第647話 頼み事

 冒険話が一段落して、ガイエスから旅先で買ったという土産がテーブルに並べられた。

 おおっ、陶器の馬と馬車のミニチュア、ハーブのチーズ……っ?

 うわーっ!

 このミニチュア馬車と馬は、絶対に子供達も喜ぶだろうなー!

 遊文館に飾ろう!

 ありがとうっ、ガイエス!


 他にもちっちゃい家とか作って並べたら可愛い……

 いや、ここは日本人的には……ミニチュアの食品サンプル的なものなどいいのではないだろうか!

 ああーっ!

 禁断のガチャガチャ構想がまたっ!

 遊文館では、子供で儲けちゃ駄目ーーっ!


 そうだっ!

 本を読んだ感想カードを書いてくれた子にあげよう!

 よし、見本的なものは、春祭り後に色々作ってみようっ!

 入場用千年筆にくっつけられるチャームにしてもいいよな。

 うん、うん、あとで貼り紙をしておこう。


 それとーーっ!

 この素敵なチーーーーズ!

 ハーブがまぶしてある羊乳製の『灌木かんぼくの花』といわれるチーズを彷彿とさせる、いい香りの熟成タイプ……素晴らしい。

 こういうチーズも通の方々はハーブごと召し上がるらしいが、俺は口の中がざりってするので外側は食べず中だけ楽しむ派です。


 おもたせであるが、ガイエスにも出してあげよう。

 熟成期間が長目だからか、酸味はほぼなくなっていてコクのある旨味と甘み、ちょっとのピリ辛は羊のレンネットの特徴だろうか……そしてハーブの爽やかな香り。

 紅茶にも合うしー。

 そのままもいいけど、焼いても美味しいんだよね。

 美味しくてすっかりまったり……

 あ、いかん、ガイエスにお願いしたいことがあったんだった。


「……迷宮の、壁?」

「うん、他国に行った時に……まぁ、できたら、でいいんだけど。浅い所と深い所の両方あるといいなー」

 あの粘菌の有無を調べたいのである。

 そして、その迷宮の『特徴』を教えて欲しい、とも頼んだ。


 ガイエスに迷宮の話を聞いていた時に、なんでそんなにも『中の魔獣』に差があるのかが不思議だった。

 迷宮核の質とか、魔力量の差ってのも勿論あるだろうが、それだけじゃないような気がするんだよな。

 不殺の迷宮だって、あれだけ多種多様な魔獣や魔鳥がいるのに『魔虫は一種だけ』だったんだ。

 これって、かなり不自然な気がするんだよ。


 しかも、アーメルサスだけは『何種もの魔虫』がいたというのに、殆ど魔獣がいなかった。

 オルフェルエル諸島のペルウーテはちょっと特殊過ぎて参考にならないかと思ったけど、魔虫の特徴的にアーメルサスに似ている。

 その特徴のある魔虫は、ガイエスの話だとガウリエスタでもミューラでも見たことがないという。

 そして東の小大陸の魔虫は、どちらとも違う特徴が魔獣図鑑に書かれていた。


 魔獣の種類も分布も、魔虫に関係があるかもしれない。

 と、なれば……粘菌もその一因になっているかもなーって。


 ペルウーテの全ての石には、全くあの粘菌くんはいなかった。

 でもガイエスがくれたヘストレスティアの石と東の小大陸の石には、少しだけ休眠状態の粘菌くんがいたんだよね。

 どれも、不殺の壁石ほどじゃなかったけどね。


 あの粘菌くんには、なんらかの因果関係があるんじゃないかなーっていう憶測をしている訳ですよ。

 なので、データが欲しいのだ。


「魔獣分布……おまえ、面白いこと考えるな。そうか……確かにマイウリアやガウリエスタでも、ヘストレスティアでも魔虫は……俺は一種しか知らない。その魔虫と凄く似てはいるけれど、ウァラクで見たものは小さくて飛び方も違ったな……」


 ガイエスとしても迷宮内のことだ。

 興味はあるだろう。

 ということで『迷宮データ』、これからは是非ともそちらの方もよろしく!


「解った。あ、俺もちょっと頼み事、してもいいか?」

「おう、何?」

「こっちに来る時に連絡したら、先に宿だけ取っておいてもらえないかと思って。いい所、見つけたからさ」

 おお、定宿ってやつですな?

 いーよ、いーよ。

 うちに泊めてやると言いたいところだけど、厩舎がないからねー。


「南・橙通り三十一番なんだが」

 そんなところに宿があったのか……知らなかった。

 自分が関わりないと思っている店や施設だと、知らないことって多いよな。

 でも橙通り沿いなら、南側の馬場にも近いからカバロのためにいいのかもな。

 よし、連絡くれたらすぐに予約するから任せておけ!


 そしてまたガイエスからここに来るまでの間に見つけたという『温風の方陣』を見せてもらった。

 おや、呪文じゅぶんを自分で書き直した現代語ブラッシュアップバージョンと古代文字バージョンも?


「現代語の方は完璧だ。文章も整理されてて無駄がないから、適切な魔力量で充分な効果の魔法になる。古代語の方はちょっと惜しい」

 呪文じゅぶんが形を作っているのではなく中央で数行に分かれて書かれているタイプなのだが、ふたつの単語が行を跨いでしまっているのでこれだと上手く発動しない。

「こういう『中央呪文じゅぶん型』は、行の長さを揃えるより単語や続けて書いて意味が通る部分を切り離さない方がいい。そしてできれば各行を『中央揃え』にするほうがいいんだ。左右の均衡が取れた方が、呪文じゅぶんの効果が安定する」


 現代皇国文字は『複数の文字を合わせてひとつの音を表す』ものもいくつかある。

 平仮名で『しゃ』とか『りゅう』とか書くみたいなものだ。

 だから、その二文字や三文字を離してしまわなければ『読める』から大丈夫。


 だが、古代文字は音でなく意味で単語を作っているから『読める』ことが基準ではなく『意味が通る』ことが基準なのである。

 これは、漢字によく似ているといえるだろう。

『鈴』を『金』と『令』に分けてしまったら、全く違う意味になるのと一緒だ。

 この辺りが、かつての『誤訳』にもよく見られた引っかけポイントのひとつである。


「なるほど……読めること、じゃなくて意味が解ること……か。えーと、こう……か?」

「そう、上の行はそこまでだな。真ん中は……うん、そうそう! 解ってんじゃん!」

 ナイスですよ、ガイエスくん!


「なんだって、古代語って全く区切りがなく書かれているんだ……読みにくくて何処で区切るか解りにくい」

 ぼそり、と愚痴っぽく呟くガイエス。

「そもそもが『読むため』のものじゃなく『意味を伝えるため』だからかもな。皇国語もだけど、このシィリータヴェリル大陸の言葉は、同じ音なのに意味が違うものとか、凄く似通った音が多いみたいだから。人によっては、発音の違いが解りにくいものってのが多いんだ。だから、音だけで表す文字だと、間違いが起こりやすかったんだと思うよ」


 そして、あーだこーだと方陣を書き直し、夕食前にガイエスは宿に戻っていった。

 夕食も食べていけばいいのに、と言ったら真剣な顔で『今日の北門食堂が玉子焼きと揚げ鶏だから!』と言われてしまった。

 ……あいつ、ホントに卵料理好きだなぁ……

 なんか『今日はハンバーグなんだ!』って、習字帰りにはしゃいでた子にそっくりだ。


 そういえば、そろそろマヨネーズとか調味料系がなくなるんじゃないのかな。

 用意しておいてやるかー。


*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』參第110話とリンクしています

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