第631話 教会再編の裏側?
翌日のランチタイム終了後、そろそろテルウェスト司祭がお帰りになっているかと教会へ行こうとしたら教会から出てきたファイラスさんと鉢合わせをした。
「あっ、タクトくんー! 丁度よかったよー」
「こんにちは、ファイラスさん。丁度、とは……?」
「うん、うん、ちょーっと長官の所、一緒に行こうか」
いや、俺はテルウェスト司祭が……っていうか、再編がどうなったか気になってですね……と、教会を覗こうとしたら、そのことでの伝言を頼まれたからさ、とぐいぐい腕を引っ張られてしまった。
おかしい。
あんなに鍛えたはずなのに、キメられた腕が全く放せない……恐るべしシュリィイーレ隊。
俺はズルズルと、東門詰め所の長官室へと連行された。
「失礼いたします、ただいま戻りました」
「早かったな、ファイラス……なんで、タクトと?」
長官室に入るとビィクティアムさんの机の上から、あんなに積み上がっていた書類などが綺麗さっぱりなくなっていた。
……また、徹夜でもして仕上げたのだろうか……
「魔法法制省院教会管理管轄人事院ミカレーエル・ジェレード室長より、シュリィイーレ衛兵隊長官と教会一等位輔祭殿に『事前の伝言』を依頼されまして」
ファイラスさんが言った、ミカレーエル・ジェレード室長って……今のロンデェエスト次官・ミカレーエル公の弟君……だったか。
教会関連人事のお偉いさんだなぁ。
その方からの事前情報ということは、既に決定である上にシュリィイーレにとってインパクトのある内容ということかな。
三人で、長官室内のソファに腰を下ろす。
「まずは、今回の教会再編は、表向きの上位司祭様方が話し合っていらっしゃる『神従士再配属』についてと、他に幾つかありました」
ファイラスさんが真面目な声でビィクティアムさんに報告するのを、俺も隣で聞いている……という格好だ。
神従士再編だけでなく、司祭位、神官位の昇格条件変更や司祭配置の見直しも含まれていたらしい。
「司祭、神官の昇格や認定には、魔法法制省院と聖教会での『試験』という形でのみ決められることとなり、今までのように聖魔法発現だけでの認定と推薦はなくなるとのことです」
「ほぅ? 問題でもあったのか?」
「司祭になってしまうと配属希望はできなくなってしまう上に、発現した聖魔法の種類によって遠方の配属を命じられる……ということもあり、生まれ育った場所での貢献のために神職になったのに、転籍を強要されるということで……苦情と還俗が増えたらしいです」
そうか、前回の法改正で『司祭は配属された町の在籍』と決められたんだったっけ。
そうだよなぁ……生まれた町を離れるだけでもつらいのに、全く知らない町の在籍にならなきゃいけないってのは……人によっては苦痛だろう。
司祭になるかならないかも自分では選べなかった『聖魔法顕現による役職変更』と『推薦による異動』がなくなれば、司祭になりたい人だけが試験を受けて役職を得るということになる訳だな。
試験を自らの意志で受けたのだから、配属先が何処になろうと構わないという誓約付き……となるようだ。
うん、国家公務員みたいなものだからな。
一応の希望は聞くけど、異動は全国で当たり前だよね? ってことだろう。
そして推薦をなくすというのは、その推薦という制度が悪意をもって行われるケースが幾つかあったためらしい。
「近隣の町の司祭や神官達と結託し、自分達の意見などに異を唱える司祭や神官を『推薦』という形で遠方の教会に配属されるように画策していた者達がいました」
「……バカなのか?」
ビィクティアムさん、容赦ない。
「だと思います。推薦された司祭や神官は『能力と信頼がある』とされて、評価が上がるのですからね。嫌いなものを排除することに夢中になって、他のことは目に入っていなかったのでしょう」
あ、なるほど。
それは確かに仰せの通りですな。
「それを知った者が『やはり推薦を取り消す』とかいろいろと訴えてきて辟易していたのだとかで……司祭と神官の推薦ができるのは、聖神司祭と次官だけに限定となりました。その推薦も、本人から移籍の同意がない場合は、階位が上がるだけに留められるようです。そして、今まで上位以外の階位がなかった司祭にも、明確に身分階位を適用するということです」
その辺りは、以前に決まっていたけど適用が難しいって保留になっていた部分だよな。
「やっと整備されてきたな。元々その階位が設定されたにも拘わらず、変な推薦制度などのせいで適用できなくなっていたからな」
「はい。これでやっと、全部の『法定階位』が確定できそうで、ミカレーエル室長も安堵のご様子でした」
ビィクティアムさんもファイラスさんも苦笑いだ。
その原因のひとつが『推薦制度』だったのなら、導入のいいタイミングだよな。
教会法は前回の法改正でもすぐには大きくは変えられず、一部は承認と奏上待ちになっていたらしい。
……この辺の原因は、祭祀のトップである陛下が精神的安定を欠く状態だったということもあったらしいので、ほんっとうに、あの加護法具作ってよかったって心から思ったよ。
だが、これだけではない。
今まで殆ど変更のなかった『聖神司祭の条件』についても、ひとつ付け加えられることとなったようだ。
「今月中頃の発表になるかと思いますが『聖神司祭及び司祭は、領主・次官・各省院における責任ある職位との兼任はできない』……と、明文化されるようです」
ファイラスさんの言葉に、俺とビィクティアムさんは一瞬固まり、目を合わせた。
お互い、遂に、という感想だが。
これでセインさんは……聖神司祭の地位を離れざるを得ない、ということだ。
可哀相だとは思うが、領主という仕事も聖神司祭という仕事も片手間で兼任できるほど軽いものではない。
実際のところ、セインさんはどちらも満足にできていなかったのだから。
これはおそらくセインさんに限ったことではなく、今までそのような『兼任領主』とか『兼任省院長』なんて方々がいて、悉く役に立たないお飾りになっていたのかもしれない。
今回の場合、領主は現在退くことが絶対にできないのだから、聖神司祭という『セインさんでなくても構わない役職』を降りてもらうしかないのだ。
まぁ、信仰は地位など関係なくできるものだし、変に高い地位と役職で『雑事』が増えなくなるから、セインさんとしても今となってはメリットの方が大きくて嫌がることもないだろう。
「……妥当だろう。今までは使命があったし、それを叶えるためにもドミナティアの嫡子や当主が聖神司祭位にあることを暗黙の了解として容認していた。だが、教会法では、聖神司祭は皇国の魔法教育と神々との誓約成就に努め教会組織の纏め上げるという責務がある。省院などの仕事にまで時間も取れないし、領主・次官達のように自領を優先させるのが当たり前の役職と、常に皇国全てに公平であらねばならぬ役職では……兼任など、できようはずもないからな」
とんでもない天才領主とか、スーパー神司祭とかならなんとかなるのかもしれないが、そんな『奇蹟の人』頼みなどできない。
ドミナティアの使命『正典の発見と公布』に、聖神司祭という地位が役に立っていたから見て見ぬ振りで容認されていたのだ。
教会側としてもその使命の成就は、おそらくどの家門の使命より叶えて欲しかっただろうから、渋々協力していたに過ぎない。
今まで使命のため、皇国のためと思われていたから、領地のことを後回しにしていても、家門のみんなも臣民達も全国の教会の方々も許してくれていたのだ。
だが、それは……叶ってしまった。
ならば、ちゃんと『領主』に戻って欲しいと願うのは、マントリエルの臣民達だけではない。
今度は『素敵な領主様』として、自領の発展のためにご尽力くださいませ。
聖神司祭様とはなかなか話す機会がなかったとしても、ご領主様ならそれなりに行事などもあるから臣民達と触れ合う機会もあるだろう。
セラフィラント公なんて冬牡蠣油の審査員、やっていたくらいだからね。
今年からは、お菓子の品評会のオブザーバー的なこともするみたいだしねー。
領民との触れ合い、大切。
セインさんの場合は……ずっと、神々のことを誰かと話し合っているのも、意外と喜ばれるかもしれないよな。
それこそ、子供達に神話が元になっているお話しをしてあげたら、人気が回復するのでは?
絵本、贈ってあげようかな。
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