第648話 オメデト・オメデト

 は る ま つ りーー!

 今年も楽しいお祭りシーズンがやって参りましたぁ!


 色々と報告したいことはあるのですが、一応文書に纏めて朝イチでビィクティアムさんにお渡ししてきたのでその返事があるまではお祭りに全振りです!

 ちょっとだけ読んだビィクティアムさんが、こめかみを抑えてはいたけどねっ。

 今年もいつものように衛兵隊の皆さん分の『春の新作』をお持ちしたついでだったんですが、どうぞよしなに。


 ガイエスから聞いたことの中で一番の問題は、おそらく谷底の祠の状態な気がする。

 その辺はビィクティアムさんも直接は手が出せない部分だから、コレイルのご領主様に連絡が行くだろう。

 末端の衛兵隊に知らせるよりは措置が早いと思うし、一度ガイエスが入って『馬で歩けるくらい安全』って解っているから。


 調査範囲が崩れやすい崖と解っているならば、ちゃんと【強化魔法】などの対策をしてくれるはずである。

 『黒ずんでいて縦横に亀裂が多い岩壁は崩落に要注意』と書いたし。

 下にさえ降りられれば、方陣札の『門』でも『移動の方陣』でも戻るのは簡単だからね。



 祭りの午前中は、いつもの通り神妙な祈りの時間。

 そして、お昼少し前には朗らかな音楽が流れ始めて、一気にお祭りムードだ。

 あんこプパーネと肉プパーネは、どちらも大人気である。


 今回はその場で作るってより、外で蒸しあげたばかりのものを手渡しという程度だったので、実演大好きお子様達からはちょっと不評だった。

 しかし蒸し籠の蓋が、ぱあぁっと開けられて大量の湯気の中から出て来る『蒸しパンプパーネ』には、みんな揃ってによによしていたので怒られるほどではなかった。

 この『蒸し籠』は、竹を取り扱っているマーレストさんに作ってもらって、サイズ違いの幾つかをレリータさんの木工細工店で売ってもらうことになっている。


『清水の方陣』で水が出せるようにしてあり、俺が【烹爨ほうさん魔法】を付与する『魔道具』。

 先日、どかっとビィクティアムさんに報告した時に了解をもらっているもののひとつだ。

 緑属性の上位魔法ではあるが、烹爨ほうさんは【調理魔法】と違って『熱のみ使用特化』にできるので個人の記憶や技能に振り回されない。

 全部が方陣じゃないから『付与魔道具』扱いになってしまうが、方陣と組み合わせた単体魔法の付与だからさほど高額にならずユーザーも使いやすいのだ。


 この『烹爨ほうさん蒸し籠』はプパーネ専用ではなく、野菜やお肉を蒸しあげることも簡単。

 冬場は固くなってしまったパンをふっくらさせることだってできちゃうという、年間通して使っていただける簡易調理器具である。

 そうっ!

『電子レンジの温め機能』的に使ってもらえるものなのだ!

 しかも、いつでもどこででも使えるポータブルタイプ。

 当然、使い方ガイドと一緒に売り出していただくのである。


「うーん、この『プパーネ』というのは、パンとも違うしリエッツァとも違うし……旨いねぇ」

「あらっ、このあんこ、胡麻味だわ! いいわねぇ!」

「小豆だけのもあるし……甘くないこの『肉プパーネ』……赤茄子も入ってて美味しいよ!」


 お客様方からも、蒸しパンはご好評いただけて皮だけが食べたい、と言う呟きもキャッチ。

 ふふふ、それは既に後日、自販機でのご用意を考えておりますよ。

 今回の中身は、甘くないものは肉まんっぽい肉プパーネのとピザまん……というか、水分少なめ肉多めのミートソースまん? みたいなものを用意している。


 そしてあんこプパーネも少しとろりさせた小倉あんのものと、胡麻を入れて練り上げた胡麻あんプパーネの合計四種だ。

 何個か楽しんでもらえるようにちょっと小さめに作ってあるし、全種お楽しみいただけるセット売りもございますよ。


 ガイエスもほくほく顔でツーセット買って、また後でな、と離れていった。

 絶対に、どこかの食堂で卵料理を出しているに違いない。

 うちにウァラクから卵が届くのは、明後日の予定なんだよね。

 今年はシュリィイーレの春祭りが遅れちゃったから、ウァラクの祭りと被っちゃったんだ。

 北方の領地や町だと、春は一番大切なお祭りのシーズンだからねー。


 そしてちょっと客足が落ち着いた頃に、神官さん達ご一行が来てくれた。

「えっ! 今日、アトネストさんの生誕日なんですか?」

「はい、皇国の暦でいつになるのかが全然解っていなかったのですが、先ほど見ましたら三十二になっておりました」


 それは、それは、おめでとうございます!

 祭りで生誕日だなんて、素晴らしい一年の始まりじゃないですか!

 それではケーキでも、と思ったのだがなんとテルウェスト神司祭が焼き菓子を作ってくださるのだという。

 ……簡易調理魔具、またしても金証の方のひとりを……今度は、パティシエだろうか。

 素敵過ぎる。

 今度、俺も食べさせてもらおう。


 そっかー……お誕生日に何か記念になるものをあげたいが……神従士って装飾品は殆ど駄目だし、貴石とかも加護法具とかもそこそこ制約があるんだよなー。

 しかも、あまり換金性の高いものとかも上位神官以上でないと、財産登録が大変なんだよね。

 あー、アトネストさんまだ完全帰化前だから、余計に面倒事になっちゃうかもしれないなぁ……それは流石に申し訳ない……


 俺が逡巡しているうちに、神務士トリオと神官さん達はプパーネを買って離れていってしまった。

 ちょっと考えて、何か記念品を後でお届けしよう。

 何がいいかなー。

 今後も皆さんいてくれる訳だから、神官さん達やレトリノさんとシュレミスさんの誕生日も聞いておこうっと。

 あ、ガイエスも聞いておこうかな。


「タクト、手ぇ止まっとるぞー!」

 あ、ごめん、父さん……つい色々と考えてしまった。

 目の前でお子様達が蒸し籠の蓋が取られる瞬間を見逃すまいと、ちょっと前屈みになるのが可愛い。

 蒸気は危ないから、子供達がいる方には流れていかないよー。


「はいっ、肉プパーネと赤茄子入り、できあがりましたよーーっ!」

「あんこっ!」


 ……はい、あんこプパーネだね、アフェル……熱いから、気を付けてね。

 できたてという付加価値に、惑わされることなく自らの意思を貫けることに感動を覚えるよ、俺は。


 そして、いつもは実演販売にはあまり関心を示さなかったカムラールさんのところの長女ちゃんは、どうやら蒸し籠に興味津々のようだ。

 そうか、そうか、道具の方に関心があるタイプなのだな。

 レリータさんの店では、明日から売り出すと言っていたので教えてあげたらぱぁっと笑顔になった。


 他にも何人かに聞かれたので、実演で見て欲しくなったってことか。

 あれ?

 なんか、深夜の通販みたいだな?

 いや、スーパーとか商業施設とかでやっている便利グッズの実演販売か?


 あ、トリセアさんが走って戻っていったぞ。

 なんか思いついたのかな?

 ガラス製の蒸し器ってのも、悪くないからそのうち持ってきそうだなー。

 清水は方陣だし、烹爨ほうさんの付与だけなら魔法師組合で依頼してくれればすぐにできるから……今月の中頃かなー。

 春は色々動きが活発になって、本当に楽しいよねぇ。



 いつも通り、実演販売分はランチタイム終了の頃には完売、父さんは随分手慣れたのか余裕だったけど俺はちょっとばかり疲れてしまった。

 張り切りすぎて、昼ご飯がちゃんと食べられなかったのだ。

 今日はスイーツタイムなしで、夕食にデザート付きとなるので食堂は物販だけ開けて一旦お休み。

 さーて、この時間のうちになんか食べながらアトネストさんの誕プレつーくろっと。


 部屋に戻って、肉プパーネを頬張りつつ素材の吟味。

 今月末のテルウェスト神司祭は、青真珠を使うことが決まっているのだ。

 んー……よし、教会の方々は基本的に『釦飾り』にしよう。


 あまり派手でない釦飾りなら襟元の釦につけてもらえるし、机とかに並べておくのもいいかな?

 毎年一個ずつ釦飾りが増えていって、コレクションみたいに飾れるように入れ物は同じ大きさで合体できるように作ろう。

 デザインや色を変えて作れば、同じ素材の方が統一感が出ていいかもな。

 昇位とか、特別なことがあった時だけちょっと豪華にしてもいいなぁ。


 アトネストさんのは……何にしようかなぁ。



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『アカツキ』爽籟に舞う編・24▷三十二歳 新月十日 - 1とリンクしております

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