第633話 余波

 ファイラスさんに、何を泣きそうな顔しているんだい、と言われてしまったが泣きたくもなるじゃないですか!

 だってやっと信頼できる司祭様がいらしてくださるというのに、王都にとられちゃうもしれないんですよ?

 それとも、聖神司祭には別の人が?

 それも、テルウェスト司祭が当て馬みたいに扱われてて嫌だー。


「ま、予想通り、テルウェスト司祭が聖神司祭に格上げなのは決定なんだけどね」

 泣いていいですか?

「でも、シュリィイーレの司祭であることには、変わりないよ?」

 ……はい?


 ビィクティアムさんがちょっと笑いを堪えるように俺を横目で見つつ、ファイラスさんに確認する。

「あれも通ったのか。随分と頑張ってくれたな、ルーエンス達は」

「今回、ミカレーエル室長も、キリエステス卿もご協力くださいましたからね」


 ふたりだけで納得なさっているみたいですけど、解るように説明してくださいよーっ!


「『直轄地の司祭は、聖神司祭であることとする』ということを含む、諸々の条件がやっと統一できたんだよ」


 ビィクティアムさんの言ったことに、ちょっとだけ首を傾げる。

 統一……?


 現在、直轄地はシュリィイーレの他は、リデリア島、大樹海、ガストレーゼ山脈のコーエルト大河源流沿い、王都中央区の皇系・貴系傍流の居住区。

 その中で人が住んでいて、教会があるのはシュリィイーレと王都中央区のみ。

 王都中央区教会と中央聖教会は、聖神司祭様方の任地なので聖神司祭様の在籍地は王都……あ。


直轄地シュリィイーレには、聖神司祭様が配属される……そのシュリィイーレ担当の聖神司祭様が、テルウェスト司祭ってことですか?」

「その通り。そして、聖神司祭は『複数人数在籍』が原則で、王都に全員ではなくシュリィイーレにふたり配属になるんだよ」

「もうひと方は、レイエルス神司祭だ」


 何それーーっ!

 完璧じゃないっすかぁ!


「テルウェスト司祭は既にシュリィイーレ在籍であったし、レイエルス神司祭は領地があるわけではない士族だ。金証でも転籍に問題はないからな」

「ということでね、君は『聖神位輔祭』って階位になるからね。このふたりと一緒に、シュリィイーレのために頑張ってねってことで」


 は?


「なんで、俺の職位まで変わるんです?」

「おまえに何種類も聖魔法や神聖魔法やその属性の技能があるから、だよ。そもそも『聖文字魔法師』だろうが」

「そうそう。聖属性、神聖属性の数でいったら、長官より多いからね。仕方ないよねー」

「タクト、俺と同じ『あの魔法』のことも、聖神司祭方には報せておけよ?」


 それって【星青魔法】ですよね……

 まぁ……隠しておけないとは思いましたけどねぇ……ビィクティアムさんが公開して、獲得経緯を説明したであろう時点で。

 お知らせしてもしなくても職位変更は変わりないというので、身分証に表示することになりました。


 ぜってぇ、神斎術保持だけは、知られる訳にはいかん。

 もしバレでもしたら、どんな天元突破階位&職位に設定されてしまうか解らない。

 役職名には、プレッシャーしか感じない小物なんですよ、俺は!


 仕方ないと受け入れた俺に向かって、ファイラスさんはニコニコ笑いながら話す。

「まぁ、ここら辺までは特に問題はないかと思うのですけどね」

 大ありですけどね、俺的に。

 

「直轄地教会の条件統一、ということとなると……王都教会もシュリィイーレも神従士をおく必要も出て来るのですが……」


 えっ!

 それって、もしあの神務士トリオがOKしてくれたら、再編タイミングで転籍してもらえたりできるってこと?


「神従士四位以上というだけでは、ないのか?」

「はい。直轄地の場合は『配務』がありません。ていうか、できないじゃないですか。なので彼らの地域貢献を証明する『職務』と、それに伴った地位……『職位』を与えることが必要になるんですよ」


 各教会で神従士達は『課務』という教会そのものに労働力を提供するということの他に、地域と臣民のための仕事としての『配務』という郵便配達のお仕事がある。

 これは領地内や隣領程度までではあるが、他の教会へ郵便や小包を持って足を運びその教会でも司祭や上位神官達から学ぶことができるというものである。


 そして配務は、報酬の出る仕事であるため、まだ奨励金が出るほどの魔法がなくても現金を手にできる数少ない機会でもあるのだ。

 これができないから、俺は神務士トリオに遊文館でのバイトをお願いした訳だ。


「王都であれば各省院事務所への配務とか、儀式や式典なんかでの物品手配なんてものを手伝わせる『配搬士』という職位が与えられるのですが、シュリィイーレではそれも難しいです」

「そうだな、女性司祭の教会なら神従士には『育助士』があるが、シュリィイーレ教会では子供の手習いだけだ。教えられるのも銀証以上だけだからな。神従士には関係ない仕事だ」


 ふたりが俺に視線を向ける。

 なーるほど、そこで、俺が必要ということでございますねぇ!


「では……輔祭オレがその『職位』を設定させていただいてよろしい……ということですね?」

「すまんな、頼めると助かる」


 いえいえ!

 今回は喜んで協力いたしますとも! 

 遊文館に是非とも欲しい人材が、三人もおりますからねーぇ! 

 彼らが了承してくれるというのでしたら、制定させていただきましょうっ!


 そうっ!

 遊文館は『教会輔祭の施設』なのだ!

 ホント、陛下や省院、教会の承認などなど、レイエルス神司祭やレイエルス侯にご尽力いただけて良かったですよ!


 その施設で現在、神官さん達や神務士トリオにお手伝いいただけているのだから、その職位設定もオーナーである俺が可能ということですね!

 まさに、俺が最も許可して欲しいことだったのですよぉーーっ!


「だけど、あの三人以外は認められないので、彼らがこの町に留まることを了承してくれたらってのが条件です」


 ファイラスさんが、そうなんだよねー、と口をへの字にして天を仰ぐ。


「そこなんだよねぇ……レトリノは妹がいて、彼女は今、コレイルの南端にあるファルスで働いているらしいし……元従者家系というなら、生まれた町に愛着もあるだろうし。シュレミスは家族がトエルクの葡萄農園と、弟がアルフェーレの役場で仕事をしているから、家族の側を離れたくないかもしれないんだよなぁ……」


 そうかぁ……そうだよなぁ。

 シュレミスさんはリバレーラのこと好きだって言っていたし、レトリノさんだって故郷の神職でいたいかもしれない。


「その上、アトネストはまだ帰化前だから、帰化誓約許諾司祭にも了承を……あっ!」

 突然ファイラスさんが発した声に、俺もビィクティアムさんも思わずびくっとする。

「……アトネストの帰化誓約許諾……確か、ドミナティア神司祭じゃありませんでしたか?」

「あ……」


 帰化誓約許諾は、所属したいと望む領地の教会で出してもらうものだから、その領地在籍の司祭の名前になる。

 それをセインさんがしていたということは、もしもマントリエルのどこかの教会にしたいのであれば、セインさんが聖神司祭位を退いた後に新しい教会でもう一度承認してもらう必要が出てくる。


 手続き自体はなんの問題もないだろうが、セインさんの退位が法令発布である今月中旬だというのであれば今月末までここにいる間、またしてもアトネストさんは宙ぶらりんになってしまうのだ。

 この事態にビィクティアムさんが、ちょっと困ったなという感じを醸し出す。


「アトネストには、なんとか今月中に……シュリィイーレで承認が出せないか、テルウェスト司祭に確認した方がいいな。でないと、越領すら難しくなる。ファイラス、手続きの確認をしておいてくれ」

「はい、了解です。取り敢えずその手続きさえしておけば、もし彼が……シュリィイーレに留まりたくないと言った時でも、行きたい場所に移動ができるでしょうから」


 承認……


 もやぁん、と嫌な予感で心がざわつく。

 堪らず、俺はビィクティアムさんにちょっとまた泣き出しそうな気持ちで声をかける。


「あのぉ……俺とメイリーンさんの仮婚約承認司祭も……セインさん、なんですけどぉ……?」


 ふたりのこれほどの『やっちまったかーー』って顔、初めて見た。

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