第632話 長期プロジェクト、終了
ビィクティアムさんがふっ、と、笑顔を見せてようやくひとつ終わったなぁ、と呟く。
「やっと、ラウレイエスの思惑通りになったな」
「長期計画でしたから、もう少しかかるかと思っていましたけど……タクトくんが全巻を完璧に訳してくれたお陰で、正典認定が早かったですからねぇ」
そう、俺が引導渡しちゃったんだよなぁ、セインさんの諸々に。
トリガー引いたのは、セインさん自身だけどね。
どうやら、ドミナティア卿の計画でセインさんを穏便に聖神司祭から降ろして領主に戻ってもらうために、あちこちの方々も少なからず協力していたらしい。
セインさんの『自分のしたいこと以外はフル無視』という性格が災いして、ドミナティア卿はかなりのフォローをしているようだった。
その『フォロー』は……俺という『他国出身の魔法師』に、セインさんが正典発見と翻訳っていう大切な使命の達成条件を、丸投げしてしまったところから始まる。
だが、俺にイスグロリエスト大綬章を与え、当時まだ聖魔法がなかったというのに『輔祭書師』という職位を与えることで乗り切ろうとした。
多分これよりずっと前から、ドミナティア卿は如何にセインさんを領主オンリーに戻すかを考えていたのだろう。
正典ができあがり、やっと呼び戻せると思ったら実はまだ二冊あると知って落胆したのは、セインさんだけではなかったのだ。
その後、俺に聖魔法どころか神聖魔法まで出てしまったことで、フォローどころかセインさんの大金星扱いになってしまったのも……多分、誤算。
なのに、聖神司祭として高まり過ぎた評価を、セインさんは自分自身でどんどん落としていく。
神典第一巻、神話最終巻の捜索における各領地へのアポなし突撃と、自領の金証でもない神官を複数連れて無許可で越領門を使っただけでなく、護衛も付けずに他領の教会を家捜しするという大暴れ。
だが、結局は隈なく探したはずの旧教会で、サラレア神司祭がちゃらっと見つけてしまったというオチ。
そして神話の最終巻はなんとか自力(?)で見つけたものの、自領にあったのかよ? という間抜けっ振り。
……いや、どっちも俺のせいなんだよね。
ごめん、セインさん……
だけどこれで、ドミナティア卿には『他領から苦情が来ている』という大義名分ができあがり、セインさんを領地に引っ込ませる口実を得たのだ。
振り回された他領の方々への詫びやフォローは、きっと全部ドミナティア卿任せで本人は礼状どころか詫び状のひとつも出していないに違いない。
でもきっと、ドミナティア卿は嬉々として後処理をしただろう。
ここでセインさんに『当主としての実績』を作らせつつ、『聖神司祭である必要性のなさ』をアピールしていったのだから。
領主として戻ってしまって王都に来なくなっても……聖神司祭様達の業務や活動にはなんら支障も影響もないと、多くの人々が理解するのに時間はかからなかった。
なんとなーく、教会関連及び魔法法制省院内などに『ドミナティア神司祭、要らなくね?』の雰囲気が流れ始めていただろう。
それを後押しした決定打となったのは……多分、今回の『旧教会が越領侵入に使われていた』という事実の発覚だ。
百年前から旧教会管理担当だったというセインさんが、境界越えの方陣を放置していただけでなく、それが使われてしまっていたのに気付かなかった……という大失態。
これのフォロー……大変だったんだろうなー。
ちょーっと、失態の規模が想定外に大き過ぎる。
どうしてこう、セインさんって『振り幅いっぱい』なんだろう。
セインさんがあのマイウリア語の
聖魔法の魔眼だったはずだけど……探し物がみつけられないのは、魔眼で別のものが視え過ぎちゃってるとか?
探知や探査の魔法、持ってないんだろうな、セインさん。
そして、聖神司祭や領主で魔法が強くて得意って意識が自他共にあるから、弱いとされている方陣というものを探索に使おうともしていなかったのかもねぇ。
もしかしたら、セインさんのそういう性格を知ってて方陣ならばばれにくいと踏んだから、侵入者達は【付与魔法】での掩蔽でなく、方陣の方を使ったのかもな。
見えない方陣の発見は、方陣魔法師以外には殆どできないと言っていいだろうからね。
旧教会から移動できる方陣のひとつは、皇宮南側庭園……六体の神像があって俺が『雄黄』を見つけちゃった循環水路のある場所だ。
許可された者以外が入り込んでいるとは判りにくく、茶房が近いため使用人達に混じってしまえば銀証でも咎められることはない。
あ、あそこの使用人たちは、許可証持ちだから銀証じゃなくても入れるんだったよな……もしかしたら、そういう『許可持ち』も一味に加わってたのかな?
イスグロリエスト大綬章授章式典の前日に『聖教会内か皇宮内にいたはず』のハウルエクセム神司祭が攫われたのも……きっとこの旧教会へ境界越えの門を使った犯行だろう。
ハウルエクセム神司祭が発見されたのも、旧教会の裏口側だったんだから。
赤窓の方が『神仕作務所』に繋がっていたというのならば、あのどっかに飛んでいった『カラム』というスサルオーラ教義のやつがレーデルスに現れたのもその移動方法だろう。
もし一等位試験の時に捕まっていたら……俺は、その方法で王都に運ばれちゃっていたのかもな。
先に見つけられたリュイト行きの門とあわせたら、王都からの脱出も簡単だしな。
その辺りの拉致事件関連と、皇宮内に侵入していた多くの反乱分子の移動経路が解ったということだ。
あれだけ出入りチェックがされている皇宮と中央区、どうやってそいつらが入り込んだのかずっと調べていたんだろうなぁ……
多分、ドミナティア卿や教会サイドから依頼されたビィクティアムさん達が。
誰が信頼できるか、何処までの階位のどの家門の人達が荷担しているのか解っていなかったから、セラフィラント陸衛隊の一部とシュリィイーレ隊の一部だけで。
今回の発見は……場合によっては、セインさんにもの凄く不利だっただろう。
聖神司祭からの円満退位なんてものが、できないくらいに。
セインさんが以前、旧教会を隈なく捜索しているということは貴族達の間でも省院でも広く知られている。
なのにその時のセインさんは、この異常なものを何も発見できなかった……それを『態と見逃して放置した』と、悪意のある捉え方もされ兼ねない。
だけど多分、当時の狂信者共が黒幕であると確定できれば、大丈夫だと思うんだ。
もしくは、反皇家の連中と解るだけでもいい。
あのイスグロリエスト大綬章受賞者襲撃事件の時、セインさん自ら率先してスサルオーラ教義信者を調査し追い詰めたのだとしたら、逆にマッチポンプ疑惑は濃くなったかもしれない。
しかし、スサルオーラ教義信者が原因だと言っておきながら、全部をサラレア神司祭に丸投げしている。
そして俺の護衛とはいえ、仲の悪い(という設定だった)セラフィエムス家門のビィクティアムさんも皇宮に入れているのである。
最も皇家に対して忠誠が厚いのはセラフィラント・ウァラクの四家門であるのだから、主犯がセインさんならばそこは遠ざけるはずと思うだろう。
そしてセインさんには皇家をとやかく言う理由も、嫌う理由も全くないのである。
セインさんは無計画で行き当たりばったり的に動くことで、自分の身が守れているということかもしれない……運が良いんだか、悪いんだか。
どこまで今回の逮捕者達の調べが進んでいるかは解らないけど、セインさんが陰謀とは無縁な『ただの探し物が下手なだけのおじさん』……で落ち着いたからこそ、円満退職を促すように兼任禁止を明文化したのだろう。
なんにしても、その辺のフォローなどはドミナティア卿が頑張っているのだろうな。
これにて『マントリエル公帰還プロジェクト』は、いい形で終了したということだよね……ホント、皆さんお疲れ様でした。
教会の大規模再編は、このこともあって全体的に行おうとしたのかもしれない。
聖神司祭様達は、まだまだ大変……
……あれ?
てことは、聖神司祭の席がひとつ空くんだよな?
定員ってあるんだろうか、聖神司祭様には。
次の聖神司祭様に一番有力なのって……テルウェスト司祭って言ってなかったか?
えええーーーーっ?
俺にも関係あるって、そういうことぉ?
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