第637話 真っ直ぐなキモチ
「では、タクト様っ! いってまいりますっ!」
「はいっ! よろしくお願いいたします、テルウェスト司祭っ!」
教会の正門前で俺とテルウェスト司祭は互いにエールを交換し、颯爽と教会へと乗り込む。
……テルウェスト司祭だけが。
俺は『黒子』として教会の皆様に見つからないように、光学迷彩とついうっかり獲得できていた『隠密技能』も使ってコソコソと後ろを付いていく。
まだ神務士トリオには俺が輔祭だとは知られてはいないので、堂々とくっついていって教会内部の話を聞く訳にはいかないのだ。
テルウェスト司祭が勢いよく大股で聖堂に入ると、ミオトレールス神官とラトリエンス神官がいらした。
なんで王都からのお帰りなのに、越領門の部屋からではなくて町の方から? と若干不思議そうになさっていたが、大いなる決意を胸に秘めたテルウェスト司祭に全員を集めてください、と言われて何かを感じ取られたのか慌てて皆さんを呼びに行く。
程なくして、神官さん達六人と神務士トリオが現れた。
……皆さん誰もが、ちょっと不安気だ。
「まずは皆さん、留守中の管理ご苦労様でした。無事、何事もありませんでしたか?」
「「「「「「「「「はいっ」」」」」」」」」
おお、全員揃ってる。
神務士トリオも体育会系になってきたな。
「それは、よかった……」
……
……
テルウェスト司祭?
どうなさいましたか?
あれれ、テルウェスト司祭ーーーーっ!
「……レトリノ、シュレミス、アトネスト」
え?
「私は……あなた方に、ずっとシュリィイーレに居ていただきたいと思っていますっ!」
いや、ちょっと、テルウェスト司祭様っ!
テンパリ過ぎっ!
「この町に、この教会にずっと、居てもらえないですか?」
ストレーーーート!
超剛速球のなんの迷いも
説明、省き過ぎーーっ!
「はいっ! 喜んでっ!」
「僕も嬉しいです! 是非ここに置いてくださいっ」
「私も、ここにいたいです」
おや……おやおやおやぁ?
いやいや、君達、理由くらい尋ねようよ?
なんで急にー、とか、直轄地なのにいいんですかー、とかさ?
あ、司祭様が三人を抱きしめて泣き出しちゃったぞ。
やれやれ……
こりゃ考え過ぎていたってことかなぁ。
それにしたって……あ、アルフアス神官とガルーレン神官が我に返ったっぽい。
「三人が、ずっとここにいても大丈夫になったのですか?」
「そうですよ、シュリィイーレ教会には神従士をおけないと、ずっと王都の方から……」
「あ゛、ずびばぜん、いば、ぜづべぃじばず」
……『すみません、今、説明します』だね。
テルウェスト司祭ったら、マジ泣きじゃないですか。
そっか、そんなに嬉しかったのか。
そうだよなぁ、三人のことを一番考えていたもんなぁ。
三人が料理ができるようになったことに、少しずつ仲良くなっていくことに、健康になっていくことに、子供達に好かれていること……その全部に、一番喜んでいたのはいつもテルウェスト司祭だった。
ちょっと、貰い泣きしそう。
ヨシュルス神官の出してくれた水でちゃちゃっと顔を洗い、ミオトレールス神官からタオルを受け取って、スッキリさっぱりのテルウェスト司祭が話し始める。
まだ、タオルは両手で握り締めているので、泣きそうなのだろうか。
みんなでテルウェスト司祭を囲むように座って、ゆっくりと話される内容に耳を傾ける。
「今回、教会内部での異動が非常に大規模で行われる、ということだけは皆さんもご存じだったと思います」
テルウェスト司祭の言葉に、誰もが頷く。
「教会内で起こっている数々の事件やでき事などを鑑み、司祭と神官の異動や還俗の受け入れも行われますので、教会全体での大きな異動が行われることになりました」
還俗希望者ってどれくらいだったんだろうなぁ。
領地によっては、大変かもしれないよね。
「神従士達は領内のみの異動と決まったのですが……司祭と神官は、場合によっては他領にも動きます」
六人の神官さん達に、戦慄に似たものが走ったようだ。
皆さんの顔が、さっと暗くなる。
「ああ、皆さんは異動にはなりませんよ! と、いうか……今後、シュリィイーレの神官や神従士は、何処にも転属ができないかもしれません……」
目を伏せ、許しを請うかのようにテルウェスト司祭は少し、頭を垂れる。
「会議に出ている上位司祭達の数名と……ちょっと、大喧嘩になってしまいまして……『シュリィイーレの神官も神従士も何処にも渡さない』と言ってしまいました」
皆さんが吃驚しているのは、普段言葉を荒らげることも少ないテルウェスト司祭が『大喧嘩をして啖呵を切った』ってことだろう。
だけど、むしろその言葉に皆さん感動しているようだけどな。
テルウェスト司祭は皆さんから慕われているのですなぁ、やっぱり。
「皆さんから……帰る場所を奪ってしまうようなことになって……」
詫びようとするテルウェスト司祭を遮ったのはラトリエンス神官だった。
「いいえ、我々の帰る場所は『シュリィイーレ』です」
「そうですよっ、司祭様っ! 私は既にシュリィイーレ在籍にしておりますしっ!」
「そうだったのか、ヨシュルス神官……君も、とは……」
「え、それじゃ、アルフアス神官も?」
あれ、シュリィイーレ在籍に変えたのはミオトレールス神官とガルーレン神官だけかと思ったら、どうやら他の四人も全員が
これには、テルウェスト司祭も吃驚している。
そうだよなぁ……第一位神官は金証だし、第二位、三位の神官だって基本的には貴系か皇系の傍流だ。
領地には思い入れがあるのでは……? と思ったら、皆さん基本的に王都暮らしだった方が多く、領地にいた方々も兄弟たちが家を継いでいるからむしろ厄介者ですよ、などと苦笑い。
「あ、あの、私達も、シュリィイーレ在籍になれるのでしょうか?」
ええっ? アトネストさん……いいの?
一瞬、セインさんが気の毒になってしまった。
「それは構いませんが……いいのですか?」
「はい。私は……シュリィイーレが、好き、ですから」
……ああ、感動的だ。
アトネストさんから『好きだから』という言葉が聞けるとは!
シュリィイーレを好きになってもらえたのはきっと、テルウェスト司祭をはじめとする教会の皆さんのおかげだ!
続いてレトリノさんもシュレミスさんもすぐにでも在籍地変更がしたい、と言ってきた。
ご家族はいいのだろうか……?
テルウェスト司祭だけでなく、ガルーレン神官も心配そうに尋ねるとシュレミスさんはあっけらかんと答える。
「大丈夫です! 弟も成人しておりますし、母も姉も全員ちゃんと働いておりますから。それに、リバレーラからシュリィイーレなんて五日もあれば着きます。他国と違って町が離れているからといっても、命がけで旅をするということはないですからね! 馬車方陣も使えますし!」
そうなのかぁ……他国だと、町を出るとそこは危険地帯なんだな。
ガイエスもそう言っていたけど、俺としてはあまり実感がないんだよね……どこもかしこも、白森みたいな感じ?
大峡谷の中……というほどでは、ないとは思うけど。
だけど隣町まで命懸けって、つらい……物流なんて壊滅的だったんだろうなぁ。
「私もそう思います……が、私は妹をシュリィイーレに呼びたいと考えております。それは……構いませんか?」
「勿論です。家は、教会で信頼のできる方に斡旋していただけますが……仕事があるかどうかまでは……」
「妹は私と違って魔力が多いので、大丈夫です! 緑属性ですから、仕事は自分で見つけられると思います」
レトリノさんの妹さんかぁ……緑属性なら、色々仕事はあると思うけど繊維や革関係だったらちょっと大変かもなぁ。
その辺は俺も、いくらでもご協力いたしますよ!
しまった、なんだか事がスムースに運びすぎて、俺が出るタイミングを見失ってしまったぞ。
えーと……これ、俺は一旦帰るべき?
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