第653話 いつでもホットドリンクカップ 

 ホットドリンクカップの量産化はまだまだ先のことなのでゆっくり考えるとして、おうちに戻ってお夕食タイムをこなしたら自分の部屋で試作品作りである。

 モニター衛兵さん達は、取り敢えず二十人くらいでお願いしよう。


 水筒より少し太めで、中は円筒だが外側は四角にする。

 取っ手を綺麗に収納するためと、湧泉水筒との差別化のためだ。


 折りたたみハンドルタイプのカップというものは、今まで俺もあちらの世界で見たことはあった。

 それの場合蓋があっても外して別の場所に置く、という感じ。

 だけど、落としたり置き忘れたりしないためにも、蓋は跳ね上げ式にしたいのだ。


 真ん中で固定して双方向にぱたぱた開く感じでもいいのだが、それだと香りが楽しめない。

 蛇腹のスライド式にしてサイドに寄せる方式も悪くはないのだが、飲みかけで蓋をして運ぶ際の気密性という点ではちと難点がある。

 だから、跳ね上げ式で作りたい。


 しかし、その場合取っ手と反対方向に跳ね上げると必ず飲む時に顔に当たる。

 顔の向かい側に蓋が行くようにしなくてはいけないのだが、そうなると取っ手の向きというものがなかなかのネックなのだ。


 俺は右利きだが、飲み物は左手で持って飲みたい派だ。

 でも、当然逆の人だっている。

 だから移動式取っ手にして左右どちらにも使えるように、取っ手を使わない人は邪魔にならないように収納できるタイプにした。


 蓋が開く後ろと前の面に上から下に向かって開いている『コの字』型のフレームを取り付ける。

 これは両面とも左右に四分の三ほどの幅、スライドできるようになっている。

 そしてカチッと言うまでスライドさせると、少しだけ内側に曲がるので、裏側のフレームと一緒に持つと安定した取っ手になる。

 左右で違う位置にラッチのようにボールが付いているので、スライドさせて固定される部分や引っかかる場所が違うのだ。


 下部にフレームがないのでそのまま引っかけることができ、左右にフレームがあるからグラグラもしない。

 フレームのない面は紐を通せる突起が底面付近と口付近に二箇所あるので、長めの紐を使ってもらえたら水筒のように吊り下げることもできるのだ。

 これ用の革ベルトを別途作ってもらってもいいし、組み紐とかでもいいよね。


 そして蓋の上面が完全にフラットなので、ホルダー次第では湧泉水筒と重ねて持つことも可能である。

 既存の湧泉水筒の最も多いサイズは、高さがだいたい二十センチで量が増えると太くなるだけであまり高さに変化はない。


 温かい飲みものってのは、そんなにガブガブ飲むものではないからホットタイプ容器の高さは十から十三センチもあれば大きい方だ。

 ということで、容器の内寸十センチで作ってみようか。

 方陣鋼をセットする部分があるんで、外寸がちょっと大きくはなるが十一センチほどで収まる。


 ホット用は自動的に中身が入ったりはせず、必ず方陣鋼に魔力を入れて起動しないとカップは空のままだ。

 残した場合は、蓋をすれば三時間くらいはそのままの温度でキープできるけど増えはしない。

 そして一旦空にしないと、次の一杯は入らない仕組みである。

 これは、必ず同量だけしか転送されないからだ。

 残っていたら溢れちゃうからね。


 よーし、プロトタイプはこんなもんかなー。

 ではこれを【複合魔法】にして、オートで作って……方陣鋼も作ったら、地下の茸部屋だった場所を大改造。

 ……実は今、もやし部屋になっていたんだが、もやしは遊文館プラントに移してしまう。


 ここには巨大タンク……というより、ドリップ式大型コーヒーメーカーを作りまして常に珈琲がたっぷりと入っている状態です。

 そこに描かれた『転送の方陣』は、方陣ひとつにつき二十箇所登録できるので、カップの目標方陣に名前をつけてそこに中身を二百五十ミリリットルずつ移動させる。


 珈琲に関してはお好みがあったら自分で砂糖やミルクを足してね、ってことでうちで推奨のミルクと砂糖入りのちょっとアメリカンタイプ。

 ブラックがお好みって人は、今のところ全くいないんだよね……


 なんせ、ブラックで出すと口をつけただけで全員がミルクと砂糖を入れるんだもん。

 魔力のせいなのかなぁ……俺も昔と違って、ブラックは全然飲まなくなっちゃったもんなぁ。

 珈琲単体だと、魔力量が少ないから美味しく感じないってことなんだろうね。


 ちょっとお試し。

 カップの方陣に魔力を入れて……おおっ、カップにホット珈琲が!

 ……んふぅー、美味しいー。


 ちょっと遊文館に移動。

 ここでもちゃんと出るかなー?


 こぽこぽこぽ……


 おお、イイ感じー……美味しーい。

 大成功ですぞ、ふほほほほ。

 では、衛兵隊東門詰め所に……って、もう夜か。


 あ、アトネストさん来てる。

 ベッド入るの早いな!

 そっか、子供達が急かしているのか。

 なんだかこれから眠るのに、すっごく楽しそうだ。

 本を読んでもらうのかな。

 あんまり夜更かししちゃ駄目ですよー。



 翌朝、モニター用ホット珈琲カップを二十個ほど、ビィクティアムさんにお預けした。

 取っ手を動かしてカチャカチャ……それは魔法じゃないっすよ?


「面白いな、これ。どっちにも取っ手が飛び出てちゃんと止まる」

「扉の自動留めと同じ機構です。引っかかる場所と止まる場所が左右で違うから、どっちでも使えるんですよ」

「ああ、この丸い突起か? へぇ……中に弾機ばね……なるほどな。嵌る位置がずれているからか」


 ビィクティアムさんったら……鑑定、凄く精度が上がりましたね?

 ばらさないでも、中が視られちゃうのか……非破壊検査ってやつですね。

 おお……モニターさんたちの珈琲代は、ビィクティアムさんのポケットマネーで出してくださるのか。

 毎度ありー。

 ではっ、モニター宜しくお願いいたしますっ!


「あっ、待て、タクト!」

 帰ろうと扉に手を掛けたところで止められて、一冊の本を手渡された。

「カルティオラ公から、どうしてもこれを先に渡して欲しいと言われてな」

「……ぼろぼろ、ですね……」

「カルティオラは代々整理整頓とか、適切な保管とかが本当に苦手らしくてな。それでも、おまえから預かった方陣で運べる程度にまで直ったんだよ。感謝していたぞ、カルティオラ公」


 うーむ……簡易タイプの修繕とはいえ、あの方陣は『俺の魔法を発動できる文字を付与する』ものだったんだが……元が俺の想定以上にボロかったのだろう。

 粉塵からの再生レベルくらいの魔法が必要だったのかもしれん。

 魔力をちゃんと流して保管するの、忘れていたんじゃないだろうか……カルティオラ公ってば。

 もう少し魔法で修復していいかと尋ねたら、頼む、と言われたので完全修復。


「……これ、ニファレント、の……?」

 題字を読んで、思わず口に出てしまった。

 ビィクティアムさんも、身を乗り出す。

 パラパラと中身を確認して、掻い摘んで説明する。


「どうやら……かつての、交易の様子が書かれているもののようですが、その時代に書かれたのではなくて後世に口伝が纏められた……って感じみたいですね」

「では、事実かどうかは解らんか」

「完全な創作ということはないでしょうけれど、多少事実と違う主観的に書かれた部分や『そうだろう思われる』というような、推測で書かれた部分もありそうです」


 でも、これはかなり貴重な史料だな!

 やっぱりお貴族様の蔵書、侮れん。


「それとな、明日、各家門からの本を載せた馬車が……かなり、来る。試験研修生用修練場で箱から出さずに預かっておくから、時間がある時に頼む」


 ビィクティアムさんのその言いようから、かなり纏めて届いてしまいそうだ、と若干怖くなったが明日は朝から修練場で待ち構えてガンガン箱ごと複製しちゃおう!

 そして複製を用意してある遊文館地下へその場で転送してしまえば、蓋を開かず済むからそのまますぐにお持ち帰りいただけるだろう。


 俺が無機物であれば複製できる、ということは【複写魔法】と【文字魔法】を組み合わせればできると既にお知らせ済みなので本などの複製は問題ない。

 人工物でない植物や肉などの『複製』ができたりするのは流石にまずいだろうから、一部公開しているだけだが。


「その場で複製するのは、既に複製本を遊文館に寄贈すると了承している本だから構わんと思う。だが、おまえの負担は大丈夫なのか?」

「量にもよりますがお腹がとても空くので、いっぱい色々食べながらやりますから大丈夫ですっ!」

「馬と御者たちには休んでもらわねばならんから、運び出すのは翌々日以降になる。そんなにムキにならなくても平気だからな」

 頭ポンポンとちょっと軽く溜息のビィクティアムさんだが、俺が宿題を溜めておけないタイプなのは知っているだろうから止めないでいてくださるようだ。


 明日は朝から、お弁当を持ってこちらで荷捌きだーー!

 ……ひとり宅配配送センター状態?

 いや、届け先は一箇所だから集荷センターか。

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