第636話 不安要素
司祭様にはもう少しだけスイーツなど召し上がっていただきつつ応接室にいていただくことにして、俺はランチタイムのお手伝い。
頭の中で、準備と確認を整理していく。
なんだかんだと言ったところで意味もないし、策を弄したところで結局は本当のことを言うのだからこれもまた無意味だ。
まずすべきことは、今自分達がどうして欲しいかを言葉を飾らず、回りくどい言い方をせずに伝えることだ。
そして、彼らが疑問に思うことに答えていく。
こちらから先に、あれやこれやと理由やメリットなどを挙げ連ねる必要はない。
むしろ、そんなことをしたら『結局どうして欲しいんだよ?』と、マイナスイメージを持たれた状態でこちらの要望を言わねばならない状態になりがちだ。
して欲しいことを、素直にお願いする。
最もフラットな状態で、一番初めに彼らの耳に入れるべき情報は『こちらの望むこと』だ。
そして彼らが疑問に思って聞いてくるだろうことをできる限り細かく想定して、嘘や誤魔化しのない『いい訳ではない答え』を用意することだ。
気をつけなくてはいけないのは、相手に何かして欲しい時や選んで欲しい時に『疑問に対して疑問で返すこと』だ。
これは、やるべきではない。
自分が聞いているのにそれに答えず別の疑問を投げかけられると、相手は自覚していなくても確実に不快感を感じる。
これはただの一度でも不信感に繋がる、危険なことだ。
聞かれたら、必ず答える。
相手が聞いてこなかったら、知りたいことはないかと尋ねる。
そして会話は、頼み事をする方から終わらせてはいけない。
相手が、意思決定をした後であっても、こちらから終わらせてしまうと『都合が悪いことがあるから早めに切り上げられたのでは?』というあらぬ疑いをかけられることもある。
まぁ、ここまで人が悪いというか疑り深い人も少ないとは思うが、相手に決して嫌な想いを抱かせたくないのならば徹底すべきだ。
だけど、こんなことはテルウェスト司祭には解っていることだろう。
留まって欲しいと願っているのだから、彼らが不安に思うことを取り除ける答えをどれほど司祭様や俺が用意できるかにかかっているってことだ。
俺が、彼らに用意できるもの。
仕事は、輔祭の施設で聖教会と中央の省院から認可のある遊文館内でしてもらえる。
報酬も出せる。
その仕事に対する神従士ならではの職位も、ビィクティアムさんとファイラスさんのお陰で早々に準備できそうだ。
住む場所である教会には既に改装許可が出ているのだから、テルウェスト司祭の許可があれば俺も彼らのため魔法付与を整備できる。
シュリィイーレ内での全てには、問題はないと言えるだろう。
懸念事項は……家族だろうな。
レトリノさんの妹は、コレイルにいる。
ファルスがカタエレリエラに近い町だといっても、コレイル内なのだから……シュリィイーレに対していい感情を持っていない司祭の可能性はある。
その町に、シュリィイーレに付いた兄がいる妹さんが暮らしていて、不利益を被らないとは言いきれない。
それに、滅多に会えなくなってしまうのだ。
シュレミスさんにしたってそうだ。
リバレーラの司祭達は特に嫌な感情を抱いてはいないだろうけど、家族がいるから戻ってくると思っていた神従士が戻らないとなったら……不快に思うかもしれない。
そうでなかったとしても、リバレーラにいる家族達とは距離的に連絡が取りづらくなる。
そしてシュレミスさんの場合、教会口座に入った金を家族に渡すには彼自身が手で運ぶ必要がある。
家族のひとりを指定して口座からの引き出し依頼ができる、という代理システムの許可がまだ階位的に出せないからだ。
しかもシュリィイーレ在籍になってしまうと、家族と同じ在籍地であることが条件となっている家族の代理引き出しは昇位したとしてもできなくなってしまう。
どちらの家族も、シュリィイーレ在籍になりたいと言ってくれるのであれば住居などの手配はできるが、仕事は彼らの魔法や技能次第になってしまう。
必ず、斡旋できると……約束はできない。
この辺のフォローができるかが、鍵かもしれない。
そしてアトネストさんは……家族はいないけど、その分自分を助けてくれたラーミカ司祭やセインさんに恩義を感じているだろう。
彼がそれを振り切ってくれるかどうか……
アトネストさんは確実に、マントリエルに戻ってもすぐに教会には入れないことが解っているのだ。
移籍申し立てをして、受け入れてくれる教会を自分で探さなくてはならなくなる。
だが、マントリエル内では難しいでろう。
そして、誓約確認司祭がセインさんではなく、テルウェスト司祭になるのだからシュリィイーレに対して良い感情を抱いていない他領の教会からも……拒絶される可能性がある。
立ち位置が複雑だからなぁ、アトネストさん……
なんにしても、お願いしてみなくては始まらないよな!
精一杯のフォローができるように、テルウェスト司祭と最終打ち合わせだ。
さっき、テルウェスト司祭がはっきりは言ってなかったけど、喧嘩の時に『今いてくれる神官と神従士だけで充分。今後もシュリィイーレの人達だけでいいし、他領からなんかこれからも入れませんから』的なことまで、聖神司祭就任時に言っちゃっているみたいだった。
ホント、過激でいらっしゃる……けど、キモチは一緒だ。
それにね、今後シュリィイーレの中からも神職を志す人達も出て来ると思うんだ。
神従士がこの町の教会で受け入れてもらえるって解ったら、今まで他領じゃなきゃなれなかったから選択肢に入れていなかったって人が居るんじゃないかって。
そして……テルウェスト神司祭と今居る神官さん達と一緒に学び、神々のことを語りたいと思ってくれる人達は、少なくはないと思っている。
聖神司祭様と第三位以上の神官さん達から学べる『聖教会』なんて、神職を志す人達からしたら憧れなんだから。
ふっふっふっ、魔法師や鍛冶師達だけでなく神職までエリートが育つとなったら……
更にシュリィイーレの価値は上がっていくはずだ。
踏ん張りどころだぜ、ここはっ!
そしてスイーツタイム終了後、俺と司祭様は意を決して教会へと向かった。
俺はあくまで付き添いとしてで、説明もお願いも全部テルウェスト司祭にしていただくことになるのだが。
なので、俺は……光学迷彩発動し、まるで【隠密魔法】のように姿を消して聖堂の隅から回り込み司祭様の後ろに待機する予定。
彼らが疑問に思うこと、移籍についての不安を聞き取って、対処できるか確認しつつ黒子としてアドバイスを入れるのだ。
ああ、お願いを聞いてもらえますようにっ!
なんでも要望を言ってくれたら、俺、頑張るよっ!
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