第645話 ランチ・ミーティング

 俺がふたり分の昼食を持って部屋に戻ると、ガイエスが床に落とした物を眺めて固まっていた。

 なんだろうと覗き込んだら、この間教会で貰った職位再認定証だった。

 あ、輔祭ってばれちゃったってことかな?


 まー、別にいいんだけどね、こいつに隠しておく必要もないし。

 変に気を遣われちゃったら嫌だなー、とかくらいで。

 黙って見ちゃったことを随分と恐縮しているようだったが、全然気にしなくっていいよー。

 ガイエスは、やたらと他人にぺらぺらと喋っちゃうやつじゃないし。


「……なんか、すまん」

「いいって、別に。見えるところに置きっぱなしだったのは俺だし。どーせ、俺に聖魔法があることくらいは、感付いていたんだろう?」


 まー、殲滅光とか閃光仗とか、明らかに【浄化魔法】の範囲越えているもんなぁ。

 ばつが悪そうに頷くから、結構以前から知っていたと……あ、そーか。

 俺、銀証見られちゃっていたっけ。


 そりゃ解っちゃうよなー、他国出身とも言っちゃったし。

 ま、そんなこたぁ、どーでもいいから、まずは昼食にしよう!

 絶対に、今日の鮭のパイ包みと帆立のフライは旨いから!


 熱々旨々のお食事を食べつつ、冬牡蠣油のベルレアードさんからの保存袋の感想とか、家主のタルァナストさんって人とその友達にショコラ・グラッテを振る舞ったこととか色々と話を聞いた。


「あ、そういえば……ショコラ・タクトって、おまえが作った……俺が初めてここに来た時に食べた菓子のことか?」

 おお、懐かしい名前が。

「うん、そうだな。今は全然作ってないけど……」

「え、作らないのか?」

 うーむ、あの経緯の説明は面倒だから……カカオの方の理由だけ説明しておこうか。

「あの時と同じカカオは、もう手に入らないからなぁ。今のカカオで新しく作ったのが、タク・アールトだから。俺が仕入れているカカオだと、こっちの方が美味しいと思うし」


 どうやらショコラ・タクトが王都で『最も美味しいショコラ菓子』と言われているらしく、皇宮茶房の方々が広めてくださっているようだ。

 ……リニューアルして、別の名前付けてくれないかなー……


 おっと、珍しいくらい落ち込んでいるな、ガイエス。

 いや、ごめん、そんなにがっかりするとは……身内とか、ガイエスが食べるだけならいいけど、他の人にあげるのはちょっとなー。


 落ち込ませちゃったんで、新しいショコラのお菓子を食べてもらっちゃおうか。

 スティックパイのチョココーティングである。

 パイ生地にチョコチップも練り込んで五層重ねにする。

 長さ十センチ、幅二センチくらいのスティック状にして焼き上げ、更にチョココーティングしてみました。


 昔、カルチャースクールに来てくれていた、お菓子作りが好きな方が作ってくれていたお菓子なんだよね。

 手がチョコでべとべとにならないように、四分の一くらいの所に紙が巻かれていたんでそれも再現。

 魔法で溶けないようにはしているけど『ここを持って食べてね』ってのがお子様達に解りやすいかなーって。

 遊文館で食べやすそうな物にしたくて、作ってみたんだ。


 コンビニとかスーパーで見かける、箱に入ったお菓子って感じなんだけどこっちにはないタイプの物だ。

 ガイエスも立て続けに三本くらい食べてて、ちょっと可愛いぞって思ってしまった。

 縦長のお菓子をサクサクサクって短くなるように押し込んで食べる姿って、誰でもおちょぼ口っぽくなっちゃうんだよなー。

 うん、これは遊文館でも子供達に楽しんで食べてもらえそうだ。



 そして気分も持ち直したのか、ガイエスがあちこちから拾ってきたという石が袋いっぱいに!

 おおー! 

 コレイル南部、ユグム山脈の谷底の石?

 え、底に流れていた川底の石とか……なかなか人が入り込めない所に行っているみたいだな……流石、方陣魔法師。

『遠視』と『門』があると無敵……え?


「……岩の扉を開けたら……泉と石板の祠……? 谷底に?」

「ああ、吃驚した。あ、方陣が書かれていたけど、おまえから教えてもらった方法で探し出したから触らなかったぞ。開けたのも『解錠の方陣』だし、その後でちゃんと描いた方陣消して元に戻したから、入れる条件は変わってないと思うし!」


 そうか、うっかり触らなくてよかったなぁ。

 岩戸に描かれた方陣なんて、強制搾取のとんでもないものの可能性が……

「その泉の底付近の石、な」


 いや、すげーよ、おまえ。

 そんなもん、さらっと採って来ちゃうとか。

 マジで金段冒険者さんってば、スペック高過ぎだわ。


 そーか、そんな場所にも『ミニ石板浄化システム』があるんだなー。

 きっと三角錐の浄化システムである『星青の境域』が緩んでいて、あちこちで独自に浄化システムを作ってフォローしていたのかもしれない。


 古い物もあるだろうから、三角錐みたいに経年劣化で壊れてる場所があるのかもしれないよなぁ……

 三角錐修復おおしごとを終えて安心していたが、各地のシステムにも点検補修が必要な時期なのかな?


 だけど俺が夜な夜な各地に修理に向かうのも、難しい……ってか、無理だよなー。

 かといって、石板修復工事請負工務店としてはなんだかこのまま放っておけない気もする。

 うむ、何か方法を考えよう……あ、ちょっと頼んでおくか。


「もし今度、そういう『方陣で閉じられている場所』とか『石板や祠の場所』を見つけて探検し終わっても、使った『解錠の方陣』をそのままにしておいてくれよ。それで、できれば『目標の方陣』を描いておいてくれないか?」


「……おまえ、まさか……」

「あっ、違う、違う! 俺が行くんじゃなくって、そこの衛兵隊とかご領主に知らせておいた方がいいだろ?」

 ガイエスがちょっと視線を落として、そういえばそうか、と呟く。


「本当なら、見つけてくれたおまえから、管轄の衛兵隊や教会に連絡するのがいいとは思うけど……そうなると、案内を頼まれて足止めされたり、見つけた理由をいちいち『末端』に説明しなくちゃいけないし。でも……俺なら、直接教会とビィクティアムさんに言えるから。目印としての『解錠の方陣』の近くに『目標の方陣』を描いておいてくれたら、こっちでそれに合わせた『移動の方陣』を組める。そうすれば、教会やビィクティアムさんから適切な措置がとれる人に情報を渡してもらえると思う」


 それにさ、ガイエスが好意とか善意で修復してくれたとしても、良く思わない連中は……多分、いる。

 管理不行き届きを咎められる立場で、尚且つ自分の責任を自覚していないやつらは間違いなくそのタイプだろう。


 そしてそういうやつらは、ほぼ漏れなく『自分の失態を誤魔化すクズ』である確率が高いと思う。

 となれば、末端であればあるほど隠蔽されてしまい、隠せなくなったら『それに関わった人を悪役に仕立てる』ってムカつく事態にもなりかねない。


 俺なら……その心配があったとしても、実際にそうされてしまっても、現状の地位とか後ろ盾を思いっきり利用させてもらえればなんとかなる。

 だが、ガイエスはそうそう上手くはいかないかもしれない。

 そういう時に、おそらく不利に働くのが『冒険者』という立場だ。


 皇国では、全体的にどの領地でも冒険者を必要としてない所が多いってことは……切り捨てても誰も困らない、と考える浅慮な馬鹿は必ずいるだろう。

 そんな馬鹿者共に、ガイエスを傷つけられたくはない。


 かといって、近付くな、とか、何もするな、という下らない制止なんてしたくはないしする気もない。

 ガイエスには好きに動いて、皇国中を探検でもなんでもしてもらって楽しんで欲しい。

 俺も、その話を聞くのがすっごく楽しいし!


 だったら、フォローできる態勢を作っておけばいい……ということだ。

 権力や地位なんて、こーいう時に使うものだよなっ!

 おおー……なんか俺ってば、フィクサーっぽーい。



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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第108話とリンクしています

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