第649話 生誕

 夕食時間のちょっと前、俺はできあがった誕プレを持って教会へ。

 教会も夕食前だから悪いかな、と思ったが折角だから誕生日当日に渡したいよな。


「こんにちはーー……」

 俺がこそっと入ると、皆さん聖堂で夕方のお祈りタイムの準備中だった。

 祭りの時って、陽が落ちて改日時になるまでお祈りに来る人がいるんだよね。

 春祭り初日は『感謝の儀』の最中になるから、一日の最後夕食後にも教会には人が来るのだ。


 テルウェスト神司祭が笑顔で迎えてくださる。

 そして今日は、夕食にレイエルス神司祭もご招待しているのだとかでお越しになっていた。

 ますますお邪魔をしてはいかんな。

 サクッと済ませたいのだが、ちょっと確認というか……あるんだよな。


「アトネストさんが生誕日と伺ったので、是非とも記念の贈り物を差し上げたくて」

 俺がそう言うとテルウェスト神司祭は、そうでしたか! と満面の笑みを浮かべる。

 そのテルウェスト神司祭のすぐ後ろ、ラトリエンス神官の側で一緒に作業をしていたアトネストさんが吃驚したようにこちらを見ている。


「生誕日、おめでとうございます。アトネストさん」

 そう言って小さい釦飾りの箱を渡す。

 勿論、ちょっと太目の刺繍リボンがかけてあるので見えないが、このまま飾っておけるようにガラス製の透明ケースだ。


「ありがとう……ございます……!」

 皆さんから拍手がっ!

 ちょっと吃驚したけど、まぁ、お祝い事だし間違いでもないか。

 開けてもいいかと聞かれたので、是非、と返すと丁寧にリボンを外して畳む。

 こういうところに、お人柄って出るよねぇ。


「釦飾り……ですか」

「はい、これなら襟留めに使っていただけるかなーと思って」

 ベースは最近俺の中でブームになっているカラーチタンで、その上に藍色ベースの藍晶石の細かいやつを鏤めて作ったレリーフは……

「え……ケヤキ、ですか?」

「はい」


 アーメルサスの神職達の家門に使われていたのは『つきの葉』……だけど、俺が象ったのはその『花』である。

 こんな捨てたはずの家門を思い出すような物を象ったのは、アトネストさんには残酷なことかもしれない。

 だけど……俺は、過去を否定して切り捨てるのではなく完全に消化して『ただの成長の糧だったのだ』と乗り越えて欲しいと思うのだ。


「俺の勝手な憶測で失礼なんですが……アトネストさんは、どこかでまだ皇国に来たことに罪悪感を持っているんじゃないですか?」

「……!」

「生まれ育った場所が、どんなところであったとしてもそこを離れるということは並大抵の決意ではないと思います。だから吹っ切ったと、なんの気持ちも残っていないと……『思い込もうとしている』ように感じるんです。でも、それがアトネストさんの中で罪の意識になっているのではないか、と」


 アトネストさんは俯いて、一度ぎゅっと目を閉じ少し震えているようだ。

 罪悪感など感じていないと自分に言い聞かせることも、アトネストさんにとっては負担になってしまうだろう。

 自分が幸福になることが滅んでしまった故郷に申し訳ないと感じてしまうほど、アトネストさんは優しいのだ。


 そしてその優しさを弱さだと思っているから、アーメルサスの全てを無理矢理切り捨てようとしているように感じる。

 皇国で生きていくと決めてからずっと、それを考えないように、考えることすら悪いことだと押し込めていたんじゃないだろうか。


「故国を離れて自分の好きな道を選ぶことに、後ろめたさを感じているんだと……俺には思えるのですが?」


 好きなものを好きだと言えた、やっとその言葉を形にできてそれを選ぶことができたのだ。

 状況や時間に強制されたのではなく、自分の意思で初めて。

 だったら、もうそれと向き合っても大丈夫だ。

 初めて会った時から感じていたのは、アトネストさんがその罪悪感をずっと持ち続けていることで己を律しようと思っている気がしてならなかったってことだ。


 アトネストさんの心は、誰より強い。

 ちゃんとその足でしっかりと大地を踏みしめて立ち上がれる人だ。

 自分が弱いと思い込んでいるだけなんだって、解って欲しい……そう、思うのは俺のエゴなのかもしれないけど。


「あなたの一門の印章に『槻の葉』が使われていたと言ってましたよね。そして、あなたは自分はその葉になれなかった、と」

 小さく頷くアトネストさんの側に、シュレミスさんとレトリノさんが近付く。

 いい友人だよな、本当に。

「なれなくて当然です。あなたは『葉』ではなく『花』だったんですから」


 葉の役割は大きく開き、光合成をして木そのものの栄養を蓄える装置だ。

 そしてそれは、今立っている木と花とその次の世代を守るために存在する。

 今までの全ては、アトネストさんを育て旅立たせるための『糧』だったのだ。

 噛み砕くには固く、飲み込むには大きく、消化するには時間のかかるものだったとしても大きく強くなるために必要な。


「花、ですか?」

「ええ。槻の木には同じ木に春になると雄花と雌花のふたつの種類が咲きます。そして花弁を開いた花が花粉を受け取り、秋に実となる」

「春に咲いて……秋に……」


「そうです。その小枝は葉を翼にして遠くへ遠くへと、風に乗せてその種を運ぶのです。そして舞い降りた地で芽吹き、ゆっくりと大地と水と風に育まれて大きく育つ大樹となる。それがアトネストさんだと、俺は思っています。あなたは、元々の木を肥らせ次代への栄養を取り込むための葉や幹ではなく、花となり実となって遙か遠くの大地で『新しい樹』として根付くために旅立つことが決まっていた」


 だから、アトネストさんが生まれた場所から旅立ったのは、神々が予め用意していた予定調和なのだ。

 アトネストさんは見捨てたのでも、捨てられたのでもなく『選ばれて飛び立ちこの地に辿り着いた』だけだ。


「そして、神々が用意してくださったあなたが芽吹くべき場所は、シュリィイーレだった。だから、今、ここにいて、ここを好きになってくれたんだと思います」

「ここが……私の場所だった、と思って、いいのでしょうか……?」

「勿論ですよ! これからはシュリィイーレで、アトネストさん自身の『自分のための枝葉』を大きく広げていってこの皇国でしっかりと根付くことが、神々の望みだと俺は思います。今日が、その記念すべき皇国での最初の生誕日なのです」


 ちょっと、大仰だったかなー。

 だけど、間違いだとか、ただの偶然とか、そんなことではなく望まれてここにいることを、どうか疑わないで欲しい。

 悩んだっていいし、悩むことを止めろなんて言わない。

 だけど、悩むことにも自分の存在にも罪悪感なんて、持たなくていい。


 好きになることも幸福になることも、そしてそのために昔と違う生き方をして関わる全てが変わることも絶対に『悪』ではない。

 アトネストさん自身が選んだことに後ろめたさが残るのなら、そうではなく神々に後押しされたから旅立つことができて辿り着くことができたのだと、神様達のせいにしちゃったっていいんだよ。


「神々は、必要な場所に必要なものを配する。アトネストさんにとってシュリィイーレが必要で、シュリィイーレにとってアトネストさんが必要だった。だから、ここで生きていける全てが整った。今、この教会にいてくださる皆さん全員がそうだと、俺は思いますよ」


 多少、説教臭いのは許して欲しい。

 神々の本当の思惑なんて、この地上の誰も解る訳がないし解ったところで何ができるということでもない。

 だけどいつでも、この世界の神々は見守っていてくださるのだ。


 そしてこっそり教えてくれる。

 身分証というその人に必ず届くものに文字にして、できることを増やしていってくれたり、これから必要なことを書き込んでくれるんだと思う。

 正しいことや役に立つことをすればそのように、過ちを犯し手を汚せば……そのように。


 アトネストさん、幸福になることを躊躇ったり否定したりしないでくださいね。

 俺はこの町に来て初めての誕生日に『ここに居ていい』『ここに居て欲しい』と言ってもらえるという最高のプレゼントを受け取れた。

 だから、俺からもここにいてくれて嬉しいのだと伝えたい。

 今、幸せになることに罪悪感なんて持っているのなら、そんなものは必要ないのだと解って欲しい。


「俺は、いえ、遊文館の子供達もみんな、アトネストさんにここで楽しく過ごしてもらえることが嬉しいんですからね」


 爽籟そうらいの響き渡る弦月つるつきの初日、その秋風と共にこの教会に来て、冬の間にしっかりと大地に根付き、春のこの日に芽吹いた。

 今日はその、生誕日。そして祭りだ。

 これからも『自分が幸せになるために』大きく枝を伸ばして、色々なものを好きになってください。


 おめでとう!

 素晴らしい一年となりますように!



*******


『アカツキ』爽籟に舞う編・25▷三十二歳 新月十日 - 2とリンクしております

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る