウルエクセムか。
冬前に来たのと同じくらいだから、こちらもこれで全部だ。
サラレアは……あ、まだ二千くらい残っているみたい。
そしてカルティオラの五千冊、ロウェルテアも二千冊全部。
おっ、ルーデライトも来たぞ。
どうやらヴェルエットさんの懇願のお手紙が無事に届き、春の一便で送ってもらえたようだ。
千五百……と言ったところだろうか。
依頼状とか、おそらくビィクティアムさんから聞いたと思われる遊文館への複製寄付などの全ての条件を吞むという約状もいただいている。
改めて契約書というか誓約書? を書いていただけるというので、後日お送りしよう。
「タクトくん、また馬車が来たけど……入れて平気かい?」
「はい! 他のご家門の分と離して積み上げてくだされば、大丈夫ですよ!」
本当に集荷センターみたいになってきたぞ。
その場でガンガン複製して、セット済みの『転送の方陣』で遊文館の地下へ直接搬入。
一段落したのは、それから一刻間くらい経った頃。
まだちょっと昼食には早い時間だが、空腹が半端ないのは魔法の使い過ぎだろう。
「ふぃー……お腹空いたぁ……」
ひと息吐いて、本が詰まった箱に囲まれつつお弁当を食べようかなーっと。
「あれ、タクトくん……食事? 持ってきたのか?」
「魔法いっぱい使っちゃったので、お腹が空いてしまって」
早弁である。
「この後……もう少ししたらだけど、昼食を用意するよ?」
「あ、それもいただきます。これだけだと、多分足りないので」
ちょっと少なめに作ってきたのは態とだ。
俺が来るって解っていたら、衛兵隊事務所では何か用意してくださると期待していたのである。
魔法ガンガン使うことが解っていたし、昼までなんてお腹がもたない。
だけど昼食時間には、ちゃんとお昼ご飯を食べたいのだ。
おやつ的な位置付けなのに、鮭弁当ってのは変かもしれないが……俺が食べたかったからいいのである。
それに、ここのところ衛兵隊の皆さんはすっかり料理上手でいらっしゃるし、春になって皆さんのご領地から食材を送ってもらったりしているのでは……というリサーチのためもあるのだ。
鮭弁当をぺろりと平らげ、お腹具合は六分といったところか。
では、残りの整理をしちゃいましょう!
本日のランチをいただくべく、衛兵隊詰め所の簡易食堂にやってきました。
「凄かったねぇー、あの箱、全部本なんだろう?」
シュウエルさんのちょっと間延びした言い方に、疲れが癒やされる。
「貴族家門の蔵書って本当に凄いですよねぇ……翻訳なんて何年かかるやらって感じですよ」
じっくりのんびりやるつもりだからね。
……まぁ、面白そうなものだけは、早めに読みたいとは思うけどこれだけあるとその『面白そう』を探すのも大変だと思う。
本日のランチは、ニカエストさんが作ってくれたみたい……あれれ?
これは、一体なんだ?
肉団子のようなミニハンバーグみたいなものと、ピクルス、小麦多めのライ麦パンでスモーブローみたいなオープンサンドは、ロンデェエスト北東側やマントリエル南部の料理らしい。
お肉は豚肉で、ハーブが色々混ざっているのだとか。
しかし、俺が不思議に思ったのはこれではない。
デザート的に切り分けてくれた、ベリーのように赤いジャムみたいなものが挟まったパイの方だ。
パイのことは『折りパン』と呼ばれているが、中に何かを入れた場合は各地で違う料理名になるようだ。
お肉とか魚が入った場合はまた別の名前になってしまうのだが、今回自動翻訳さんが示しているのは、折りパンの中に甘いものが入っている時に使われる『トゥーム』である。
この料理名の片仮名表記が示されたのは、パイがこちらでは細分化して違う名前を持ってしまっているからだろう。
作られている地域で付けられた、固有名詞なのだと思う。
トゥームが作られているのは北方の領地だけだから、全国区でないと言うことで……名前の『音』で教えてくれるのだろう。
多分、俺が『パイ』と言ってもどれを指すか、折りパンのことかトゥームのことかが、人によって受け取り方が違うから自動翻訳さんが分けろと言ってくれているのだ。
……自動翻訳さんのレベルアップが半端ないのは嬉しいのだが、細分化しすぎていて覚えるのが大変である。
まぁ、あちらでも料理の名前は本当に沢山あったから、それを考えればまだマシな方かもしれない。
話が逸れたが、そのトゥームの中に入っている、この鮮やかな赤いジャムに見えるものはなんだろう?
自動翻訳さん、自動翻訳さん、この食材は、なぁになぁに?
ぽぽん、と頭の中に示されたのは『
ということは……俺が今までどこかで口に入れたことがあるものだが、そのものズバリの日本語がなく謎の合成語変換……ということですかな?
ミニハンバーグというより、ちょっと潰れたミートボールを食べ終わり、トゥームをフォークで小さく押し切って口に運ぶ。
甘い……砂糖的な甘さで、果肉みたいな食感の残るものだ。
だけど酸味もあるが、ベリー系ではなくてどちらというとビーツにとても似ている気が……あっ!
思い出したっ!
これ、ルバーブだ!
一度だけ生でもサラダで食べられるよーって聞いて、面白半分に試して予想外に酸っぱくて悶絶したんだよな。
その後、残りを砂糖煮にして食べた記憶が蘇ってきたぞ。
「……美味しい。この赤茎蓼のお菓子は、初めて食べました」
「おっ、よく知ってたなぁ、赤茎蓼。ロンデェエストの北側の一部と、マントリエルにしかないんだよ。この『赤茎蓼トゥーム』は、春から夏のお菓子の定番なんだよ」
茎のように見える赤い葉柄のものだけを食べているみたいで、甘煮が一般的だそうだ。
漢方薬に使われる大黄の近似種って聞いたから、身体にもよさそうだな。
どうやら、山菜の特徴に似ているみたいで火を通したこのジャムには『橙色』の加護色が見える。
うん、美味しいー。
バターたっぷりの折りパンとベストマッチである。
ニカエストさんは、最近すっかりご夫婦で料理に嵌っているらしい。
この赤茎蓼トゥームは、家でも好評でお子さん達も好きになってくれたから作れるようになって嬉しいと言っていた。
こういう話を聞く度になんかによによしちゃうのは、簡易調理魔具がすっかり浸透していると感じるからだろう。
しかもニカエストさんの子供は娘ふたりで、もう二十歳くらいらしくたまに一緒に台所に立っているようだ。
お父さん、よかったねぇ。
きっとライリクスさんも、こういう『一緒にお料理』が理想なんだろうな。
だけど、あの夫婦が簡易調理魔具で料理が上手くならないのは、おそらく俺と一緒で緑属性の上位の技能があるせいだろう。
それに引っ張られちゃって、簡易魔具の方陣なんかじゃ太刀打ちできないんだと思われる。
セラフィエムスもドミナティアも、医療系や生物系の緑属性上位魔法や技能のある家門だからなぁ。
いやぁ、本当にシュリィイーレ隊の皆様は、あちこちのご領地から集まって来ているからバリエーション豊富で食事が楽しい。
……汎用と子供も使えるってところに拘ったから『簡易』だったのだが、この際『調理魔具・中級者用』とかにグレードアップさせた物を作ってもいいかもしれない。
簡易バージョンで調理・料理系の技能が出ていたら、大して魔力を使わずに中級者用が使えそうだ。
魔道具が方陣を使っているならば、グレードアップには方陣自体のブラッシュアップとそれに相応しい技能系を組み合わせないと駄目か。
技能系の方が、なかなか難しいな……
キリエステス家門から、蔵書が届かないかなぁー。
いい本がありそうなんだけどなぁー。
「タクトくーん! また馬車が来たよぉ!」
「はーーいっ!」
よっしゃ、作業再開だぁ!
どの家門からの荷物かなーーっ!
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