第629話 ぜーんぶヨロシク

 ファイラスさんがこのまま王都に向かうために出ようとした時に、ビィクティアムさんが教会再編の件も確認して来てくれと頼んでいた。

 そうか、昨日の午後から、テルウェスト司祭も王都に行ってらっしゃるんだっけ。

 どうなっちゃうのかなぁ……神従士の配置転換。

 ぼんやりと考えを巡らせていた俺にビィクティアムさんが、別件だが、と話しかけてきて我に返る。


「次期当主達の集まる件だが……来月以降でいいか?」

「先延ばしということで?」

「ああ、王都の件があって、おそらくキリエステス卿やサラレア卿、ナルセーエラ卿、ドミナティア卿も暫く大変だろうからな」

 なるほど、そうですよねー。

 ん? ドミナティア卿も?


「それから……できれば、その会合にレイエルスを入れたい」

 お、ビィクティアムさんからお話が出るとは、願ったり叶ったり。

「俺も、レイエルス家門の方にも聞いていただきたいと思っていました。ただ……お集まりの皆さんと同席していただけるとは、思えないので……」

「ああ、俺達がいいと言っても、レイエルス侯もご子息達も嫌がるだろうからなぁ。まだレイエルスでは、厳密に言えば嫡子と決まってはいないし」


 士族として定められているレイエルス家門は、貴族十八家門と違い『聖魔法と絶対遵守魔法を顕現させた次代』がいないうちに家督が継がれている。

 まぁ……貴族じゃないから『絶対遵守魔法』がない、とされているのだが。

 いくら『実は昔にちゃんと貴族として皇国と結んでいました』とか『絶対遵守魔法もちゃんと継いでいます』と言っても、現在『貴族としての正しい継承』ができていないということになる。


 つまり、現状ではどんなに歴史書や神約文字で記された書が見つかったとしても、すぐに貴族とは認められないだろうということだ。

 彼らも今はそれを望んでいないしね。

 それもあって、明らかに現状身分が違う十八人と、机を並べることはできないのである。


 貴族の皆さんは……あまり気にはしないだろうが、レイエルス侯の息子さんはまだ聖魔法がない上に適性年齢前だ。

 俺より二、三歳上なだけだから、他の貴族家門の嫡子達とは年代も違い過ぎる。


 そんな人が同席すると言うことは、完璧にカットされ磨き上げられた宝石のショーケースに入れられてしまった、何の変哲もない石っころみたいな状態だろう。

 たとえその石っころが素晴らしい宝石の原石であったとしても、磨かれていない宝石の価値というものが遙かに低いのは事実である。


「ですので、別室でご覧いただければと思っています。以前、教会の秘密の部屋に取り付けた、撮影転送機を使って」

「ああ、俺もその方がいいと思う。用意しておいてくれるか?」

「勿論です。撮影したものを各ご領地でご覧いただけるように、複製も作りますか?」

 現ご当主様達にも、チラ見くらいはしてて欲しいからなぁ。


「すまん、助かる……それとな、各家門から夏までに届く予定の本の数だ。カルティオラが……馬車八台分とか言ってるが、平気か?」

 はぁあー?

 それは青通りに入ってこられたら、迷惑などという段階ではないぞ!

 おおお、他の家門も続々と大量搬入の予定が……あ、そーだ!


「今の時期って、試験研修生用の修練場は使っていないですよね。そこに降ろしておいていただけませんか?」

「それはいいが……どうやって運ぶんだ?」

「『転送の方陣』を使いますから。それで直接複製したものを遊文館の地下室へ送りますので、翌日か翌々日にはまた各ご家門に送り返せます。今まで届いたものも複製が済んでますから、修練場にお届けしますので返送していただけると助かるのですが」

「それはいいが……そうか、越領している『人』同士でなければ、自動販売機の補充と同じということか」

 はい、その通りでございます。


 そして蔵書や出回っている本の中に『他国の伝承』が交ざっていそうだということ、それらは全て『皇国の英傑・扶翼とは関係ない』とする必要があるとお伝えした。

 間違った魔獣の倒し方とか、対処方法とかもね。

 この世界での『フィクションのヒーロー物語』は、ただの危険書になってしまうのだから、ちゃんとお知らせしておかなくてはいけない。

 何冊かをビィクティアムさんに読んでもらうと、こんなものが出回っているのか、と溜息を吐いた。


「実はな……陸衛隊の再編をしていた時に、魔獣について誤解している者や間違った知識を持っている者がかなり多かったのだが、もしかしたらどこかでこのような本を読んだのかもしれんな」

「今、これらがどの国の物語なのかを、できる限り特定しようとしています」

「おまえが書く訳にはいかないものだな……どうするか」

「あ、いえいえ、魔力が入らない筆記方法というものを作りましたので」


 ビィクティアムさんが固まった。

「おまえ、まさかまた、無効化なんてことをしているのではないだろうな?」

「違いますよ、そんなおっかないことはしていません。【複写魔法】とか俺の持っている技能をいくつか使うと『映像記録として印刷』ができるのです。文字も俺の手書き文字とは違う、画一的な『印刷文字』を作りましたので魔力は紙にすら入らないのですよ。ですから、認定の魔法だけを司書書院でしていただけるように、お願いしたいのです」

「……いつの間にそんな魔法を……はぁー……解った。できあがったら俺とレイエルス侯で確認する」

「お願いしますー。それとー……」


 ビィクティアムさんは、まだあるのか、と言わんばかりの表情から一呼吸後には居住まいを正して、さあ、来い! という態勢に。

 やだな、そんなに身構えないでくださいよ。

 遊文館の徽章を作ったので、銘紋登録したいなーというお話ですから。


「うん、いいだろう。なかなかいいものを象ったな。冬碧草とうへきそうは、錆山の花だからな」

 でしょ、でしょ?

 で、この徽章を遊文館で助けてくださっている皆さんにもお配りすることと、年に一度、特別功労賞の方を選出して袖に『飾り布』とそれを留める『飾り留め』を作りたいということ。

「それはいいな。仕事としても地域への貢献を讃えられるというのは、素晴らしい栄誉だ」

 ……そこまで大きな意味では、ないんですけどね。


 そしてお次は子供達の健康診断について、大人が苦手な子供達に対しての策を練って欲しいと医師組合に相談したいと思っていること。

 夜に来る子供達が『怖がるタイプ』『避けるタイプ』『大丈夫な人』『積極的に近付く人』や、食べものの傾向、基本的な魔力量などのデータをお渡しした。


「十六人か……思っていたより多いな。解った、なんとか医師たちに検討してもらおう。それにしても、よくここまでの資料を集めたものだな……」

 自販機での売上げ傾向とか、ひとりひとりに話しかけつつデータを集めましたからね。

 お肉でお腹が痛くなるっていうのも、是非調べて欲しいものです。

 美味しいお肉を美味しく楽しめないなんて、可哀相過ぎる。


 それからそろそろ第二回絵本コンクールの締め切りなので、審査員をお願いできるかの打診。

 こちらは、ふたつ返事でOKいただけました。


「前回の絵本の複製品は、レティがもの凄く喜んでいてな。毎日のように読んで、レドヴィに読み聞かせるのを楽しみにしているらしい」

 にっこりといい笑顔ですなぁ、お父さん。


 そんでもってアコヤ君・ストロマくん・クマ丸のデータもお預けいたします。

 今後の海洋開発の一助になれば……ということと、青く煌めく真珠ができたこともご報告。

「……とんでもない物ができたな……真珠で青はかなり珍重される物だぞ。この水色のような青だと、賢神二位の家門では欲しがるだろうな」

 賢神二位の瞳の色が和色名では『瓶覗かめのぞき』って色に近い、綺麗なアクアブルーでしたからね。


 じゃ、お世話になっているから、テルウェスト司祭に何か作ってあげちゃおうかなぁ。

「ああ、いいんじゃないか? たしか……生誕日が、新月しんつきの三十一日だったぞ」

 皇国の暦では新月しんつきだけが三十一日で、その他の月は二十九日までだ。

 なので、三十日、三十一日生まれの人には、特別な加護があるとされていてとても喜ばれるのだ。

 いいこと聞いたなー。

 何にしようかなー。


 あ、いかんいかん、次はですね……

「まだあるのか」

 ございますとも。

 冬の間にいろいろあったのですからね!

 えーと、セラフィエムスの蔵書からの訳文でできあがったものが溜まってきたので、お持ち帰りいただきたい訳文の本と、複製も終了した分はお返しいたしますね。

「おう……随分あるな……」


 それから、こいつが前・古代文字……じゃない、神約文字の辞書の初版。

 まだ語句は増えますけど、よく使われているものを中心に汎用性が高いものを作ってみました。

 これで一応、正典の神約文字は全部意味が判ります。


「辞書は貴族と聖神司祭だけで当座は『神々との儀式にのみ使用する』と決めた。それについては、後日また発表がある」

 畏まりましたー。

 では、こちらでも遊文館にはまだ入れずに待っておりますね。


 それからー、文字教室中級編がスタートしますので、その教本テキスト一式でーす。

「方陣の描き方が加わるんだな。それで微弱回復だけでなく、耐性と強化のも作ったのか……」

 古代文字と現代文字でどう方陣に差が出るのか、何を基準に描くと正確に書けるかなどの技術を教えていきますので認可よろしくー。


 それからー……

「おい」

 それからーー……

「いや、だから、ちょっと待て」

 そんでもってぇーー……

「……」



 ビィクティアムさんが俺の報告とお願いを聞き終わる頃、夕食の準備時間になったのでそのまま少しお休みいただきお召し上がりいただくことに。

 あれれ、なんでそんなにも、ぐったりとなさっておいでなのですか?

 新しい一年は、始まったばかりですよー!


 

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