第630.5話 お話し合い?の人々

▶教会再編会議・新月しんつき二日午前


「我がマントリエルは、既に再編を終えておる。特に、これ以上の変更の必要はない」

「お済みなのは、ランテルロー司祭の管轄教会のみでございましょう。パルトーラ司祭の管轄である南区域は、まだだと伺いましたよ?」

「わたくしの管轄に、これ以上の受け入れ余裕はございませんわ。ガウリエスタ北方からの、帰化神従士を入れておりますもの」


「ですから、その彼らを再編して他領に……ですな」

「彼らは、北側の気候が身体に合っているのです。態々具合が悪くなると解っている地域に、どうして送り出すことなどできましょうか」


「リバレーラも、ランテルロー司祭とパルトーラ司祭を支持いたしますわ」

「ああ、我が領に来ているミューラやガウリエスタ南方の者達は、北には行きたがっていないしね」

「リバレーラやルシェルスならば、コレイルやエルディエラでもよろしいのではないですか?」


「レンテ司祭、気候は確かにさほど差がありません。でも、食べ物が違い過ぎます。ミューラのような米料理や、ガウリエスタ南方のような魚介料理はそちらでは食べられませんでしょう?」

「アルフェーレ司祭に賛成ですね。食事というものは、非常に大切だ。食べ慣れていないものは、体だけでなく心にも影響する」


「ううむ……し、しかしだね、エルレィエラ司祭……各地の司祭達から、神従士の数に偏りがあるのは、課務や配務にも差が出てしまうと……」

「そうですよ、レウスレント司祭の仰有る通り、各教会司祭達からの要望なのですよ!」


「……少し、よろしいでしょうか?」

「なんですかな、シュリィイーレ司祭。君の所は神従士がいないから、関係ないとでも言いたいのかね?」

「まさか。神従士は教会全体の財産ですからね、関わりがないなどとは思っていませんよ」


「ふむ、どうだかなぁ。研修の神務士受け入れでさえ、渋っておったくせに」

「冬のシュリィイーレをご存じない方に、どうこう言われる筋合いはございませんが? カストーティア司祭」

「まぁまぁ、啀み合っていても詮ないことですよ、お二方。シュリィイーレ司祭、ご意見があったのでしょう?」


「ああ、失礼、デートリルス司祭……少々気になったことがあります。もし、強引に『気候や食の合わない領地』に異動させられたとしたら、神従士達は具合も悪くなるでしょうし心も病むかもしれません。そうなったら……それは、神従士達の生活と健康を守れなかったその司祭達の責になる……という解釈でよろしいのですよね?」

「……!」


「ええ、わたくしはそれが当然のことだと思いますわ」

「私もそう解釈します。教会法に『神従士の管理責任は司祭にある』と明記されている。当然、そこには『心と身体の健康』が含まれるでしょう」

「ありがとうございます、サクセリエル司祭、ラステーレ司祭。他の皆様も、同じようにお考えということでよろしい……ですよね?」


……


「どなたからも、異論はないようですね。でしたら……そのことを苦にして、神従士達が教会を辞し還俗してしまう……となったら、もっと一大事ですねぇ」

「そんなことになりましたら、法制からも検閲が入りますね」


「でしょうね。そうしたら、その町の司祭達も神官達も、格がどうのなどと言っていられませんわね。還俗者が多ければ人格や指導に問題ありとして、司祭位や神官階位からの降格、転属の可能性があると思いますわ」


……


「やはり、同じ領内での再編程度の留めておくが無難……と愚考いたしますが、如何でしょう?」

「賛成です」

「ええ、よろしいと思いますわ」

「賛成だ」

「……し、仕方あるまい……」



▶魔法法制省院教会管理管轄人事院・新月しんつき二日午後


「おやおや、リヴェラリム・ファイラス殿、お珍しいことだね」

「お久し振りでございます、ミカレーエル・ジェレード室長。教会再編と聞き、人事院はかなりの激務になろうかと思いましたのでお見舞いに参りました」

「やれやれ、リヴェラリムはマメだねぇ、相変わらず。どんな情報が欲しくて動いているのかなぁ?」


「そりゃー、人事全般気になりますよ。まぁ、うちとしては気になるところは決まっていますけどねぇ」

「ふふん……『うち』……ね。神従士はね、どうせ『同じ領地内の異動で』っていう、ごく当たり前の落としどころになるだろうよ」

「そうですかぁ。それは、面白味に欠けますねぇ」


「君ねぇ、人事に面白味なんて……あ、いや、これはもう決定事項だから、伝言を頼まれてくれるなら『面白い情報』を渡そう」

「伝言?」

「そう。セラフィエムス卿と神聖魔法師輔祭殿に」


「うわぁ……そのふたりにお知らせって……王都に来いなんてのは、絶対に僕からは伝えませんよ?」

「いやいや、そんなことは言わないよ。陛下も聖神司祭様方も、輔祭殿のことはよーくご存じだからね。実は……」


……


「えええーーーーっ?」

「この数年で、色々と事態が動いただろう? やっと、整ったんだよ」

「いやぁ、めでたいというか、なんというか……お疲れ様でした」

「僕も肩の荷が、ひとつふたつだが下ろせたよ。あ、シュリィイーレ司祭には、さっき書簡が届いているはずだから、説明して差し上げて?」

「はい。きっと書簡だけだと、落ち込んでいそうですからね」

「うーん、普通は、喜ぶところなんだけどなぁ」



▶聖教会教会内宿坊・新月しんつき三日朝


「おっはよーございまーす、テルウェスト司祭!」

「……ファイラス殿ぉ〜」

「ああああ、予想通り……ほらほら、泣かないでくださいって。人事院から、いいお話も持ってきたのですから」

「ああっ、そうですっ、人事院っ! すぐにでも抗議にっ!」


「だーめですよっ! 今回のことは『決定』ですし……他の決定事項を聞いてくださったら、人事院にタク・アールトを持っていきたい気分になりますよ」

「……」

「そんな、疑いの眼をなさらないでください。実は、ですね……で、こちらも……で……」


「本当……なのですか? それ、決定、なのですよね?」

「はい。午後にも陛下の御名御璽入りの親書で、人事院から発表がされますから」

「神々に、心からの感謝とより一層の献身を誓います……っ!」


「どうです? タク・アールト、買って行きたくなりませんか?」

「人事院の方々全員分、タクト様に作っていただきたいほどです。頼みませんけどね、そんな申し訳ないこと。あ、私が作ってもいいですね。焼き菓子くらいなら作れますし」


(司祭様もかよ……簡易調理魔具、凄いねぇ……僕は赤茄子煮込みも作れなかったのにー)


「昨日は、神従士達の領内異動で決着ですか?」

「……お見通し、ですねぇ」

「それくらいなら人事や僕でなくても。ただ……まだ問題はありそうなので、午前中の会議、どうか『心安らかに』」

「嫌ですね……何かがあるのが、見え見えじゃないですか」


「残念ながら僕は、その『何か』を言える立場ではないのでね。あ、そうそう、そろそろお食事おつらいでしょう? はい、保存食をお持ちしましたよ」

「……! なんと、ありがたい……っ! すっかり忘れていて、碌に食べられなくって……!」


「これ食べて、元気に今日の会議も乗り切ってくださいね! では、僕は一足先にシュリィイーレに戻ります」

「はぁ……欠席したいですけど、したら……一体何を言われるやら。居ても言われるのですから、一緒ですかね? ふぅ……」


▶教会再編会議・新月しんつき三日午前


「……では、各教会で定員を決めて、領内で調整……でよろしいですね?」

「ええ、よろしいかと」

「いいと思いますわ」

「では次に、神従士達同志での諍いや虐めなどが横行している一部の教会については、聖神司祭様方より厳しい沙汰をとの連絡が来ております」

「諍いはまだしも……虐め、ですの?」


「ええ、魔力量や獲得魔法などを理由に差別したり、へつらう者を優先してそうでない者に冷たく当たるという不心得な神官が多くいる幾つかの教会は、一度全ての神官、神従士をバラバラに配置替えして新しい場所での様子見をすることになりますかね」

「再編になるのだから、全ての教会で誰が残って誰が出ていくというより、全員が動く……という方が、いいかもしれませんわ」


「それと、何人かの司祭からは、還俗の願い出がされています。人事ではそれを受け入れ、新しく任命する司祭もいるようですから……人数は、そのことを考慮して割り振りがされるようですね」

「いいんじゃないのか。やる気のない司祭など、必要あるまい。神従士の教育は、司祭の責任……でしたかなぁ、シュリィイーレ司祭」


「ええ、そう思っておりますよ」

「ふん、シュリィイーレには関係ないとお思いなのだろうな!」

「カストーティア司祭、どうしてシュリィイーレ司祭にそのような仰有りようをなさるのですか?」

「そうですよ、昨日から何度も……」


「こやつが、全く関係ないという顔をしておるからだ!」

「……顔……って、それはただの思い込みでいらっしゃるわ」

「実際、神従士を全く置いていないではないか! 教育とか司祭の責任などと言うくせに、自分は何もしておらん」


「直轄地は王都中央区と同条件なのですから、仕方ありませんよ」

「王都中央区と同じなら、聖神司祭がいるべきであろう! そうでないのならば我ら領主地教会となんら変わらん。あ、いや、領主すらいないのであったな。だから憐れまれているのか? それに甘えていられるとは、いいご身分だな」


「……私も……そう思います」

「レンテ司祭まで、何を……」

「神従士受け入れの大変さは、皆さんだってご存じでしょう? どうしてシュリィイーレだけがいつまでも……」


「大変だというのなら、どうして他領から移籍させようとしていらしたの?」

「そ、それは……帰化民の神従士なら……階位もどうせ上がらないですし、ずっと下働きでも……どうせ彼らは金目当てですし」


「それこそ、教育の放棄ではないですか!」

「ですからっ、他の皇国民である神従士達の教育を充実させるには、そういった下働きが必要で……!」


「結局、楽をしたいだけではありませんの。擁護できませんわ、レンテ司祭」

「左様ですな。レンテ司祭は神官達に甘過ぎるのでは? もっといろいろやらせればよいのですよ」

「それに、シュリィイーレは町の半分以上が貴系、皇系の傍流の方々です。特別な配慮を求められる町なのですから、神従士よりはむしろ上位神官の数を増やすべきかと……」


「甘いですな、ランテルロー司祭は。あの町に行くような者共は『落ちこぼれ』か『役立たず』ですよ。敬意を払う必要がある階位とは、思えませんがね。ああ……そうか、そういえば、神従士も落ちこぼれ共を今だけ預かって、再教育? していらっしゃいましたっけね。帰化民で何もできず成長もせんから、それらを他領に押しつけたくて『神従士を置かない』と、言い張っているのですかな?」


がたん


「あ、し、し、しさっ、シュリィイーレ司祭っ?」

「早まってはいけませんよ!」


ばんっ!


「シュリィイーレ司祭! 椅子を蹴っては……!」

「落ち着いてくださいっ! シュリィイーレ司さ……あーーっ!」



*******


上位司祭の基本的な呼び方については、8/29 8:00の『近況ノート』に解説がございます。

ご参考まで。

【資料】各司祭の呼び方ルール

https://kakuyomu.jp/users/nekonana51/news/16817330662792287236

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