第634話 職位

 ビィクティアムさんは慌てて新しくなる司祭異動について変更事項がないか、そしてファイラスさんは現行の教会法での司祭交代時の手続き方法を教会法規定書で確認する。


 俺が泣きそうになっているからか、ふたりは大丈夫、大丈夫だからっ! と宥めてくれながら超高速で調べている。

 本当に、がーーーーって感じで、他人事だったら面白かったかも。

 そしてふたりほぼ同時に、ふーーっ、息を吐く。


「うん、大丈夫だ、タクト。新しい制定事項にも、証明司祭の転属について被る害はない」

「今まで通りで変更なしの条項だったから、転属があった場合、保証人にいちいち確認とらなくても新しい司祭が在籍地の司祭の場合は、審査も何もなしで本人達の同意のみでの承認になっているよ」


「ああ、皇国民であれば、帰化民でもそれで大丈夫のようだ……ああ、焦った……まったく、あのおっさん、気紛れに承認したり保証人になっていやがって」

「普通は聖神司祭の承認とか保証なんて、一般臣民じゃあり得ないことですからね。多分、タクトくんとメイリーンちゃん……それと、ライリクス達くらいですかね?」


 そうかもしれないな。

 ライリクスさん達には、後で確認してみようかな。

 でも、よかったぁぁぁ。

 保証司祭が変わったら、なかったことになるなんて事態じゃなくってぇぇぇ。

 三人とも、色々な意味でぐったりしてしまった。


 俺は持っていたスコッチケーキみたいなフルーツケーキをテーブルに出し、ファイラスさんに紅茶を入れてもらってひと休み。

 自画自賛だけど、おーいしーい。

 色々な種類のドライフルーツ、ふんだんに使ったからね。

 やっと落ち着いたので、今後のことをご相談しよう。


「取り敢えず、神務士さん達三人が了承してくれると仮定して、どのような『職位』と条件であれば直轄地の神従士として認められるんでしょうかね?」


 俺の問いかけに、ふたりは腕を組む。


「仕事内容的には、今、遊文館でやっていることでほぼ問題はないと思うが……」

「その仕事に名前を付けてもらって、職務内容を文書にしてタクトくんが『輔祭として承認』、在籍地の司祭と衛兵隊長の推薦は簡単に取れるからそのまま魔法法制省院と行政省院に申請すれば……認可はひと月もせずに下りるよ」


 ふむ……ならば『職位』の名前か。

 彼らに今頼んでいることは、女性司祭様の教会で子供達を預かって教育や食事などの世話をしているのとはまったく違うから『育助士』というものとは全然違う。


 決まった子供達を必ず預かる訳ではないし、決まった時間、期間を区切って面倒みる訳ではなく、あくまで『遊びに来ている子供達と共に過ごし知識や安らぎを得る手助けをしている』ということだ。


 一瞬『保育士』か? と考えたのだが、俺の概念として知っている保育士とは『子供の成長を助ける専門知識を有した人』で、なんかイメージが違う。

 しかし……どうしても、しっくり来る言葉は思いつかない。


 かといって教育者でもないし……むしろ、涵養かんようの方が近いか?

 自然に無理なく、ゆっくりと少しずつ教え養う……あ、養う感じはない?

 いやいや、知恵も人との付き合い方も、徳性を養い育むものなのだから間違いとも言えないだろう。

 てか、俺が言い切っちゃえばいいような気がする。うん。


「では『涵養士かんようし』……とかで、いいですか? 子供達に積極的に教育する人ということではなく、一緒にいることで自然と無理なくゆっくりと知性を育み、徳性を養う手助けをする……という、子供達の自主的な勉学の助けをする方達という定義で」

 ニュアンス重視な気もするが、いいと思うんだけどな。


「ああ、いいんじゃないか。それだと学習や教育という意味では捉えられないから、階位や専門知識を問われることもなかろう」

「そうなると、遊文館で働いている方々は全員、そうなるのかな?」

「全員ではなくて、神従士の方々限定……ですかね。護衛とか管理とか見守りということが主な仕事内容の方々とは違うものですし、手習いを教えてくださる神官さん達はどちらかといえば『教師』ですし」


 ファイラスさんが頷く横で、ビィクティアムさんは何かを書き付けている。

 ……職位認定申請……?

 そして書いたものを俺の目の前に出し、遊文館と俺の銘紋を押印するように指示する。


「先にその職位を認めさせておけば、滞りなく進められるだろう?」

 この方は、本当に根回しが早くていらっしゃる……


 ぺたん、ぺたんとふたつの印章を押して、ビィクティアムさんの承認署名と捺印がされた。

 そしてそれを持って、ファイラスさんは再び王都へ。

 帰ってくる時にはきっと、承認が通っていることだろう……ってか、遊文館の印章って承認されてたのか?


「当然だろう。紋章章印議院もちゃんと通っているから、安心して使え。明日にも承認完了の書簡が届く」

「……二日前の話だったのに、早過ぎでしょ……」

「おまえのものは、あっという間に溜まるからな。即日手配しておかんと、山積みになる。商人組合、大変なことになっただろうが」


 それは、如何ともし難いと申しますか、むにゃむにゃむにゃ。


「これからは、全て賢魔器具統括管理省院管理になるから、方陣も魔法も物品も、俺かテルウェスト司祭に言って来いよ? レイエルス神司祭に頼んで、ナルセーエラ卿に渡していただくから」


 何、その偉い人ルートっ!


「当たり前だ。おまえが関係しているものは、素材も魔法もおまえが思っているより貴重なものが多いからな。それなりに、管理責任が取れるところでなくては。魔法師組合や商人組合では、荷が重い」


 そんな顔しても駄目だぞ、というように軽く小突かれた。

 はぅぅぅ……


「そうだ、レイエルス神司祭って、シュリィイーレにお住まいになるのですか?」

 確か奥様とお子さんがふたり、いらしたはず。

「いや、ご家族は望まなければ今まで通り王都だ。レイエルス神司祭も在籍は変わるが、王都聖教会でこの町との申請や連絡などの全ての窓口になってくださる。だから、直接こちらへ王都からのおかしな要請や急な来訪などはなくなるだろう」


 どの領地からも、金証であれば王都を経由してシュリィイーレ教会へ来られてしまう。

 それをがっちりガードしてくださるために、レイエルス神司祭は王都にいてくださるということだ。

 ありがたや、ありがたや……!

 そんなことしそうなセインさんは、領主としてマントリエルでお仕事に専念していただくことになったから、来るとすれば聖神司祭様方……かなぁ?



 夕食時間が迫ってきたので、食堂の手伝いをせねばと俺は帰路についた。

 営業時間までまだちょっとあったので、ライリクスさんのところへさっきのスコッチケーキをお裾分けに行きつつ聞いてみた。


「は? 結婚承認司祭ですか?」

「結婚式を執り行ったのって、セインさんでしょう?」

「ええ、最初はそうでしたよ。でも身分階位再登録の時に、テルウェスト司祭に変更してあります」

「そうだったんだ……」

「うっかりドミナティアの名前があって、難癖付けられて連れ戻されでもしたら厄介でしたしね。在籍も承認も住所登録も何もかも、シュリィイーレに変更済みです」


 にっこりと笑うライリクスさん……流石です。

 どんだけ帰りたくないんだかなー。

 あ……もしかして、セインさんがゆくゆくはマントリエルに戻るってことを正典翻訳を俺に依頼した頃から……見越していた?


 そーだよなぁ。

 ライリクスさんが『使命を完遂する』ことを重んじているんだったら、もっと強硬に反対するよな、俺への丸投げ。

 きっとライリクスさんはセインさんが俺を守ると言っていたから、公的な発見者を俺にするとまでは思っていなかったと思う。

 それに、セインさんが『使命を疎んじている』とは考えてもいなかったから、当初の思惑からは外れたのかもしれない。


 だって、使命が果たせなくなる可能性がある訳だからねぇ……初代からの命題を完遂して終わるか、ドミナティアではない誰かの功績で『使命を果たせなかった家門』として終わらざるを得ないかでは、かなり違う。


 でもきっと、ライリクスさんもさっさと終わらせることを選んだんだろう。

 セインさんが後世でどう思われようと、お家騒動にさえならなければいい、という落としどころにシフトチェンジしたのだ。


 なんだかんだ言っても、ライリクスさんの行動原理の半分は、生まれ育った領地を混乱させないためなんだから……『領主を領地に戻す』ということは、絶対に考えていたはずなんだ。

 そのために『自分に顕現してはいけない魔法』を完全に隠蔽して、領地に近寄らないようにすることを選んだのだから。


 ドミナティア卿との連携はないにしても、ドミナティア家門がどう動くかくらいは予想していたに違いない。

 ライリクスさんの笑顔を見ていると、俺の考え過ぎって訳でもないと思う。

 ドミナティア、本当に侮れないよなぁ。


 こうなると、セインさんのがっかり具合が際立って残念感ハンパないけど、可愛げあるなとも思ってしまうよね。

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