第651話 ひと休みの遊文館

 春祭り二日目は、食堂はお休みで店頭販売も朝食後の五刻から正午にあたる昼日刻を挟んで一時間くらいの七刻まで。

 正味四時間といったところで、売り出しますのは『冬牡蠣油と卵黄垂れオイスターマヨベースの魚介包み焼きリエッツァ』である。

 ピザ職人ばりに生地を放り投げて伸ばすパフォーマンス付きで、お子様達にも大好評。

 練習した甲斐があったというものです。


 そいつにオイマヨを塗って、イカタコホタテの他にはシメジとトマトも入りまして、刻みバジルは少なめでチーズはたーっぷり。

 水牛モッツァレッラは残念ながらまだなので、今回は牛乳製のパスタフィラータチーズ。

 作り方の練習用に作ったものだけど、なかなか甘みとコクがあって美味しくできたんだよね。

 この魚介の包み焼きリエッツァは予定時間前に完売してしまったので、早々に店仕舞い。

 母さんはお友達と音楽会へ、父さん達飲兵衛仲間は全力でお祭り参加食い倒れモードだ。


 勿論、俺も……といきたいところではあるのだが、遊文館へ。

 今日は流石に、来ている子供達は少ない。

 遊文館では特にイベントをすることを考えてはいないから、町のイベントがあればそちらに行く人が多いのは当たり前だ。

 ここは、そういう『みんなで楽しめる場所に居づらい子供達』に来て欲しい場所だ。

 人を集めるイベント事なんて、基本的にはしないのだ。


 昼間だから祭りに疲れた人達も休憩所替わりにしているみたいだが、本を読んだりしている大人は殆どいない。

 見守り隊の人達の方が、多いくらいだ。


「タクトにーちゃん」

「え? どうしたんだ? ひとりか、ルエルス」

 頷いたルエルスは、少しもじもじしている。

 そして、俺に耳打ちをしてきてその訳が解った。

 俺はまだ内緒だけど、と言いつつ『秘密』を共有する。


「ほんと?」

「春祭りが終わったら、直接聞いてごらん」

 そう言うと、ルエルスは解った、と笑顔になって家に戻った。


 スタッフルームに入るとお祭りの屋台で売っている物を買い込んで、エイドリングスさんとイツィオルさんが館内映像を見てくれていた。

 よかった、ちゃんと春祭りは楽しんでくれているみたいだ。


「子供部屋には六人だけだよ」

「昨夜は十一人いたなぁ……あの子ら、みんなで屋上にいたぞ」

「実は夜の屋上でだけ、ちょっとした仕掛けをしたんです」


 予め、春祭りの二日間だけ、夜の屋上で花火の演出をするということをレェリィがみんなに伝えていたのだ。

 大人達と一緒に居ることがつらい子供達だけが、祭りを楽しめないなんて可哀相だったからね。

 自販機では昼間も夜も、春祭り期間の特別メニューも用意している。


 勿論、包みプパーネ全種と、ここの子供達が大好きな魚介の包み焼きリエッツァも。

 肉プパーネは、茸多めでイノブタ肉じゃなくて鶏肉と野菜多めにしてみた。

 それと人参とかセロリ、干し葡萄なんかの入った、あまり甘すぎない蜂蜜野菜クッキーだ。

 小麦粉も少なめで米粉入りもあり、こいつも夜の子供達はもの凄く食べてくれている。

 野菜ものと魚介ものは、きっと大好きだから今回のプパーネやリエッツァも喜んでくれたと思う。


「聞いたよー、冬牡蠣油のリエッツァ!」

「あんな貴重なもん、よう手に入ったなぁ」

「ちょっとした伝手がありまして……あ、差し入れに持ってきたんですよ。召し上がります?」


 その辺はぬかりないですよ。

 誰かしらがいてくれているって思っていたので、そんな方々の差し入れ用にプパーネセットと一緒に持参いたしましたよ!

 巡回の皆さんも、こちらに戻った時に食べてくださいねー。



 皆さんが大喜びしてくださったところで、昼間はあまり出てこない子達がいる子供部屋にレェリィくんで突撃。

 うん、みんなちゃんと食べてくれているみたいで良かった。

 自販機の中はちゃんと入れ替わった春祭りメニューが減っていたし、今も食べてくれている子もいる。

 野菜クッキー、思ったより減っている……ゼルセムさんの人参が届いたら補充しておこう。

 昼間だけの自販機からも、なくなっていたんだよな。

 これからも食べて欲しいから、幾つか他の自販機にも入れておこうかな。


 あれ?

 あの子……どうしたんだろう?

 友達でも待っているのかな?


「どうしたの?」

 俺が声をかけるとちらり、と視線を向けるがすぐに下を向いてしまった。

「誰か、待ってるの?」

 少しだけ、首を縦に動かす。

「ごほんのおにいちゃんが、きのうもおとといもこない」


 ……あ、アトネストさんのことか!

 そっか、春祭りの準備で前日と当日は夜中までかかっちゃって、移動できずに教会にいたからか。

 すると、奥の方から絵のお話のお兄ちゃんも、とか、算術のお兄ちゃんもいないと聞こえた。


 その子はポロポロと泣き出して、以前、昼間に大人達が言っていたことが本当か、と聞いてきた。

「はるになったら、おにいちゃんたち、いなくなるって。しんつきまでだって……」

 元々の帰郷日を話していたんだろう。

 そもそも予定は今月末……あっ、神務士トリオの『移動の方陣』……魔力量対策で期限切っていたんだった!

 延長しておかなくちゃ!

 そして、この子にも『最近決まった本当のこと』を伝えてあげた。


「ほんと?」

「うん、アトネストさんも、レトリノさんも、シュレミスさんも、みんなずうっとシュリィイーレにいてくれるよ。司祭様が、神様に約束していたから本当だよ」

 その子だけでなく、俺達の会話を聞いていた他の子からも笑顔が見られた。

 やっぱりあの三人は、この町に、子供達にこんなにも必要とされている。

 今回は本当に、テルウェスト神司祭の超絶ファインプレーだよなぁ!


「やっぱり、よるはおねがい、きいてもらえるんだ……!」

 その子の笑顔と、胸元のキラキラがこぼれて輝く。

 子供達の魔力量は、少しずつだけど増えている。

 そして、キラキラが視えるようになってきたということは、流脈も整ってきているということだろう。

 きちんと食べられて、しっかり眠れているということだ。


 ゆっくり、ゆっくりと無理なく恙なく。

 そしていつか、揺るぎなく大きくなればいい。


 よるのおねがいごと……か。

 神話の五巻にあったなぁ、そんな話。

 そーだ、神話の最終巻、一般発表どうするんだろうなぁ。

 未だに全く噂すら出ないけど……もしかして、雌雄同体あたりで引っかかっちゃっているのかもなぁ。

 ……あの話……レイエルス神司祭が、ちゃんと拾ってくださっているといいんだけどなー。

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