第654話 贅沢な悩み

 明日の決意を胸に帰宅。

 春は色々なものがいっぺんに届くシーズンではあるが、今年、本当に覚悟が必要なのはとんでもない量の本の山かもしれない。

 だが、今日じゃなくって良かった。


 今日は卵と鶏肉、ウァラクの芋二種類の初荷が届く予定なのだ!

 ガイエスはカバロを連れて来ないし、レェリィでエクウスに会いに行ったら母馬と一緒に神泉療養中とかで会えなかった。

 母子の触れ合いを邪魔できないと戻ってきたのだが、そんな淋しさを慰めてくれるのは素敵食材である。

 早く届けーー!


 ランチタイムを過ぎてもまだ届かないので、ブリオッシュタイプサントノレ『錆山のシュリィルヤクレマ』で癒やされよう。

 カスタード好きな方々も、待ってましたのひと品だろう。

 だけど、これで卵がなくなっちゃうんだよなー。


 そんなことを思いつつのスイーツタイム中盤頃、待ちに待った人がやってきた。

 ウァラクからの芋と卵便、テトールスさんである。

 おや、ワシェルトさんもご一緒とは……あ、卵と鶏肉がいっぱいあるからか?

 テトールスさんの【収納魔法】だけじゃ、入らなかったのかな?


「タクトさん、遅くなっちゃってすみませんでしたぁ!」

「いやぁ、東門があんなに混んでいるとは、思ってもいなかったんで……」

「あ、そうか。今年は、開門後に馬車が通れるようになったのが、随分遅かったからかもしれないですね。お疲れ様でした」


 そう言って、おふたりを小会議室にご案内。

 テトールスさんが食堂にガイエスを見つけたようで、軽く手を振る。

 それに答えるようにすっと、小さく手をあげるガイエスだが頬張っているのがカスタードたっぷりのブリオッシュなので、イマイチカッコがつかない。


 ではでは、早速、お芋さんと卵さんと鶏肉さーん!

 うはー、キラキラが止まらなーい!

 お芋が多いのはなんとなく予想していたけど、卵が思っていたより多くて嬉しいぞ!

 おおおー、黒鶏の卵が沢山あるーー!

シュリィイーレの方が標高としては上だけど、ウァラクは北側なのに日照が多いのかな。

 この時期は、ウァラクの方がシュリィイーレより暖かいのかも。


 テトールスさんが全部の荷物を取り出し終えて、今年は珍しいんですよ、と話す。

「去年は冬の終わりにあまり雪がなかったし、暖かくなるのが早かったんです」

「ああ、そうなんだよ。でな、うちもちょいと鶏を増やしたこともあって、肉も卵も多めになっちまって……使えるかい? タクトさん」

 ワシェルトさんがちょっと申し訳なさそうだが、ノープロですって!


「勿論ですよーー! 卵と鶏肉はいくらでも使いますし、灯火薯とうかいも黄身薯きみいもは、毎日欠かせないほどに人気になっていますからね!」


 ふたりはほっとしたように顔を合わせる。

 どうやら思っていたより芋も豊作、卵も順調で多めに持って来ているから断られたらどうしようかと相談しながら来たのだという。

 ま、やたらめったら多く持ち込みされるのは収納に限度があるんで、次回からは確認してね、とお願いはしたが今回は大歓迎。


 春一番の卵争奪戦はかなりシビアだし、芋類も今はシュリィイーレの畑で取れるものだけだから量が少なめなのだ。

 この時期にレーデルス経由で入ってくる野菜は、冬場に不足していた葉物野菜の方がよく売れるから根菜類はあんまり入ってこないんだよねー。


 これでやっと、ポテサラとコロッケがいっぱい作れる!

 そして中華まん……じゃない、プパーネにもカスタードクリームを入れられる!

 カスタードまん、ちょっとカラメルソースを入れるとプリンまんになるから二種類作るのだ。

 これで、遊文館の自販機も潤うぞー。


「だけど、あの『移動の方陣』が使えて本当に助かりますよ……あれがなかったら、今年はヴェロード村から全然出られなくて、どうしようもなかったです」

「ああ、馬車方陣が使えても一日での往復が難しい村だからなぁ、ヴェロードは」

「ワシェルトさんは、ヴェロードに行ったんですか?」


 どうやら、娘さん達と一緒に初めて『谷底の村』に訪れて随分と吃驚したようだ。

 そしてそこで鶏の飼料にとてもよいものを発見したらしく、そのこともあって鶏を増やすことにしたらしい。

 黒鶏がちょっと増えたみたいで、俺としてはうはうはですな。


「今まで飼料はどうしても、ロンデェエストやエルディエラからしか入れられなかったっすからね。越領すればどうしても高くなるんで増やせなかったが、川すら越えないヴェロードなら今までの半分以下の値段で買って、『移動の方陣』で楽に運べますからねぇ!」

「村でも、収穫した物を売りに行くのが大変だったんですよ。今年みたいに春先に雨が多かったりすると崖の歩道も歩けなくて、方陣門頼みになっちゃうから移動が順番待ちになっちゃって……」


 なるほど……やはり輸送手段さえ整えば、領内のものを使いたいよな。

 その方が、魔力も多いものが調達できるし。

 なんだか縁結びができたみたいで、良かったなぁ。

 これからも、できるだけめいっぱい買わせていただこう!


 おふたりから素敵な報告が聞けて、納品された食材も無事に地下倉庫へ。

 食堂で『錆山のシュリルヤクレマ』を召し上がっていただいているが、ガイエスはもう食べ終わって出てしまったようだ。


 うーむ、アトネストさんがずっとここに居るってことを伝えたかったんだけど……

 教会に行くかな?

 いや、遊文館で会うかも。

 会えなかったとしてもこの町を出る時にはうちに寄ってくれるだろうし、なんならメモ紙転送でもいいしな。

 簡単に連絡が取れるとなると逆に話さなくなるってのは……なんかありがちだよなぁ。


 さて、もうひとつ、今日中に調達しておかないといけないのはゼルセムさんの人参である。

 バーライムさんの甘薯も一緒に持って来てくれているはずだが、ゼルセムさんの馬車は積んでいる物が多すぎて、うちに寄ってもらえないんだよな。

 春祭りの日から市場に持って来てくれているはずだが……と、東市場に取りに行く。


「こんにちはー、ゼルセムさん!」

「おっ、タクト! 待ってたぜー!」

 おおおっ?

 なんだかいつもより箱が大きくないか?


「おう、なんかよ、去年の秋の収穫分から今年にかけて、かなり豊作でなぁ。ここで売れりゃいいかなって、ちょっと多めに持って来てるだけだよ」

 素晴らしい言葉だ『豊作』……しかし、これはかなりキラキラで神眼をオフにしないと全く見えん!


「バーライムん所の甘薯も青豆も、去年より多いぞ。どうする?」

「そっちは全部引き取るから、大丈夫! だけど、人参……沢山欲しいけど……」

 場所がなぁ……ま、いーかっ!

 さっさと加工して保存しておけばいいだけだ!


 よし、芋プパーネだけでなく人参たっぷりの鶏つくねプパーネも作ろう!

 バリエーションが一気に増えるぞ、プパーネ!

 菓子パンや惣菜パンも同じ中身で作ろう……どっちが人気になるか楽しみだな。

 カカオが届いたら、チョコプリンバージョンも作ろうかな……ちょっとやり過ぎか?


 いつものように荷車を借り、ガンガン積み込んでおうちに運ぶ。

 俺ひとりで二頭立て馬車分くらいの積載量を運んでいるように見えるが、軽量化の魔法のお陰で重さは全く感じない。

 すれ違う人達は、かなり驚いた顔をしているが。


 そうして基本食材をしっかり補充、増量は完了だ。

 火焔菜ビーツが少なかったけど、今年のエイドリングスさんの畑は火焔菜栽培があるから心配はない。


 カカオが来るのは今月末頃だし、来月初めくらいにはセラフィラントからの第二便も来そうだし……あれれ?

 おかしい、こんなにパツパツになるとは……茸栽培も移設したし発酵蔵があるだけなのだが。

 もやし栽培部屋は全部ドリンクに使えるかと思ったが、縮小してドリンク販売、当面は一種類が限度っぽいなー。


 明日は大量に本が届くし、そろそろあの旧教会の三冊もこちらに来そうだ。

 翻訳が開始すると、魔法使いっぱなしになっちゃうからまたトレーニングのシュウエルメニューがきつくなりそう。

 まぁ、三日に一度だけど強制的に運動するのも、俺には必要だし。

 結構体術も、型を覚えてくると楽しいし。


 美味しいものも楽しいことも、目白押し過ぎて目が回る。

 ホント、贅沢だよなぁ。


 さて、明日のスイーツタイム用キャロットケーキを作っておこうか!

 野菜クッキーを遊文館に持って行って、こっちの自販機分がなくなっちゃっていたけど、今回はショコラ掛けのパイスティックを入れよう。

 おっと、お弁当も……焼き鮭弁当にしよっかなーっと。

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