第650話 ウキウキ春の新作祭り

 さてさて、アトネストさんの生誕日もお祝いできたことですし、他の皆さんの生誕日も伺っておこうかなー。

「え、私達も、ですか?」

「そうですよ、ラトリエンス神官。今年はシュリィイーレ教会にとって、新しく生まれ変わる節目の年ですしね! 皆さんの生誕日をお祝いさせていただきたいですし」


 皆さんの生誕日をきちんとメモ、メモ……加護神まで教えてくださるとは、贈り物が作りやすくて助かります。

 ミオトレールス神官が不思議そうに、俺の手元を覗き込む。

 んん?

 あ、そーか、皇国では予め月ごとに日付が入っているような『スケジュール帳』みたいなものはないもんな。


「これは『暦帳』です。どの月のどの日にどんな予定がある、とか毎年必ず来る家族や大切な人達の記念日なんかを予め書き込んでおけば、間違って他の予定を入れてしまうことも防げますからね」


 俺のは食材の入荷日とか、種まきや剪定なんかの予定とかそういうものも書かれているので結構重要なのですよ。

 そして、レイエルス神司祭も興味があるようだ。


「ほぅ、これはいいですね!」

「実は今度、千年筆と一緒にこの綴り帳を付けて売ろうかと思っているのです。毎年一冊、予定があった日もなかった日も、その日に何があったかを一日の終わりに書いても楽しいかなって」


 こちらもビィクティアムさんには、ご報告済みの一品です。

 既に、セラフィラントでは三椏紙の綴り帳で作ってもらえるようにお願いしてあるし、きっとビィクティアムさん経由でウァラクにも伝わるから樅樹紙製も出回るだろう。

 毎年年末年始に新しい暦帳を買うのが楽しみになったら、文字を書く楽しみにも繋がるしねっ!


 そして子供達にも使ってもらって、自分で自分の記録をとることを習慣化してもらえれば、どういう時にどういう変化があったとか、どのタイミングでどんな技能や魔法が手に入ったのか、なんてヒントも解るかなーと。

 日記って感じで白紙に書き始めるより、たいして大きくないマス目にちょこっと書くことから始めた方がハードル低いしね!


 セラフィエムス家門の日記、というか備忘録を見せてもらって、日々の何気ない記録に大きなヒントがあるってことはよく解ったからな。

 皇国の人達の寿命はかなり長いから、ひとりのデータだけでも相当な情報量だしねー。

 ましてやお貴族様なら、一般臣民の倍くらい寿命のあるご家門だってあるし。

 ……家門によって百年くらい差があるってのも、獲得魔法とか血統魔法の影響なのかなぁ?


 数千年後にそれ、読まれちゃうかも……ってのは、まぁ、取り敢えず考えないでおこう。

 でもそうなったとしても、綺麗な字で書いていたら恥ずかしくないかなってことで!


「えーと、レイエルス神司祭の生誕日も伺ったし……これで全員解ったかなー」

 俺がそう呟くと、皆さんがちょっとざわってした。

 ……?

「次に一番近い生誕日は……テルウェスト神司祭ですね」

「えっ?」

「だって、新月しんつきは、アトネストさんとテルウェスト神司祭だけだし……三十一日ですよねー! 神司祭昇位のお祝いも兼ねて、素敵な釦飾り作りますからねっ!」


 テルウェスト神司祭がウルウルした瞳をなさっているが……どうした?

「既にご存じだったのですね……」

「ええ、ビィクティアムさんから聞きました。素敵なもの、ご用意しているので楽しみにしててくださいね」


 あ、そーか、今ここで聞かなかったから、知っているとは思わなかったのか。

 存じ上げておりますとも!

 大切なシュリィイーレの司祭様ですからねっ!


 それでは、俺はそろそろ夕食と、明日の店頭販売の準備に入ります!

 あ、明日は今日より早めの販売開始になりますので、どうぞ宜しく!



 家に戻ると、食堂の前にはお客さん達が待っていた。

 おっと、扉を開けたら開店と間違えちゃうな。

 部屋に『移動の方陣』で戻ってから、食堂へと降りていく。


「あらあら、タクト、お菓子の方は、大丈夫かい?」

 夕食は母さんと父さんで、そして、特別デザートは俺の担当だ。

「うん、下準備はできているから後は仕上げだけ。間に合うよ!」

「よぅし、あと少ししたら扉を開けて平気だな、ミアレッラ」

「ええ、大丈夫……あ、突き匙は足りるかしら? お菓子用と分けるんでしょ?」

「おっと、そうだったな。タクト、菓子用は?」

「あ、これこれ! この間父さんが作ってくれた、小型の突き匙と匙を使うから!」


 今日の夕食はちょっと特別、デザート付き。

 野菜もたっぷり激旨甘め酢豚と甘みを抑えた蒸しパンプパーネ

 プパーネがちょっと味気ない仕上がりなのは、オイスターマヨをちょいちょいとつけて召し上がっていただくためだ。


 俺的にはマヨネーズ大さじ二杯、オイスターソース小さじ半分が黄金比なので、今回のつけダレはその比率である。

 残念ながらオイスターマヨはおかわりの対象外なので、つける量にはご注意を。


 ガイエスが冬牡蠣油をいっぱい買ってきてくれたんだよ、と言ったら父さんも母さんも、なんていい友達を! と大喜びだった。

 こういう現金なところ、俺達はよく似ていると思う。



「お待たせいたしましたーー」

 食堂の扉を開くと、お客さん達があっという間に席を埋める。

 ガイエスもカウンター席でウキウキの表情だ。

 酢豚は初めての味だろうから、酸味にちょっと吃驚しているみたいだがトマトピューレを使っているし、お酢は赤と黄色の属性を持っているから絶対好きなはず。

 おっと、結構待っている人が……よし、小会議室にもお通しして、大きいテーブルを相席で使ってもらいましょうか。


「これ、初めての味だな! 酸っぱいのに甘いし、なんていうか……旨いっ」

「色々な野菜も入ってて美味しいわ! このパンもさっぱりしててふわふわで好きだわぁ」

「お、おい、タクト、これって、まさか……セラフィラントの……」

 ふふふふ、流石、各地のグルメをご存じのセルゲイスさんですね。

「そうですよ。去年の年末にセラフィラントで作られて『最も料理に相応しい』と評された冬牡蠣油を使っております」


 客席がどよめく。

 どうやら皆様、セラフィラントの冬牡蠣油のことはご存じのようだ。

「偶然だったのですが、初めて手に入れることができましてね。何度もは出せませんけど、今日は祭りですから料理にもプパーネにつけるつけ垂れにも使っているのです」

 途端に店内の全員がグルメレポーター化したように、その美味しさと味を語り始める。


 ガイエスがなんだか吃驚したような顔を見せたが、すぐにめっちゃくちゃニヨニヨし出した。

 知り合いのベルレアードさんの冬牡蠣油が絶賛されているのだから、無理もあるまい。

 いや、本当に美味しい冬牡蠣油オイスターソースをありがとうなっ!

 四回目も五本くらいは買えそうだって言ってたし、楽しみ楽しみーー!

 だけど五本だと、うちで楽しんで知り合い程度まで……かな?


「冬牡蠣油の料理は店内で召し上がっていただくものだけですから、じっくり味わってくださいねぇ」

 母さんの言葉に、皆さん酢豚のタレもオイマヨも綺麗にプパーネでこそぐように食べてくれた。

 食べ終わった後なのに、お皿がピカピカだ。


 そしてデザートの椪柑ぽんかんタルトも大好評。

 デザートはセラフィラントからの今年の第一便で届いた、オルツの椪柑を使ったタルトです。

 枸櫞くえんも一緒に届いたから、甘みと酸味が絶妙なバランスでさっぱりふわふわのババロア入り。

 甘めの椪柑ソースも最高ですぜ。

 今はまだ柑橘類の入荷量が少ないし、枸櫞も椪柑もこの時期は滅多にない。

 酢橘すだちっぽい、そのまま食べられないものは多いんだけどねー。


 それでも最近は蜜柑系も増えてきた方かもしれないが、本格的に入って来るのは夏場過ぎからだ。

 だからまだまだ品薄なので、セラフィラントからの柑橘便が市場に入る、だいたい来月、繊月せんつきの初旬頃から弓月ゆみつきくらいまでは争奪戦が繰り広げられる。

 なので柑橘好きの皆さんは、うちにセラフィラント便が入るのを心待ちにしてくれているのである。


「んーっ、この椪柑のお菓子は今年も美味しいわっ!」

「今年のは、甘煮の上に果実そのままのも載っている……旨い」

「中のふわふわ……これが『泡ジュレ』ってやつかい?」

「はい、そうですよ、ロンバルさん」


 実はムースとかババロアも似たような音の単語があって、名前に困っていたのだ。

 で、泡立てたゼリーの仲間ってことで『泡ジュレ』で落ち着いた。

 音にすると『バティーダ・ジュレ』とか『バティルィダ・ジュレ』に聞こえて、俺的に発音できない名前になっている。

 ありがとう、【文字魔法】。

 お世話になります自動翻訳さん……今年も宜しく。

 俺が今、一番欲しい技能は発音関連かもしれない。

 いや、調理関係も勿論、諦めてはいないよ?


 だけど、発音とか聴力とかも調理と同じ緑属性な気がするから……俺には結構、獲得が難しいのかもしれない。

 んむむむむー……俺の緑属性は、植物栽培とか食材系に全振りなんだろうなぁ。

 いや、むしろ望むところ、か?


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』參第113話・

『アカツキ』爽籟に舞う編・26▷三十二歳 新月十日 - 3(9/22 12:00UP)とリンクしております。

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